2 手紙の主
男が口にした名、それは宮人の唯一無二。
突然のことに変な声が出てしまった。
「・・・どうして僕の名を?あなたは?」
聞いて当然の質問。
誰もが最初に思い浮かぶであろう、しかし宮人自身この問いは気持ちを落ち着かせるが為のものだ。
そのことに気づいてか否か猶予を与えるように男は考え込む仕草をした。
「たぶん、下手なことなしで言っちまった方が早いだろうな。
俺の名前は寺川浩二、お前の持ってる手紙を書いたやつだよ」
「・・・・えっ!貴方が!?」
宮人は思わず大声を上げ、恥ずかしがりながらもう一度手紙を凝視した。
"寺川浩二”・・・間違いない。
指定場所も同じだ。
これらを合わせて考えれば手紙に宮人の名前が書かれている時点で男がその人本人であることが分かった。
「指定した場所がまさかこんな秘密基地のような造りとは思わなかったよ。
・・・まあ、宮人君久しぶりだな。
大きくなったもんだなぁ」
「は、はあどうもです、えっとー寺川さん。
って言うか久しぶりって・・・何処かでお会いしたことありましたっけ?」
微かに懐かしいとそんな感覚がデジャブに近い既知感と共に湧き出てきたのだが、そこまで明瞭で確実なところまでは至らなかった。
そんな自分をまじまじ見つめている頭一つくらい小柄な少年に寺川は苦笑して。
「ははは、久しぶりって言ってももう10年も前の事だからな!忘れているのも仕方がない!」
「・・・はあ、すいません。
あ、もしかして父さんの知り合いですか?」
これもまた当然の問いだ。
10年も昔、それに寺川の巨体、肩幅や薄い半袖から浮き出る鍛え上げられた身体。
-そこから導き出されるのは、自衛隊である父ー圭の知り合いであることだ。
寺川もこのことを聞かれるのは想定済みだったようで鷹揚に頷いた。
「ああ!その通りだ。
圭、お前の父から聞いてなかったのか?」
「ええ、家に帰ってきたのが一昨日で・・・急いでるみたいで帰ってくるなりこの手紙を置いてそのまま新田原基地に行ってしまって」
「成程、あいつの性格からすれば分からんでもないが・・・。
それにしても物忘れ激しすぎるな」
はははと宮人は苦笑して確かになと圭の姿を思い浮かべた。
「帰ったら圭に愚痴ってやれよ。
そろそろ歳だな爺さんってな!!」
「ですねー、今日明日で観光して帰る予定なんで」
「そうか・・・楽しめよ!」
気さくで会話しやすい寺川に次第に緊張も薄れていた。
子供同士では何処か気を遣ってしまいそうな間も大人の包容力と言うのだろうか、そんな優しさや強さを持つ格好いい人だなと素直に思った。
「・・・あの、それで。
僕をここに呼んだ理由って、何ですか?
何かお話でも?」
「・・・そう、だな」
宮人は話を変え、寺川が自分を呼んだ理由それを尋ねる。
すると、少し戸惑いを表して口ごもった。
「どうかしたんですか?」
宮人は彼の体調が優れないのではと勘違いしておずおずと覗いた。
その表情を見て。
目蓋一度閉じ、ゆっくりと開く。
覚悟を決めた。
「実はな、お前の将来のことについて、話があるんだ」
いずれ来たるべき未来を浮かべながら、そう切り出した。
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喫茶店を出た頃に時計は丁度13時を指していた。
気が抜けたのか大きく嘆息し胸を撫でおろす。
思うところがあるようでゆっくりと振り返った。
「この店、"アマゾンカフェ"って言うんだ・・・」
何時か同じこと考えたなと苦笑し、明日にでもまた来ようと鳴り始めたお腹を擦りながら近くのファミレスへ駆け込んだ。
「ありがとうございました!」
バイトの店員から営業スマイルを貰い店を出る。
好物であるハンバーグ定食を食した宮人は落ち着いた欲望に満足し・・・足は待望の秋葉へ向いた。
今回の一人旅、表向きは寺川から話を聞くことなのだが、個人的な目的はこの秋葉でショッピングすることなのだ。
実は大のアニメファンである宮人はずっとこの聖地に訪れたいと思っており、手紙の件も了承に至った理由がこれだったりする。
「地下鉄乗って・・・・って何だこりゃ!?」
付近の駅にやってきた宮人だが、脇目も振らず叫んでいた。
幾つも突っ込む箇所はあるのだが、路線図に対しての声だ。
宮人の地元、一番人の往来が激しかった駅でさえも何度も迷ったのが、別格だ。
「市路線分かる俺すげええとか言ってたやつにこれ見せてやりてえよ」
唖然とするだろう多分、いや絶対。
地下鉄自体初めてだった宮人は一から十まで駅員のお世話になってやっとのことで乗車に成功した。
中は非常に混雑していた。
圧迫されて、壁に顔を押し付けられる程に。
夏休み、それに休日である今日は当然地下鉄の使用度もとんでもないものになる。
宮人自身覚悟してはいたのだが、まだ甘かったようだ。
軽く想定を超越していった。
色んな人の汗等の臭いが混ざって何度か咽そうになったが・・・冷房によって冷やされた壁から感じる幸福感が勝った。
臭いも慣れるのだろうと我慢した。
5つか6つ程停車した後、秋葉を告げるアナウンスがかかった。
すると乗客の多くが一斉にバッと立ち上がり、開閉ドアに狙いを定め始めた。
恐らく目標は同じであろう彼等は鞄を掛け直し、リュックを背負い直し準備。
「ドアが開きます」
そのアナウンスの瞬間、獣の如く駆け出した。
「待っててね~!ファミナちゃああああああああああああんんんんんん!!!!!!!!」
「おいっ!!!押すなよ!!って引っ張るなぁ!俺のミレたんのシャツが破れるじゃないかああああああっ!!!」
「ユアたそ~今行くおおおおおおおお!!!!」
これはひどい(誉め言葉)。
そいえばファミアとかミレとかユアって今季覇権と名高い日常系萌えアニメのキャラじゃなかったっけ?
今日ってそれのイベントでもあるのか。
・・・売れ残ってたらポスターくらいは買おうかな。
集団の雪崩が途切れ始めた頃を見計らってホームへ出た。
周りの人、引いちゃってるよ。
宮人は喧騒が激しい方を歩いて外へ出た。
この後、滅茶苦茶買い物した。
ポスターは買えませんでした。
*この話は後日番外として書きます。