アイェェ!?ナンデ、アンコクニンジャ=サン!?ナンデ!?
異常なまでの闇、いや物質化した黒色とでもいうべきだろうか?わからない少なくともマトモな所業の産物では無いだろう。俺はボインなお姉さんに担がれた時の衝撃と凄まじい速度での移動によって生まれた風で目が覚めていた。
「う…此処は…まだ街じゃ無いらしい」
「あ、お姉ちゃん」
「起きたわね賞金首さん、いきなりで悪いけどアレがなんだかわかる?」
…異能の使用は現状不可、それ故に解析による詳細の測定は出来ない、だが…俺の元から持っている魔眼は身体機能だ。それだけしか発動できないとも言えるが今はそれだけでも十分なほどに役に立つ。
「負の感情、それも憎悪やらなんやらの塊だな、基礎は非物理系の怪物それに異能か…それともダンジョン産の品物を使ってか人間の感情を注ぎそれに指向性を持たせるための一段階目として人型を与えた物、若しくは新種の怪物だな、どちらにしても霊体系だろうとは思う。」
「すごいねー、こんな状況でもよくもそんなに口が回るもんだよー」
「…その推測の精度は?」
妹の方は走るのに集中しているためか返しが雑、姉の方は情報の精度について俺に尋ねる。
だがまぁ精度、精度ね…
「ただの推測に精度もクソも無いだろう。だが、こんな情報でも今はいるんじゃ無いのか?」
「…はぁ、わかったわよ此処で駄々こねてる場合でも無いしね」
そう言って彼女は腰のポーチのような入れ物から円筒状のものを取り出し投げる。
「目ぇ瞑って耳を塞いで!」
「ほえ!?」
「っ!」
俺は外套を使い自分とボインちゃんの目と耳を塞ぐ。暗殺者ちゃんはまだ伸びているので放置、一瞬の間をおいて爆音と閃光が周りを満たす。塞いでも問答無用で耳鳴りがし少し目がチカチカするがどさどさと4体ほど何かが倒れる音がする。
「ガガガアアアアア!」
目を開けるとそこにはもがき苦しむ闇をまとった何かが叫び声をあげている。どうやら霊体という読みは合ってたようだ。そして速度が少し緩んだ隙に外套を展開ロープを切り刻みつつ手と外套の先端で鏃を摘出、治癒の水薬を少しキメて暗殺者ちゃんを抱え走り出す。
「にがさないにょー」
「獣人なめないで」
「まぁ、そうなるよな」
が、余裕で追いつかれる。だがそれも織り込み済みだ。問題は…
「コロスぅぅぅぅ!!」
人型を失いその本性を現したというべきかその身体はタールのようなヌメリを帯びた光沢を持ち身体中にある瞳が俺を見つめる。口しかない顔が咆哮を上げその背後から闇の波が溢れてきている。時間的にまだ相手の力は最高潮ではないが高ぶることはあっても衰える事はない、夕日が沈み切ればこの森の中で彼奴は最強の存在になるだろう。
「という訳で生き残りたければ協力したほうがいいんじゃないか?」
俺はなんの魔眼の効果かもわからない光線や炎様々な状態異常を外套で受け時に魔眼同士の力量差でレジストしながら横並びに走るふたりへ問いかける。
「はぁ…一度捕らえた獲物にそんな提案をされるなんて今日は最悪です。ま、けどいいでしょう。また捕まえればいいだけの話です。」
「私は姉ちゃんについてくよ、頭悪いからね!」
「オーケー、これで遠慮なくいける。」
とりあえずは逃亡だ。逃げ切ることが優先である。
「街へは行けない、こいつを引き連れていけば処罰もそうだが負の感情を吸い上げて強化される可能性がある。」
「ま、そうでしょうね…それだったらどうするの?」
俺はニヤリとしてみせる。俺は外套から油と爆弾を取り出す。
「大斧使い、弓使いを抱えて跳べ!」
「え、なん「いいから今は彼のいう通りに!やばいのが来るのです!」わかったー!」
地面を踏みしめての大跳躍機能のそれと比べれば随分と低いがそれくらい遠くにそしてそれくらいの高さなら問題ない、俺は爆弾を投げ爆炎による光を生み出し相手が立ち竦んだ隙に全力で外套を展開、周囲100メートルほどの木を斬りとばす。取り出しておいた焚き火用の火種や可燃性の粘液などが詰まった小包を闇の怪物めがけて投げつけると遠くから火薬たっぷりの矢が着弾する。
