07
「では、早速オリヴィアをこちらへ呼ぶか?」
「「「「えっ!?」」」」
カインは瞠目した。……否、カインだけではなく、イザベラやアレックス、果てはフェリックスまで一様に驚いた。
驚いていないのは泰然としている大人組だけ。
この反応からして、フェリックスにも知らせていなかった大人の悪巧み……もとい、サプライズな事は明らかだが。
「父上!! オリヴィアは今日の二時半にやっと八日間に及ぶ視察から戻ってきたばかりなのですよ!? 今日はもう疲れているだろうからゆっくり休ませるべきなのに、わざわざカインの為だけに呼び立てるのですか!! 私は断固反対です、夕方のオリヴィアの予定は晩餐の時間まで昼寝の時間で宜しい!!」
歪みなくオリヴィア限定シスコンが発動したフェリックスが、相手は父親といえ国で一番偉い人だというのに、烈火の如き勢いで食って掛かる。よほど、オリヴィアに懸想するカインに会わせたくないらしい。
普段は真面目で責務にも真摯な王太子である息子だが、すぐ下の妹が関わった途端に泰然とした王子様っぷりをかなぐり捨てるフェリックスのそういう態度にも、鷹揚に頷くだけでいなしてしまうオーギュストに慣れを見た。
イザベラの婚約者だった頃は、「イザベラは少々お転婆で好奇心が過ぎて大変だろうが、お前になら妹を任せられる。宜しく頼むぞ」などと凛々しく爽やかに仰って下さるばかりか、カインの事もそれなりに気に入ってくれてくれていたのか、「カインが大人になったら、臣下として、義弟として、私を善く助けてほしい。私もお前達臣民に恥じぬ王となるべく、努力すると誓おう」とキリッとしたイケメン顔で告げてくれたというのに…。
オリヴィア攻略最大の壁は、やはりどう考えてもオーギュストではなくフェリックスな気がするカイン。
とはいえ、カインも普段から接点の少ないオリヴィアにすぐさま会えるというのは、嬉しいが困る。何せいきなり過ぎる。
今日はイザベラとの婚約破棄の手続きとオリヴィアへの求愛の許可を貰うだけのつもりだったので、許可が出たからとすぐさまオリヴィアを口説けるかといえば……そんな訳もなく。
カインとて年頃の色男、デビュタント前の初々しい少女から火遊び好きな人妻まで数多の女性から秋波を送られた事は多々あるし、その対応にも慣れている。実に貴族令息らしく優雅かつ紳士的な社交辞令、場合によっては手の甲への口付けという挨拶も含め、カインは場数を踏んでいる。穏やかにやり過ごす、そのいなし方に不備はない。
けれど、相手は初恋を捧げている人なのである。色々と準備が必要なのだ、心とかの。
ここは、カインの前世では当たり前のように普及していた便利なツールは殆どない。メールも電話もなく、通信手段はほぼ手紙オンリー。
まして想う相手へ切々と己の気持ちを告げるには、上流階級であれば尚更それなりの段階を踏む必要があるのだ。
先ず、求愛の許可を得る事。これは相手が少々特殊な事情を持つ王族のオリヴィアだからにしても、想い人の保護者に伺いを立てる事自体は、古風なやり方だが実はあまり珍しい事でもない。
寧ろ直接想い人に求愛するよりも、当主に「貴方様の娘(もしくは妹)に求愛したいのですが」的な伺いの手紙を出す方が手っ取り早いと、文章力に自信がある者ならば保護者宛てにその娘への想いをしたためた手紙を出すのも一つの手である。
身分や財産や知名度のある令息であれば、先方の親に気に入られてしまえば婚約までは割とスムーズに決まってしまうものだ。貴族令嬢の結婚相手は本人ではなく親や兄が見繕うものだから。
ただし、前述した通り、これは随分と古式ゆかしい作法である。想いの丈を好きな人ではなくその父親に読まれる覚悟など、昨今の貴公子にはなきに等しい。これは親の目を盗んで不躾に娘と直接やり取りしないという、紳士のフェア精神を示すやり方である。
そしてこの羞恥プレイ、上手い具合に娘の親に気に入られてしまえば、実はかなり有効的な戦法にもなるのだった。
