2日目3
暗い、寒い、おどろおどろしい、ついでに稼ぎが微妙と言うことで以前は来なかったダンジョン内の機構の一つ。屍谷の入り口についた。
どうやら追撃は来ない様だが、此処から上へ戻るルートは二つしかない、一つは此処から駆け上がると言うのと、もう一つは順当に此処を攻略して出口にたどり着くと言うものだが…上にいま気配がなくても三角飛びや登攀で登っている途中に他の怪物やあまつさえあの弓使いの幼女の狙撃などされればひとたまりもない、それにいまは広いものとはいえ精神を崩壊させてしまった少女(暗殺者)を連れている。俺1人なら一時間程だろうが、彼女を抱えてとなると倍以上かかるだろう。さらに最悪なことに実は此処あまり町から遠くない、あの弓使いの精度と大斧のお姉さんの移動速度ならば30分もかからないで往復できる。うっかり様子見に来られただけでアウトな道を使うのは賢いとは言えないだろう。
かと言って普通に出口を目指すのも罠や待ち伏せが満載であろうことを考えればマシと言う程度でしかない、いや、ワンチャン生死の確認をしないといけないからこの谷に落として殺す様なことは…ダメだな、あいつらはしないかもしれないし賞金稼ぎの連中はしないだろうが風間家やらそこらへんの奴らにとっては抹殺が第一目的、殺せるなら容赦無くくるだろう。
「あ…の?」
「ああ!どうした?」
思案していると俺の腕の中から声が聞こえてきた。それに反応してそちらに顔を向けるともうそれはそれは可哀想なくらい真っ赤になった暗殺者ちゃんがいた。
「そ、そろそろ…下ろして、ください」
「あ、ああ、そうだなすまない軽いから忘れてた」
いま、俺たちは入口がある崖の出っ張り、崩れそうで崩れない崖から飛び出た足場の様な場所にいる。此処は一応ダンジョンの中では罠の一部であり中から死霊が出てきてもおかしくはないのだが、ダンジョン内で繰り返される昼夜の疑似再現により出ている太陽によっていまこの足場は照らされている。もう暫くすれば死霊が溢れてくるだろうが、物理的に殺すのが難しい彼らは強い光などで簡単に消滅してしまうためいまのところは安全地帯になっている。
「なぁ、夜目は効くか?」
「い、一応は…獣人や魔眼には敵いませんけど」
洞穴は基本的に真っ暗だ。そんな中で戦うとなればある程度の視界の確保が重要となる。俺は虐殺者の異能を想像しながら眼に力を込める。視界の危機感知に上乗せする様に暗殺者ちゃんの急所が浮かび上がったのを確認し眼帯は外さずに洞窟へと入っていく。暗殺者ちゃんはそんな俺を見て恐る恐るついてくる。
「ごぉぉぉぇぇ…」
「死ね」
異能による非物理攻撃以外での倒し方は基本的に松明などでの撃退や、常に浮動する核の粉砕がある。俺が今やっているのは核の粉砕の方である。
「す…ごい」
普通ならば剣を修め、心技体を正しく整えて漸くの神業だが異能という抜け道のおかげで多くはないがしかし少なくない探索者がこう言う芸当をできる様になっている。
まぁ、できる可能性があると言うだけでやる様なことは滅多にないそれに多くの場合探索者に求められるのは精妙にして極まった術理ではなく。単純な破壊、単純な暴力であることがほとんどである。なにせ怪物の殆どが人間技では殺しきれない様な文字通りの怪物であるし、いま目の前の非物理存在も属性の乗った魔剣やら聖剣やらの前ではただの的だし、範囲攻撃が可能な異能使いにとっては使用回数さえわきまえていればただの魔魂を運んでくる鴨である。
要するに、こんな人間技に意味はない、という事だ。
「それほどでも無い、俺は探索者としてならほぼ底辺だからな」
だから臆面も謙遜もなんの感情もなくこんなことを言い放ってしまう。それが今まで俺が倒してきた全てへの否定だったとしても、俺程度に否定され打ち倒される程度だったのだ。気にしてないし、する必要もないと思っている。
「そう…ですか?」
「ああ、お前だって俺にまともに戦いを挑めてれば加速とそこからの致命でなんとかなっただろう?」
俺は8体目の霊的な何かを切り刻み手の甲に139の字を確認しつつ警戒をする。
実際問題、戦場として閉所を選んだのは悪くなかったのだが彼女の場合武器の加速による直線での圧倒的な速さと身の軽さを活かした三次元機動の噛み合わなさが致命的だった。加速を使っても問題なく身体と認識を同期し三次元的な機動をされれば俺は負けていただろうし、加速を使わず暗殺者としての体術や三次元機動で俺を追い詰め、その末に不意を打つなどすれば容易だった。
だが、それらの作戦を立てる上で重要なのは情報である。彼女は俺に関する情報を提供された分しか知らずそこから考えられる俺の評価は何の特徴もない探索者、いや剣もろくに使えない弱者である。他の情報も仕入れようとしただろうがどこへ行ってもいい話は聞けなかった。
「いち…おう、戦っている所を…観察した」
「ああ、知ってる。だがそこじゃあお前さんに見せた技能のどれも使ってなかっただろう?」
見れて外套からの射出くらい、そもそも魔眼の使用をしたのが彼女に対してのみである。そして俺の魔眼はもらった相手さえ考えなければかなりの高性能で理不尽だ。
「まぁ、結果から推測したただの戯れ言だけどなっ!」
手の甲の数字が166になる頃外の光と罠の気配が見えた。




