復讐という空
折角なので(?)年明け更新
目が覚めた。見れば魔法剣士が看護婦や暗殺者ちゃんによって止められていた。その手は既に壊れ尽くしており虐殺者くんによればあの壊れ様でもまた明日になれば治るらしい…まぁ、そんなことよりも先にやる事がある。
「やぁ、起きたねーいや、おめでとう〜」
「ああ、よくも嫌なことを思い出させやがったなこのポンコツゥ…」
見るまでもなく俺が振りかぶった右腕には今までなかった熱があり揺らめく炎の様なそれが魔魂を吸収し発火する。俺は揺らめく炎が実体を持つものではないのを理解しながら魔法剣士の顎を撃ち抜く。勿論頑健さにおいて彼女の肉体、つまり天使のそれは人の手で触れられる様なものではなく。俺の手の骨は折れるが外套のせいで質量だけは異常にある俺の拳が当たればそれは身体能力強化と合わさって高速で動く馬車に当たる様なものだ。案の定錐揉み回転しながら彼女は吹き飛んだ。
「…あはぁ〜痛いねー、そしてまた随分なものを借りたねぇ〜」
「ああ、いいだろう?借りている相手がアレじゃなければどうこうして奪い取ろうとも思ったよ」
虚な器を満たす復讐心、それを叶えるための贈り物、それは魔魂と身の焦げるような苦痛そして名前を捧げて借りた右腕、大した名もないし魔魂や精神力と言ったエネルギーを使い『解放』しなければこれ自体には霊体を掴んだり発火するくらいしか能がない、解放する際のエネルギーは洒落になっていないが使い所はもう決まっている。
だが、探索者になってほぼ一度も名乗らなかった名前を今更封じられそれが何故代償になるのかと思うかもしれない、実際この世界は名前を呼び会わなくてもその人物を示す要素や称号なんかで呼ばれることの方が多い、それは名前と言うものが持つ魔法的な意味だったり、異能関係では名前がなければ加護を得ることが出来ないなどの制約が関係する。
「へぇー、今まで一度も名乗らなかった君の名前か〜気にならなくはないねぇ」
俺は看護婦や暗殺者ちゃん達が現状についていけず吹き飛んだ彼女を見てとりあえず俺の溜飲が下がったと思ったのかまるで蛸の足ようになった腕をぶら下げている彼女を病室に運ぼうとするが、彼女は御構い無しでこちらによってくる。
病院などでも探索者同士の諍いや殺し合いは日常茶飯事だ。俺に対して何かをやらかしたのかと気の毒そうに見つめてくる組合員もいるが今回ばかりは俺と彼女のやっていることについて理解できる者は居ないだろう。なにせ態々彼女は俺を死なないように殺して加護の主人との面会をさせたのだ。もうちょっと眠らせるとかそう言う穏便な方法でやればこんなキジルシ的なことにはならなかっただろうが、彼女が急いでことを進めたいときはだいたいもう時間がないのだ。
「うん、来るよ闇が来る。今日の夜くらいじゃ無いかな?」
「ナチュラルに心を読まないでくれ」
彼女の言葉に周囲の気温が2、3度下がる。恐らく組合員は俺以外からの聴取や下の階からの通信でその存在を知っているのだろう。だがその言葉に、似つかわしくない笑みに、そして何より俺を追ってきてくれた間抜け共の都合良さに…俺の口角が吊り上がり、腕に揺らめく陽炎が激しくうねり、巻き上げ、歓喜する。俺自身の存在を焼き尽くす様な熱が爆ぜる。
「…行くぞ、今の俺は機嫌が良い」
「おぉ〜俺様系ですか、新鮮ですなぁ?」
…我ながら厨二病めいた言動だが、まぁテンアゲマックスなのである。看護師に止められそうになるが魔法剣士は既に治った腕を掲げ、俺は特に何も見せずに通り抜ける。
いや、というかぶっちゃけ休んでじゃないといけないのはそうなのだがどうせこの右腕を解放すればタダでは済まないため多少水薬の後遺症があったとて変わりないのだ。まぁ、多分、おそらくメイビー。いやなんか不安になってきたんですけど?どうかね、もうちっとここで休んだり…
「あ、待って下さいご主人様!」
「「「ご主人様!?」」」
oh…最高に最悪な瞬間に声を張り上げやがりましたねこの暗殺者ちゃんは…クォレハ…おぉん、周りの視線が突き刺さりまくりでござる。いや、落ち着け、まずは暗殺者ちゃんの華奢な体をスッと持ち上げ…
「三十六計逃げるに如かず、知らないのか?古事記にもそう書いてある」
