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婚約破棄ものを自分でも書いてみたくなって書いてみました。

悪役ポジションの主人公はお約束の転生者ですが、あまり前世の日本の事とかゲーム知識とか関係なく、普通に今自分が生きている世界の貴族として行動します。

「カイン=アルベスト! 今この時をもって、貴方との婚約を破棄致しますわ! そして、こちらに居るエリック=スウィングラー男爵令息に今まで行った数々の卑劣行為に謝罪を要求します!」

(えっ、何これ)


 カインは唐突なる展開に目眩がした。

 第三王女である婚約者のイザベラに婚約を破棄されたからというより、脳裏に突然莫大な記憶が流れ込んできて脳が異常事態だとアラートをかき鳴らしたから。


(俺これ、何かどっかで見た事ある!)


 カインはアルベスト公爵の子息で、国内でも有数の古い歴史と格式を誇る大貴族、アルベスト家の嫡男である。故に、産声を上げて一年後には歳の近い王女であるイザベラの婚約者候補に名を連ね、六歳でその座を得た。

 カインには双子の姉が居るのだが、頭を抱えたい事に彼女もまた、カインをまるで親の仇のように睨んでいる。割とこの間まで「カイン」と朗らかに笑いかけて親愛を示してくれていたはずの妖艶な美貌を持つ姉――カサンドラも、イザベラと共に一人の男性に侍るように立っていて。


「見損なったわ、カイン。私の弟ともあろう者が…。ゴメンなさい、エリック。私の弟が、まさか貴方にたくさん嫌がらせをしてきたなんて…。私、」

「いいえ、カサンドラさん。貴女は悪くないです。カインさんが僕を疎ましく思うのも仕方ない事ですから…。貴女のように素晴らしいお姉様や、美しく可憐な婚約者がいらっしゃれば、独り占めしたくなるのも判ります」

「まぁ、そんな…エリックったら…素晴らしいだなんて」

「美しく可憐だなんて、もうっ。エリックは上手なんだから」

「私だって、エリックの事をお慕いしているわ!」

「わ、私も、君の事を好きだよ…!」

「皆…有難う。僕も貴女達の事がとても好きです…!」

(……えっ。本当に何ぞこれ)


 グルグル脳内を駆け巡る、ゲームだとかルートだとかフラグだとか、十七年間生きてきて一度も聞き覚えのないそれらの単語に、けれどどうしてか意味を知っている事に戸惑いと吐き気を覚える。

 煌びやかな夜会、豪華なシャンデリアの下、一人の黒髪男子を四人の美女が囲い、オレンジの髪を持つ軽薄で高飛車っぽい顔立ちの青年を断罪するシーン。


(思い出した……。これ、アレだ。前世でやったギャルゲーの…!)


 前世。――前世!?


(つまり……これ、まさか…転生!?)


 クラリ、と目眩が一層酷くなる。

 無理もない。突然前世の記憶まで流れ込んできて、いくら優秀なカインの頭でも人一人分の人生の記憶がいきなりドバッと洪水のように流れ込んできたら目眩くらい起こしたっておかしくない。


(駄目だ…今倒れる訳にはいかない…! 今ここで無様に倒れては、公爵令息のくせにみっともない姿を曝け出した精神の弱さを見せ付ける事になる!)


 婚約を破棄された如きで倒れるような繊細な男だと嗤われてしまうではないか。それは断固拒否したい。

 もはや根性のみでカインは目眩と吐き気を堪え、倒れるのを回避した。



 目の前に居る一人の少年と、彼を囲うように数人の女性。

 どいつもこいつも見目麗しく、そこだけ見ればギラギラと派手過ぎて「ぐぁっ、眩しい!」と目潰し攻撃を食らった気分になるが。

 カインの婚約者であり華やかな美貌と愛らしさを持つ第三王女イザベラ。

 双子の姉で妖艶な色気を持ち宮廷の薔薇と呼ばれる公爵令嬢カサンドラ。

 宰相の娘であり卓越した知識量を持つ「歩く辞書」との呼び名も高い眼鏡美人の侯爵令嬢シャーロット。

 騎士団長を父に持ち本人も男装の麗人として社交場で女性に人気の高い伯爵令嬢セシル。

 計四人の女性はそれぞれ方向性の違う美貌と才気を誇る。トップクラスの美女達だ。それが半年ばかり前、スウィングラー男爵に引き取られたエリックの魅力にやられたか、今ではすっかりこの有様。