今のカインには前世の知識や常識も加味されている為、「否、普通は親にお伺い立てる必要もなく、好きだと思ったらその子に直接告白するのがセオリーだろ」と思える部分もあるのだが、ここは二十一世紀の日本ではないのである。中世ヨーロッパっぽい世界観かつ国なのである。そしてカインは上流階級の子息なのである。
カインは許可も得られた今、今日のところは早速帰りに王都一の百貨店に寄って、オリヴィアへ書く手紙のレターセットを選ぶところからスタートするつもりだった。
たかがレターセット、されどレターセット。
主な通信手段が手紙である今の時代、封筒一つ、便箋一枚にしても、男性も女性もかなり気を遣って多種多様のそれらを相手や時季に合わせて使い分け、場合によってはアイテムそのものすら駆け引きの材料にしてしまう。
イザベラ宛てに使っていた便箋や封筒はまだ少女らしさが強い彼女に合うような、ピンクやオレンジといった可愛らしい色遣いで花の透かしや繊細な模様などがさり気なく入った高級紙製のものを選んで使っていたが、オリヴィアは一度は人妻にもなった大人の女性である。
自分より五つも年上で、一度は人妻にもなった淑やかな姫で、だからきっと、五つも年下で妹の婚約者だったカインの事など弟みたいな存在としてしか見ていないであろう、男として眼中になかったであろう想い人……。
少女が好みそうな愛らしいデザインのものよりも、少々背伸びしていると気取られても構わないから、麗しの君が受け取った瞬間に少しでも顔をほころばせてくれるような、楚々としながらも清しい美しさを感じさせるものがきっと似合うから。
それに、カインに限らず大抵の男が社交場でそつなく女性に受け答えられるのは、その相手に恋愛感情がないからだ。だからこそ、「オリヴィアをここに呼ぶ」と急に言われても、「えっ、マジで!? やったー!!」と無邪気に喜べるほど、カインの片想い拗らせ具合は生半可なものではない。
十年以上の想いの丈を告白するのだから、もっとそれらしいシチュエーションを演出して、五歳差というハンデをものともしないくらいバッチリ決めた言動で愛を伝えたい訳で……。
なのに、なのに!
「実は既に繋ぎの間に通してある。…つまり、今までの会話は筒抜けという事だ」
「えーっ!?」
(ナンダッテー!?)
心の準備が! そもそも手紙の準備すら出来ていない状況で!
花も用意していないし、贈り物も用意していないし、星の煌めく夜のテラスですらないのに。
しかも学校帰りだから制服。よりによって制服。五歳差を意識しない方が難しい衣装。……何故よりによって五つも年下だと主張するような制服姿で告白しなければならないのか。神は死んだ!
カインが美形にあるまじき白目になりかけていると、執務室からそのまま執務の合間に休憩を取れるような小さな部屋があり、繋ぎの部屋のドアが開いて、そこからペールブルーの裾とクリーム色のガウンが見えたと思ったら、しずしずと現れる。
花の香りがする榛色の豊かな髪は、湿っているのか普段よりも艶めき結わえず腰まで流れ、控え目なデザインだがピンクダイヤモンドをあしらった上品な髪留めで透け感のあるヴェールを綺麗に留めて垂らしている。
フェリックスは王太子故に父王の政務を補佐する役目がある。アレックスとイザベラはまだ学生なのもあってあまり頻繁に王都から離れられないのもあり、遠出の公務といえばオリヴィアが受け持つ事が多い。フェリックスはあまり良い顔をしないらしいが。……まぁ、彼の気持ちは判る。
そもそもフェリックスは、大事なオリヴィアが些細な事で傷付くのも快く思っていない。つまり、あまり外に出したくないと思っている。
人目を避けて地味に過ごしたい妹を公務の一環とはいえバンバン外に出すのは、彼としては不本意なのだった。
視察や訪問も本来なら全て自分が請け負いたいのだろうが、次期国主としての立場と雑多な公務に日々追われているフェリックスはせいぜいオリヴィアの半分を受け持つのが精いっぱいという状況。
