集いの酒場
魔王城最前線都市のバルへナスは今日も人で賑わっている。
人口の8割を冒険者が占めるバルへナスは、都市全体が壁に囲まれており、半径3キロの円形になっている。
バルへナスには四つの大通りが東西南北に伸びており、大通りに沿って3区画に分けられる。
都市の北区域全体が「商工区」
都市の南東区域が「農業区」
都市の南西区域が「住民区」
北の大通りからバルへナスを出ると、1キロにわたる平原の先に、深い木々が生い茂り、空は分厚い雲で覆われている「狂いの森」がある。そして、その森に囲まれて魔王城がそびえ立っている。そのため、森には高レベルの魔物・魔獣が出現する。その魔物・魔獣たちを倒すのが冒険者の役目。
そのため、特に北門がある商工区が賑わいを見せる。
だが・・・、それ以上の賑わいを見せる場所がある。
それは、四つの大通りが交わるバルへナスの中心「集いの酒場」
ここでは、冒険者の仕事とも言えるクエストが受注できる。そのために、バルへナスの冒険者が集まりクエストを受け、酒を飲み交わす。一年中休みなく騒がしく賑わう場所だ。
そんな騒がしくにぎわう集いの酒場に、1人、黒いフード付きのマントを深く被り、顔を隠した冒険者が現れる。人混みの中をスルスルと誰にも気づかれないように歩いていく。
クエストカウンターでマントのポケットから、討伐の証である角を出す。そして、その角は5枚の金貨に変えられた。
金貨を受け取り、その人は集いの酒場を後にしようとする。
が・・・
先程の様にはいかなかった。
「きゃ」
振り返りざま酒を運ぶウェイトレスと衝突してしまう。衝突の衝撃で深くかぶったマントが取れ、顔があらわになる。
「もっ・・・申し訳ありません!」
慌てて謝るウエイトレスはその人の顔を見た瞬間・・・
「ひっ!」
その人の顔を見たウェイトレスが短い悲鳴をあげる。
フードの中から現れたのは、小麦色の長い金色の髪の毛に深い黒い瞳。あどけない顔立ちの女の子。
可愛らしい容姿から皆んなに愛されていた・・・
昔は・・・
悲鳴をあげたウェイトレスを中心に、次々と冒険者達は彼女に嫌悪の視線を送る。そして、彼女を中心に冒険者の群れができ始める。
いつも冒険者で騒がしく賑わう集いの酒場。だが、今この時は静まり返り全ての冒険者が彼女を見ていた。
今では嫌われ者の彼女。素早くマントを深く被り、出口ヘと歩き出した。
彼女を前にして、冒険者の群れは次々に割れ始める。
ーあいつまだいたのか・・・
ー何でまだこの街に・・・
皆、ヒソヒソと話始める。
彼女は小さくなりながら、スタスタと歩き続ける。
だが、1人の冒険者が静寂をさくように手元の酒瓶を彼女に投げつける。投げられた酒瓶は彼女の頭に直撃。鈍い音を立て床に酒瓶が転がる。
そして、それが火種となり他の冒険者たちも一斉に物と野次を投げ始める。
ー冒険者を辞めてしまえ!
ーこの恥さらし!
ーこの街から出て行け!
飛び交う野次や酒瓶。野次と酒瓶を投げつけられる彼女。
誰1人として彼女の味方はいない。
下を向き入り口で立ち止まる彼女。
「ごめんなさい・・・」
彼女は小さく呟き、酒場を後にした。
彼女の白く艶やかな頬に一粒の涙が滴れた。