 無論、前世の記憶が戻る前のカインは、婚約者とエリックをそれぞれ窘めた事がある。

 婚約者という者がありながら人目憚らず他の男にうつつを抜かす姿は恋愛感情があってもなくても好ましくないと感じたし、カインの存在を知っていながら他の女とも親しくなりつつ婚約者や身内にも手を出されて、それでも素知らぬ顔をして放置する方がおかしい。

 しかし、それが「数々の卑劣行為」「たくさんの嫌がらせ」に繋がるとは。

 開いた口が塞がらない、などと思いつつも、表面上は唇を軽く引き結んで口をポカンと開けたアホ面を決して晒さないカイン。

 前世ではただの庶民で白球を追いかける汗臭い高校球児だったカインだが、今世では立派に紳士として、王女の夫となるべくあらゆる英才教育を受けてきたので、人前で自分を崩すという真似は無意識下でもしない。


「何とか言ったらどうなの!? 言い訳の一つくらいなら聞いてあげても良くってよ」

「イザベラ様、あの、」

「言い訳なんて聞きたくないわ! 嫉妬に狂った男の言い分など、聞き苦しいだけですもの!!」


 謝罪しろ、言い訳があるなら聞いてあげる、などと高慢に言っておきながらこのセリフ。矛盾し過ぎである。

 問題はこの状況だ。

 カインの前世は野球の特待で高校に通っていたという事以外は取り立てて個性ない、ただの平凡極まりない高校生だった。つまり、そこまでしか記憶はない。という事は、あまり考えたくはないけれど前世の自分は、高校生という若さで命を失った可能性が高い。

 出来れば今世では大きな事件など起きなくても良いから、ささやかでも幸せに長生きしたいものである。……と、しみじみする事も出来ない。こんな状況でしみじみ今の人生に思いを馳せていられる程、カインは呑気ではなかった。


「つかぬ事をお伺いしますが、私は一体、エリック殿に何をしましたでしょうか」

「しらばっくれる気!?」

「男らしくないですわ、カイン様!」

「カイン…。弟がそこまで愚かだったなんて、私は、信じたくなかったわ……」


 複数の美少女達に喧々と非難されるのは少々傷付く。

 婚約破棄は一方的だがまぁ良い。――否、本当は全く宜しくないのだが、カインはこのゲーム世界の自分がいわゆるライバルポジションであった事を思い出している。なのでこの理不尽な展開も、納得したくないが一応納得している。

 カイン=アルベスト。公爵令息であり、第三王女イザベラの婚約者。

 見た目は少々軽薄そうな、カサンドラと同じ系統の色香漂う美形。湖のように青みがかった緑の垂れ目と泣きぼくろ、少し長めの前髪をかき上げる癖。線の細い身体つきにナルシストめいた雰囲気と色っぽく高慢そうな顔立ちのせいで、自信家なチャラ男、という如何にもやられキャラっぽい悪役令息。

 家柄のお陰か才能はそれなりにあるものの小者感が半端なく、プライドがやたら高く、庶民出の主人公、エリックが気に入らなくて何かにつけてイチャモンと勝負を吹っ掛けるという困ったお坊ちゃん。――それがゲームの中のカイン=アルベスト。

 しかし、今ここに居る自分はゲームのカインとは違う。

 もしかしたらゲームのカインと(外見以外で)似通った部分もあるかと思う。しかしカインは自惚れ屋でもないし、それ相応の努力をし続けて今の地位を築いてきた。イザベラの伴侶に選ばれた六歳を迎える前からカインは公爵家の跡取りとして相応しい教育や礼儀作法の勉強をさせられていたし、選ばれてからは一層精進した。

 前世、野球がちょっと上手いくらいで後は普通の男子高校生だった記憶を持つ今のカインだからこそ言える。――貴族の子息子女とは、庶民が思うよりも過酷で血の滲むような努力を常に続けていかなくてはならない。

 社交が苦手だと引き籠ってニートや不登校が許される日本の学生やフリーターと違い、自分達の家は逃げ場ではない。修行の場だ。どこにも逃げ場などない。それでも親が甘ければ多少の我が儘や横暴も罷り通るのだろうが、それで将来苦労するのは自分である。

 常に己を磨き、己を鍛え、家名や伴侶に相応しくあるように。――その為の教育は多岐に渡り、カインだって幼い頃はあまりに厳しい教育の数々に、泣きながらひっそり枕を抱き締め夜を過ごした事だってあるのだ。