故に、もうすぐリーリル学園卒業見込みであるアレックスにフェリックスからは多大なプレッシャーが寄せられているらしい。
アレックスにあまり遠出の外交や視察公務が与えられていないのは、学生としての本分を全うする為だ。何せリーリル学園は一応王立校なのだが、王族が相手であっても進級や卒業に達するまでの点数がなければ容赦なく留年させる、厳しい学校なので。
公務として届けを出せば出席日数に瑕は付かないが、その分授業の理解に遅れ、試験の点数も辛くなる。
過去、何百年と連なる王歴を紐解けば、王族であっても成績や生活態度が基準に満たなかったからと留年させられた貴やかなる学生が何名か存在する為、リーリル学園は「王族だから」という特別待遇など全くない、ある意味、正真正銘身分差ではなく学力や素行こそが物をいう実力主義を貫いている。
創立以来、何度か老朽化に新しく建て替えられては、その都度建物や制服のデザイン、授業や行事の内容が時代に沿って最新のものを変えられてきていても、その点だけは何百年と譲らぬ厳しさは、いっそ天晴れと言えようが。
なので、アレックスもここ数十年「留年」という醜聞を避けて見事最短六年間で卒業してきた先祖や身内の顔に泥を塗らない為にも、あまり頻繁に授業を休む訳にもいかない。必然的に、とっくに卒業して現在は出戻りで独身故に身軽なオリヴィアがどうしても視察系の公務を担当しがちになっているのが現状だ。
フェリックスの心配は、何もオリヴィアが人目を避けて慎ましく城の奥で暮らしたい妹だから、というだけの話でもない。女の遠出は体力、気力共に男より削るし大変だ。まして、オリヴィアのように丈夫でもない線の細い女性ならなおの事。
例えクッションを詰めた馬車に精鋭の護衛を就かせて毎晩必ず領主の館に宿泊出来るよう手配を回し、なるべく快適に旅が出来るようにしても、遠方視察は体力も気力も削る。オリヴィアを殊更可愛がっているフェリックスが案じるのは当然の事。
たおやかな姫君であるオリヴィアには辛い道程なのではないかと、カインとて恐れ多くも心配していた。想い人なので余計その身を案じてしまうのは大目に見てほしい。
そんなオリヴィアは確か、今回は定期的に伺う幾つかの孤児院の訪問の後、王都から数十キロ離れたビカンという町に前年建設したばかりの王立芸術学校の視察で、ここ数日留守にしていたはずだ。
アレックスによればオリヴィアの帰還は今日の午後二時頃の予定だそうだから、つまり、カインとイザベラの婚約破棄騒動を知らずに今日帰ってきた訳で。
それを裏付けるように、少しだけ戸惑うように室内に入ってきたオリヴィアは、旅の汚れを落としたばかりなのか、湯を浴びた者特有の水気を帯びた色気を漂わせていた。
歴史の教科書でいえば多分中世ヨーロッパと思しき今のこの時代に、ドライヤーなんて便利なもの、存在しない。
ならばせめて魔法とか存在すれば良いのに、このゲームはそういう要素が全くない。本当にただのギャルゲーだったのである。剣や魔法や冒険といったファンタジックな要素がないなら、普通に現代ものの学園ギャルゲーで充分だと思う。今思えばそこも、このゲームが特価セールで投げ売りされる要因の一つだったに違いない。
故に、どんなに高貴な女性であっても、女の命ともいえる長い髪を乾かすのは念入りなタオルドライと自然乾燥のみ。ドライヤーが発明されるのは、後何百年先の話だろうか。
あえて前世の電化製品に思いを馳せてみるカインだが、意識はどうしたってオリヴィアに集中してしまう。
だってこんなにもしっとりと色付いて上気した肌とまだ乾ききっていない濡れた艶髪に石鹸の香りを纏わせたオリヴィアなんて見たのは初めてで、年頃のカインにはその艶姿、刺激が強過ぎる。
「……突然呼ばれたので、このように見苦しい姿を晒す事、ご寛容下さいませ」
(見苦しくなんかないです!! 綺麗で色っぽくて大変目の保養…否、目の毒!? なんですけど!!)
