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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

思い込み

作者: 一角黒馬

2020年 4月21日

春。穏やかな日の差し込む部屋には、開け放した窓から入ってきた春の匂いでいっぱいだ。

あの日の事を忘れたことなんて一度も無いが、この季節になると、より気分が憂鬱になる。

それに、今日が彼の命日だ。

手が止まる。

本当にこんな事をしていていいのだろうか。いや、こんな事をしているべきなのだ。

救える命を救わなかった自分に、まともな仕事に就いて、まともに働いて、まともな人生を生きる資格なんて無いのだから。

こうやってずっとあの日の事を考えて、重暗い小説を書いていればいい。

罪悪感に苛まれていればいい。

そう自分に言い聞かせ、再び手を動かした。


2014年 7月

「殺傷衝動に悩まされているんだ」

中学からの友人である田中優真(たなかゆうま)からそんな相談をされたのは、夏の初め。小さなカフェで駄弁っていた時の事。

いつもより元気が無いと思っていたら、小刻みに震えながら告白された。

鈴木敬(すずきけい)は、最初はどういうことか理解出来なかった。

確かに初めて会った時よりだんだんと笑顔がぎこちなくなってきていると感じていたが、まさかあの明るい優真がそんなものに悩まされているとは思えなかった。

でも、震えるほど勇気を出して自分だけに打ち明けてくれたのだ。信用してくれているのだ。

何が出来るか分からないが、とりあえず相談に乗ろうと詳しく話を聞いた。

中学3年になる少し前くらいから人や動物に対する殺傷衝動が芽生え、それを二年間誰にも打ち明けず、自分の腕を切ることで発散していたことを、途切れ途切れで話された。

聞けば聞くほど不安に、心配になる内容だったが、聞き終わった後にどんな言葉をかければいいか分からず、「助けたい」とか「力になりたい」とか、そんなことしか言えなかった。

優真はありがとうと言ったが、その表情は晴れていなかった。


優真のために何が出来るか考える日々が続いた。

人気のない所で叫ぶとか、物をひたすら壊すとか、グロテスクな画像を見るとか、いくら考えて実行させてみても、礼を言われるだけで、やはり表情は晴れなかった。

力になれない自分に怒りが湧いた。ネットでも調べたし、図書館でも調べた。出来るだけ殺傷衝動に関する知識を増やし、もし殺傷衝動で悩んでいるのが自分だったら、と考えて、優しい声をかけた。

優真は泣いた。俺のために必死になってくれて嬉しいけど、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。迷惑をかけてごめん。と、本当に悲しそうに、辛そうに言うのだ。