見なくてもわかる幼女弓使いの援護だが…
「やっべ」
火薬の量などから爆発の規模を一瞬で計算した俺はそれが俺の想定する物よりも早く、そしてずっと大規模な物になると判るが早いかやるが早いか追加で木を切り倒しながら加護を全部足に集中させて跳ねる。
光と同時に熱と衝撃が俺を更に吹き飛ばすが外套を変形させ風を掴みそれを推進力に変える。振り返れば森の木々は燃え盛り爆発によって生まれた窪地に闇の塊が蹲っている。
「私の援護はどうだった?」
「…控えめに言って」
ヘタを打てば俺が吹き飛ぶ所だったしそもそも周りを燃やして時間を稼ぎ一度上層へ戻る算段だったのが炎ごと吹き飛んだ場合何処にも火が飛ばず相手の硬直が生まれなかった可能性もある。
それを踏まえての感想は…
「計画性というのは大事だと思ったよ」
俺が少し焦げた髪や外套を見せると幼女は不満げに顔をそらしナイスバディなお姉さんは俺を睨む。ひどい話である。
街のほぼ目の前まで吹っ飛ばされてきたが探索者たちは炎と爆発に今頃気がついて集まってきている。混乱というよりは見物、興味、好奇心などの野次馬的な感情を持つ者が多かった。また、一点に彼らの視線が集中していたため見つかることもなく群衆に紛れ込み町から離れるように動くことが可能だった。
「で、あいつらはなんなのです?返答次第ではまたとっ捕まえて今度こそお金と交換しますよ?」
「そうだそうだ。焼肉の糧となるのだ〜!」
問題はこの2人を撒けなかったことだが…まぁ、仕方がないだろう。
「知っての通りあいつらはお前らに依頼を出してきた人類側統治者の暗部、で俺は魔眼と折り合いの悪さからあいつらから追われてる哀れな探索者だよ」
少しおどけながら言うが実際事実だ。ぶっちゃけ帰ってきた時にあいつら2人がきたのも未だに謎だ。なにせ彼らにとって俺の存在など路傍の石レベルである。わざわざ追放したのが街に来たと言うだけで探索者組合直営の治療所に乗り込み剰え組合と世界樹のお膝元で騒ぎを起こす理由がわからないのだ。面子だとかそう言うのを気にしがちな組織ではあったが此処まで愚かではなかった。
「それに今の俺は世界樹からのペナルティでダンジョンから出られない俺をどこに連れて行く気なのか知らないがこのダンジョンから俺を運び出すことも、出ることもできない」
「…ちょっと首を見せるのです。」
俺は頸を見せる。世界樹からペナルティを受けた探索者は首にチョーカーのような模様が入りそこに罪状とペナルティが圧縮言語で描かれている。
「むむむ…本当らしいですね、依頼書にはダンジョン出入り口まで持って来いと描かれていたので少なくとも生け捕りは無理そうです。」
「えー、じゃあどうするの?」
考え込む幼女、というか今更だが彼女が姉でボインちゃんが妹とか世界はやはり神秘に満ちている。
「…難しいところです。先ほどの怪物擬きもその前に現れたおかしな奴らも依頼書にあった署名、風間って奴らです。正直言って現状この男を運んでいってもお金になるか怪しいと思っています。」
「ああ、そうだろうよ俺が知っているあいつらも碌なもんじゃなかったが、さっきのバケモンを見る限り今の方が碌でもないようだ。最悪俺ごとお前らも…」
俺がそこまで言いかけて背後にあったはずの野次馬達の喧騒が明らかに違う物になっているに気がついた。獣人の姉妹は先に気がついていたようで耳を澄ませているようだが…残念ながら俺の目はソレを見てしまった。
暗い闇から這い出て来る屍の群れだ。無言で暗殺者ちゃんを背負い外套で固定して武器を構える。2人も武器を構えている。
「…とりあえず保留にしないか?」
「はぁ…まあ、いいでしょう。とりあえずなのです。」
ダンジョンの作り出す擬似天候、その空に月がようやく登り始めた。
夜はこれからだ。