そんな彼女は、予期せぬ想い人の清雅な色香に鼻血を出しかねないくらい真っ赤な顔で固まるカインを見て少しだけ困ったように視線を泳がせた。面映ゆそうに伏し目がちになる、耳が淡く染まる。
湯浴みして髪がまだ湿っているからだろう、今のオリヴィアは完全に油断しているというか、多分本当に「父親にちょっと呼ばれた」程度の気持ちで後宮からこちらに渡ってきたようで、着ている物もコルセットで締め付けなくてもサラリと着られるタイプの緩やかなラインを描くシンプルなドレス姿。
言わば部屋着用、それもナイトウェアの類だろう。レースやフリルといった装飾も殆どなく、特徴と言えば胸元に細かいタックをあしらって裾に控えめな刺繍を施しただけの、丈の長いワンピースのような衣装。それでもペールブルーの発色の良さといい仕立ての良さといい布地の良さといい、最高品質と見て取れるのは流石王族と言ったところか。
更に、オリヴィアはヴェールで顔全体をすっぽり隠していた昔と違い、影武者を立てているかもしれないだの偽物が紛れ込む可能性があるだの何だのと心ない人に何度か言われた事がある為、それを払拭するべく、ヴェールで毒に侵された半分だけを覆い、無事な半分を曝け出して本人である事を示すようにしている。
それ故に、今も湯上がりで化粧を落としたスッピンでありながら、半分だけあらわにしていた。
「身内以外の殿方に見苦しい姿を見せる事に恐縮している」と述べた通り、デビュタントを迎えた娘は人前で化粧を落とした素顔を易々身内以外の男に見せるのははしたなく、淑女失格とされる。
オリヴィアが礼を失して申し訳ないと謝罪するのはこの場合おかしくないけれど、視察から帰ってきて風呂から出てこれから休もうとしている時に急に父親から呼ばれれば、一から化粧するよりもヴェールを被った方が早いと判断しても仕方ない。彼女は多分、「父親から視察の感想でも訊かれるのかしら」くらいの気持ちだっただろうし、まさか身内以外の男性まで数人揃っているとは思いもしないだろう。オリヴィアは悪くない。
しかもオリヴィアは、身内以外に晒すのは淑女としてはしたない格好とも言えるコルセットを着けていない状態で部屋着用の寛いだ格好だと自覚した上で、少しでもその姿を隠す為にちゃんと暖かそうなクリーム色のガウンを羽織って身体のラインを判り難くしている。見苦しいどころか妙齢の淑女として当然のマナーを心得ているオリヴィアに、失した礼があるとは思えない。
寧ろ幼少の折以降、彼女のスッピンのみならず剥き立てのようなたまご肌まで拝めるとは思ってなかったので、カインからすれば心臓への威力も凄いが大変なご褒美と言えた。
そんな彼女はいつもの通り、ヴェール軽く留めただけの簡素さ。つまり、あらわになった左半分の顔からどんな表情をしたかをつぶさに観察出来てしまって。
「オ、オリヴィア様…っ」
五つも年上の大人の女性なのに、何て可憐な態度だろうか。自分に対してこんな恥じらう態度を見せてくれるなんて、「もしや脈ありなのでは?」などと自惚れてしまう。
声が上ずってしまったのが男として情けなくて恥ずかしくて、カインも釣られるように耳どころか首元まで淡く染め、視線を床に落とす。乙女か。
久々に間近で見るオリヴィアというだけでも充分な威力なのに、今のオリヴィアときたら湯上がり特有のたまご肌で色っぽさ全開な上に、カインが初めてお目に掛かる普段着のような、言わばプライベート感溢れる寛いだ格好なのだ。
例えるなら、気になる子が風邪を引いてしまい、先生に頼まれて家までプリントを届けに行ったら意図せず無防備なパジャマ姿を拝見してしまったような、予期せぬご褒美を貰った心境に近い。
つまりところ、想い人の新たな魅力に心臓が破裂しそうな勢いなのである。
(心臓よ、お願いだから破裂するなら後百年経ってからにして!)