力になりたいと思っているだけじゃ、何も変わらない。力にならなければいけない。悩みを解決しなければいけない。そう、思うだけだった。


2015年4月18日。

休日で何の予定もなく暇を持て余していた。

心配なのもあって、優真に遊べるか電話をかけようとしたら、丁度優真から電話が来た。

優真も暇なのだろうとボタンを押すと、震えるような息遣いが聞こえ、「どうしたの?優真も暇してるだろ」と言い終わる前に優真が声を発した。

「ひ、人を……本当に、人を、こ、こ、殺しちゃったんだ………」

ひどく焦って、動揺しているようだった。

「何?冗談言わないで……よ」

言っている途中でそれが冗談ではないと気付いた。

今行く、○○号棟の階段で待ってて、と早口で言い、携帯電話だけをポケットに入れ、大急ぎで家を出た。

○○号棟の階段とは、○○号棟の隅っこにある誰も使っていないような数段の階段で、日も当たらないし落書きがされてあるが、二人だけになるには最適の場所だ。

先に着き、ソワソワしながら待っていると、すぐにフードをかぶった優真が先の方に見えた。俯き、体を震わせ、何かを呟いている。

顔を上げて敬の姿を見るなり、敬の腕をがっしりと掴み、助けを求めるような、不安と焦りに満ちた目を向けてきた。

敬も、少し焦り気味に優真を隣に座らせ、平静を装って話を聞いたが、優真の言っていることは完全に支離滅裂だった。

転寝(うたたね)がどうとか、夢で誰かがどうとか、内容は理解出来なかったが、人を殺したとか言うのは心配しなくても良さそうだった。

震える背中を撫で、いつものように優しい言葉をかけ、落ち着かせてから、もう一度話を聞いた。

「転寝をしていたんだ、部屋で。そしたら、昔の俺が人を殺していた。もう駄目だ、駄目なんだ、俺は……」

日頃のストレスが夢に現れただけだろう。安心しろと、お前は誰も殺していないと、強めに優真の言う事を否定するが、否定するほど優真は「やったんだ」と頭を抱えた。

数分言い合いが続いたが、優真があまりにも思い込みが激しく頑固なので、敬は諦めた。

「それじゃあ、隠し通そう」

優真が顔を上げた。

「……でも」

「僕以外に話しても駄目だし、警察に出頭するのも駄目。絶対に隠し通して」

殺傷衝動の事すら敬にしか言えなかったのに、本当に人を殺したなんて誰にも言えないだろう。出頭されても、遺体も証拠も見つからずに終わるだろう。優真は約束を破るような奴じゃないが、仮に破られても、優真が叱られ、敬以外の奴に変人扱いされるだけで済む。

ただ、一つ心配事があった。

優真が自ら死を選ばないか、だ。自分が死ぬことでありもしない罪を償わないか心配なのだ。

それを防ぐには、今まで以上に優真に寄り添い、早く夢から覚めさせなければいけない。


2016年4月19日。

敬は頭を抱えた。本当に辛いのは優真の方だ。でも、敬の計り知れない辛さを抱えている親友を見続けていて平気な訳がない。

今日だって授業中ずっと震えていた。この前みたいに教室を飛び出さないよう、汗を浮かべて我慢していた。授業内容が頭に入っていなくて、教師に怒られていた。

唯一、優真の悩みを知っていて、頼ってくれているのに、口だけで何も出来ずにいる。おまけに、優真のために何が出来るか考えすぎて夜眠れないなんて。

両親や医師に相談した方が良いと話したこともあったが、優真は乗り気ではなかった。

一体、どうすればいいのだろう。


2016年4月21日。

教室を飛び出した優真を追って、廊下の端のトイレに来た。

初めは追って来て説教していた教師も、今では呆れた様子で追って来ない。

優真はトイレ前の床に座り込み、震えながらカミソリを腕に当てている。

傷は見る限り深く、見るに堪えない。血もかなりの量が出ている。

止めたいけれど、優真なりに問題を解決しようとしているんだと思うと、止められない。

止めた所で、優真がさらに興奮状態になるだけだろう。

敬は背中を撫でて「大丈夫だよ」と優しい言葉をかけるが、優真には聞こえていない。

すると、優真がふらふらと立ち上がり、血だらけのまま走り出した。

「待って、どこに……」

優真は階段を上って行った。

瞬間、背中が寒くなった。

急いで優真の後を追う。心臓の動きがバクバクと速くなる。

上から重い扉を開く音が聞こえた。

「やっぱり……」

今までに無いくらい焦り、祈った。

屋上に着くと、低いフェンスの先に優真が立っていた。

「優真!待って、優真!」

止まる事無く、優真の元へ走った。敬の目には、涙が溢れていた。

一歩踏み出そうとする優真の腕を掴み、引き留めた。  ―――――――はずだった。

敬は、足や体に力を入れることなく、優真に寄り添っていた。


咄嗟の行動で自分でもよく解らないが、優真の事を抱きしめたかったのかもしれない。

もう二度と、抱きしめることは出来ないけれど。


2020年4月21日。

あの行動は明らかに間違っていた。

どうして、落ちて行く人を抱きしめるなんて事をしたんだ。

あそこでちゃんと引き留めていれば、人の命を、大切な人の命を、救う事が出来たのに。

僕は、人殺しだ。

毎回、後半部分で力尽きます。

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