「それは前時代の兵法書の言葉では…?」
窓枠に足をかけてそんな言葉を返してきた組合員に笑みを浮かべ言い放つ。
「あん?そんなの当たり前だろ、バカか?」
意味不明な思考言動、狂気、狂乱、なんでも良いが人間という生物はアクシデントにひどく弱い、それがたとえ会話のキャッチボールであっても出会い頭に挨拶では無く愛の告白をされれば一瞬意識に空白が生まれるものだ。それに怒りやなんやと様々な要素が組み合わさりその空隙は致命的になる。
「っあ!待て!」
最も復帰が早かった獣人姉の声と既に俺と同じ方向へ駆け出しているスーパーナイスバデーな妹を名乗る素敵なケモミミお姉さんの踏み込む音が同時に響くがどちらも俺には追いつかない、まぁ、まるで当たり前かのように隣にいる魔法剣士はいいとして…
「これからどうする?」
「勿論、仮称闇、俺の知る限りクソッタレな血統主義魔眼主義者のなれ果てをぶちころがしそのあとこのふざけた追いかけっこを終わらせるのさ。」
俺は右腕を振り抜くと手首から先だけが吹っ飛びフックショットの様に建物の一部を掴むと急激に手首と手が引き寄せられていく。
「はぁーまじ便利だわ〜サイコぉぉぉー!」
「あーずるいー!」
フックショット(手)を利用しかっ飛んだ訳だが、なんで魔法剣士さんは俺の隣に平然といるんですかね…そして明らかにまた足が折れ曲がりあそばせているのはなんなんですかね?
着地する頃にはすっかり治っている足を見てギョッとしてしまったが期間限定装備である右腕は借りているだけで発生する利息が存在する。仕事は手早く。過去に囚われた復讐と言う課題はきっちりと熟さなければならない、チリチリと灼け行くモノを自覚しながら拳を握る。
「『我が怨敵の気配を』…かなり近いな、あっちだ。」
奴との取引や加護を通して付与された『竜眼』と呼ばれる宝石級魔眼とは別に元から持つ視覚を拡張する程度しか能のない『色彩眼』、しかして今は右腕の変化と共に平々凡々たるその眼すらも一線級の魔眼へと変化している。焔を模した揺らめきは深淵から漏れ出た影の様に青暗い、最早どこに出ても恥ずかしい超高校級の厨二患者(大迷宮の姿)に鏡があれば即死レベルの精神ダメージを受ける事必至である。
しかしかし、その眼が見通すものは非常に有効、言霊の通り俺が心から殺してやりたいと思い、想い、最早恋レベルで思い煩ったドブを煮詰めて壺に詰め80年くらい熟成させた様なクソ2名を克明に視認する。…え、2人?おぉん?
「限定的な千里眼ねぇ…そもそも君が言うほど君の持つ魔眼は平々凡々じゃないと思うんだけどねー?」
「体の一部やら視力やら魔眼そのものを代償とした未来決定程度魔眼持ちなら誰でもできるさ、そもそも『視る』と言う事象を操るに等しい異能なんだからなぁ!」
声を上擦らせて黒くしなる何かを避ける。怖気と歓喜と同じくらいに冷静な戦力分析をしつつ第一目標との接敵を果たした。
「ぐ…ごごほごごご…」
ビタンビタンと闇を切り取った様な触手を不規則に動かしこちらに血走った目を向けるそれはあからさまに化け物すぎて笑っちゃう程に不恰好だった。
「ははーん、来てるのは兄の方か、異能は使用せずに道具だけ打ち込みに来たってか?」
最初の4人は最初から例のゾンビ擬き、しかもそのあと姿は見えないし、10層のほぼ全てを生贄にしてきたこの蛸もどきの纏う気配の性質上このなれ果てに人間が取り込まれてないなんて言うハッピーな結末はありえない、一個体に凝縮された幾百もの人間の感情の塊、それを殺すのが人殺しでなくてなんだと言うのか?
「ま、最初からヤル気満々ですがね。」
魔眼使いは総じて視ると言う行為の延長、もしくはそれに伴う呪術や伝承の再現を持つ。例えば今回のは『魅了』それかその発展系である『傀儡化』なんでもいいが操る類の異能となんらかの魔道具やら呪術やら魔法やらを使ったおぞましいブーストの結果だろう。
ちらっと目で合図すると魔法剣士を見るとにこにこと笑い俺が抱えていた暗殺者ちゃんを抱えて森の中に消えた。
「さぁ…ここでお前を殺そうか。」
「おぼぼああがああ!」
「『汝、怨讐の彼方にて散るべし。』」
世界が燃えた。