咲き初めの花を思わせる初々しい反応を示す妹の可愛さを、この時ばかりは素直に愛でるのも癪らしい複雑な気分のフェリックスは、よりによってこんな無防備な、身内以外には見る事もなかった妹のプライベートが強い姿を見てドギマギしているカインに般若の形相で舌打ちしたが、気のせいだと思う事にした。
だって洗練された男前系イケメン王子が般若顔で舌打ちとか、行儀が悪過ぎる。あり得ない。だから見間違いに決まっている。「お前ほどの色男が、今更純情ぶってんじゃねーよ」と言わんばかりの目で睨んでいる気もするけど、それもきっと見間違い……。
久々に至近距離で相対する想い人が思いの外好い反応を示した事に、カインの思考回路はショート寸前である。今すぐ会いたいくらい好きだが、流石にこの状況は今すぐ過ぎるにもほどがある。だって純情どうしよう、ハートは万華鏡どころの騒ぎじゃない。
「…私、今日の午前に視察から戻ってきたばかりで、帰還早々にイザベラが貴方と婚約破棄すると知ってとても驚いたのですけど……本当に、してしまったのですね…」
宰相の手にある真新しい婚約破棄の書類をチラリと見ながらオリヴィアが途方に暮れたような表情で呟く。
ドア一枚隔てた部屋で婚約破棄とその後の一部始終全てを聴いてしまったようだから、いくら王都を数日離れて帰ってきたばかりのオリヴィアにも、カインの初恋センセーションなどとっくにバレバレな訳で。
(言っ…言うのか!? 花も手紙もロマンもないこんな状況で、人の目だけはあるこんな場所で、俺の気持ちを!?)
正直、嫌だ。もっとちゃんと準備して、最高のシチュエーションの中でロマンティックに告白したい。
けれど背に腹変えられない。今このチャンスを逃したら、もしかしたらこの先、オリヴィアに肉声で恋を告げる事も出来ないかのもしれないのだから。
もし、オリヴィアがカインの気持ちに逃げ腰になって亀のように閉じ籠ってしまったら、もはやカインには己の声で気持ちを伝える事も一生出来ないまま、終わってしまうかもしれない……。
「ぁ、あの、」
「――では、お父様並びにその他ご父兄の皆様方! 後はお若いお二人だけにしてさしあげるべきですわ。さぁさ、こちらへ。暫くの間、出て行ってさしあげましょうね。……特にそこのフェリックス兄様、行・き・ま・す・わ・よ!」
「イザベラ、この中でお前が一番若いのに!?」
「どうしたんですか、仲人みたいですよイザベラ様」
「全くですな。そんなのどこで覚えてきたんですか」
「嫌だ。私はここに残ってカインがオリヴィアをどのように口説くのかつぶさに観察して点数を付ける。オリヴィアに相応しい男として紳士的かつ情熱的に口説けるかどうか、私がしっかり見定めなくては……イザベラ。背中を押すな!」
「フェリは余よりも舅じみておるな」
「カイン、お前は確かに私を失望させたが、…………まぁ、その、何だ。まだ若いし、恋も良いもんだし、つまりその…頑張ってみなさい。お父様は陰からお前の初恋を見ている事にしよう」
「つまり、覗きという訳ですな、カイル殿」
「もう! お父様達ったらそんな堂々と扉から眺めていては、バレバレじゃありませんこと? これだから殿方は覗きというものを全く判っておりませんわ。――ここは「いつの時代の乙女も恋バナ大好き!」……というキャッチコピーを背負ううら若き乙女代表のこの私が、僭越ながら恋覗きの真髄をお教えしましてよ」
「イザベラ、お前は一体いつからそんなに俗っぽくなった。後で説教だ」
「兄上って本当にブレないですよねぇ…」
カインとしてはこんな状況でこんな場所だからこそ、「せめて言葉だけでもロマンティックに」と思っているのに、外野が煩くて集中出来ず、ロマンティックな告白の文句が全く思い付かない。
オリヴィアは扉向こうの全く隠れていない出歯亀集団を気にしてか、困ったような、若干居心地悪そうにもぞもぞしている。
早く――早く何か言わなくては!
カインは焦るあまり、まだ何も告白の文句を思い付いていないのにオリヴィアに向かって口を開いた。
深くあれこれ考えずとも、勢いに任せて言ってしまう事にしたのだ。素直な気持ちを打ち明けるだけなのだから、きっとどんなに不細工な言葉になろうとも、自分の想いの丈を一番リアルに発しそうな気がして。
きっと後悔しない。――そんな心意気で発した言葉は。
「ろ、六歳で初めてお見掛けした時からずっとオリヴィア様の事が好きでした! 俺のお嫁さんになって下さいっ!!」
……よりによって、洗練された上流階級の貴族令息とは思えないほど、子供っぽくて馬鹿みたいな告白内容だった。…死にたい。




