罠と姉妹とちょっとピンチ
武器を構え眼に力を込める。感情の揺らめきと僅かな違和感それらが見つめ続けるほどに収束し相手と罠の位置やその状況すら教えてくれる。
「…あれ?」
「どうした…?」
あの二人組のうちの弓使いの方が外にいるのはみえたがもう1人のナイスな方は…
その疑問は自分の横を通り抜ける様に放たれた火矢が奥の闇へ吸い込まれそれと同時に突然背後から響いた轟音によって解決された。重いものが高速で振り回されているとき特有の激しい風切り音が聞こえると俺は反射的に暗殺者ちゃんを抱え外套を硬化、同時にどうにか回避しようと試みるが外は罠、後ろから謎の攻撃と今の俺に逃げ場はなかった。
「がっちゃぁ!」
「っぐが!」
身体がくの字に曲がり吹き飛ぶ。外に放り出されると罠が作動し爆発、衝撃から手が緩み暗殺者ちゃんが落ちる。だがそれを見ることを許さない追撃が胴体に来るのでそれを反射的に防ぐが右腕ががら空きになり胴に受けた衝撃で洞穴のある断崖に叩きつけられ右腕、左足を撃ち抜かれ一瞬飛んだ意識の所為で外套の硬化が解け大矢によって断崖に縫い付けられた。
「ふふっ、昨日のようにはいかなかったでしょう?」
「…くはっ、そうみたいだ。」
「やったー!」
俺は暗殺者ちゃんが脚と腕を射られて倒れているのを確認、ついでに俺にも刺さっているこの矢が一時的に異能を使用不可にする人工魔道具の鏃を付けられた特別製だと認識してさらに深くため息をつく。とりあえず今は薄着になったボインさんのけしからん部位を見つつ、様子を伺うしか無いだろう。
痺れ毒でも塗られているのか体の自由が効かない中暗殺者と共に縄で縛られる短剣使いはどうにかしてこの状況を打開できないかと考えようとするが…
「おやすみ!」
「ま、そうだよなぁ」
拳で顎を撃ち抜かれる。損傷はなく上手い攻撃だと感心しながら意識を落とした。
「流石お姉ちゃん!上手くいったよ!」
「ふふん!」
弓使いは狩の成功に平静さを取り戻していた。いや、もしかするとまだ狩の狂乱の中にいるのかもしれないが少なくとも今の彼女からは今までのような狂気的な執着心や異常な息遣いなどは無い、彼女の考えた作戦は単純だったが短剣使いの見逃していた可能性をついた上手いものだった。
出入り口に罠を仕掛けるのは短剣使いも判っていたが金属製の胸当てや肩当て、脚部装甲などを外し身軽になった大斧使いを背後からぶつけて来るのは想定の外にあった。なにせわざわざ谷底まで転がり落ちるような真似をして来るなど普通しないし、獣人の多くが属性を持った異能を持つ事が稀である。もし追いかけて来たとしても姉妹の持つ武器は音の出やすい類の物だ。人間の五感が他の種族に比べて鈍いのを考慮しても十分に感知できるはずだった。
だが実際には大斧使いは衝撃波の様な物を打ち出す異能を持ち、装備を最低限にして気配を消しつつタイミングを合わせて後ろから怪物など意に介さないで追い立てて来た。
流石に一度目からこの様な策を講じることはできなかったが、一戦交えてそこから判った相手の力量やおおよその手札などが判ればあとは嵌めるだけ、短剣使いは弱くは無いかもしれないが決して強くも無い、理不尽へ力ではなく技術と立ち回りで戦うのを見ればわかるが今の様に外堀を埋められたり、想定外が起きれば容易に倒される。
「ま、ひさびさに楽しい狩だったわね」
「うん!」
異能封じの鏃をそのままに縄で縛りあげた獲物を前に焚き火をし成功を祝ってというわけでは無いが、それでも少し贅沢に肉を齧り奮発して買ったチーズを炙る。だが気を緩ませてはいない、日が暮れる前に此処から街へ行かなければならないし獲物を他の者に奪われれでもすればかけた資金はそのまま損害になる。狩とは狩る前より狩った後、獲物に手をかけその血肉をすするその瞬間が最も気が緩む。油断するのは今では無い、獣としての本能というよりも探索者としての経験が彼女らを戒めた。
だが、何事にも予想外というのはある。獣人の姉妹にとってそれはなんの前触れもなく現れた。
黒装束に身を包み闇の中から突然産まれたように出てきた4人組、フードや布で顔を覆ってはいるが手などの皮膚が見える部分からは正気が全く感じられないほど蒼褪めておりその反面眼だけが異様なまでに爛々としている。ゆらりゆらりとその足取りは幽鬼の様だ。
「…」
無言で大斧を構える妹、大弓を起動しやをつがえる姉、もちろん2人が守るのは縄で縛り上げた賞金首だ。彼女らの警戒網を嘲笑うかのように暗闇から四人組とは違う見覚えのある男が出てくる。
「それを渡してもらおうか」
それはまるで別人のようだったが依頼者である風間家次男、姉妹はその言葉に難色を示す。
「金は?」
「…ソレをコチラによこせ」
「お金にならないなら渡せないよ!」
姉妹は目の前の風間家の男に対して無謀な攻勢に出ることはない、だが後退することはできない背後にある洞穴は日が陰れば高ランク探索者も容赦なく飲み込む怪物の巣だ。非物理の怪物は属性を持ちその属性が強まる場所にいればいるほどに強化される。霊体系の怪物の属性は闇、光や火に弱いが夜は彼らの時間である。
だが、目の前の集団が明らかに異質であるのは誰の目にも明らかだった。
「逆らうのか…では、シネ」
闇が、溢れた。