 それでも、カインは両親や周囲の期待を裏切らず、いつも頑張って成果を上げてきた。

 悲しい事に、男なら誰でも多少は憧れるムキムキの筋肉が付き難い体質を嘆きながら、それを顔にも出さず身軽さを活かした俊敏な剣技に特化する事で見習い騎士の試験を突破したり、何かと高飛車に見られがちな酷薄っぽい自分の顔立ちを嘆きつつも、やはりそれを顔にも出さず、とにかく愛想良く、それでいて愛想が良過ぎて軽薄に見られる事のないよう、上品に穏やかな微笑を心がけるようにして。毎日鏡に向かって新人アイドルのように笑顔の練習をしてたなんて、きっと誰も想像すまい。

 今はもうエリックの虜である婚約者だったイザベラや姉のカサンドラも、カインには頬を染めて好意を示してくれたし、自慢の弟だと褒めそやしていたのだから。カインは己の立場に胡坐をかいた事など、一度もない。

 いつだって息切れしながら、それでも水面下でバタつく足を見られないよう、いつだって涼しく優雅に振舞って。

 ただでさえ、公爵令息の生まれだ。傍から見なくても恵まれている。妬み嫉みは持たれ易いし、傲慢に見られがちな自分の外見も好きじゃない。かと言って愛想を振り撒き過ぎればチャラチャラしているようにも見られる、この微妙なバランスを持った自分の顔立ちが心底憎かった。

 努力の果てに、今の自分がある。

 ゲームの中みたいに、カインにも取り巻き連中が居る事は認めよう。しかしカインは自分の取り巻きについては、おこぼれに預かろうとしている腰巾着など当たり障りなく無視して、自分が認めた人物だけを友として迎え入れている。

 事実、王家主催の大規模な夜会という衆人環視の前で一方的な婚約破棄を高らかに告げられた挙句謂れのない罪を着せられたカインに同情の視線こそ向けられているが、義憤の眼を寄こす者など一人も居ない。寧ろカインに対してではなく、カインに対する彼女達に向ける義憤の眼ならたくさん向けられているようだが。



「仰っている意味が判りかねますが……」

「この期に及んでまだとぼけるつもり!? …呆れたわ、カイン。貴方と今まで婚約していた事態が、私にとって人生の汚点よ!」

「カイン…! 姉として、貴方を心底軽蔑するわ。貴方がエリックに行ってきた非道の数々、私の耳にも入っているのよ!?」

「だから、それは例えばどういった事ですか」


 埒が明かない。こっちには身に覚えがないのだから、証拠があるならそれも踏まえてちゃんと説明してほしい。

 ため息を吐きたいのを堪えて、努めて冷静に促す。

 姉はもう少し常識的な女性だと思っていたので、余計にガッカリだ。

 前世の記憶がおぼろげに甦ったとは言え、今の自分はこの世界に生きるカイン=アルベストという一人の男である。日本を懐かしいと思いこそすれ、今の生活こそが自分の生きている世界だとしっかり認識している。


「嫉妬に狂ってエリックに水を掛けたり、階段から突き落としたり、体育で剣術の訓練をした時には実力の差があり過ぎるにも関わらず滅多打ちにしたとか、色々聞いてるのよ!」

「証拠はあるんですか? それと、体育の授業でエリック殿と組んだ事は確かに一度だけありますが、それは剣術ではありませんでしたし、実力の差があり過ぎたのですぐに先生に言って相手を代えてもらいました」

「証拠など…っ、」

(あ、特にこれと言ってないんだ。体育の事も、どうせエリックが愚痴っぽく嘘を吹き込んだってオチだろ)


 何かもう疲れてきた。この茶番にいつまでも付き合っていたらせっかくの夜会にダンスの一つも踊らないまま朝を迎えてしまいかねない。


「それで、結局婚約は破棄なさるんですか?」

「当然よ! 貴方のような卑劣な男と結婚なんて御免だわ! お父様に言って、今すぐにでも白紙にしてもらうから!」


 カインとしてはその方が有難い。

 人前で婚約を破棄されるなど不名誉な上に名にも傷が付き、最悪、今後二度目の婚約を結ぼうとしても中々相手が見付からないかもしれないが。ここまで愚かな姫と判っていながら結婚するくらいなら、婚約を破棄された方がずっとマシだ。

 カインの努力は、一国の姫という尊い身分に釣り合う己になるべくして培ったもの。人の話も聞かない愚かしい女の為に重ねた努力ではない。

 幼い頃から自分の意志関係なく結ばれた婚約の為か恋愛感情は芽生えなかったものの、お互いに長く知った仲だし、相手は王家でこちらは貴族。拒否権などない。

 ちょっと我が儘だけど甘え上手で天真爛漫で素直なイザベラの事は「妹が居たらこんな感じか」と微笑ましく思っていたから、睦まじい夫婦として上手くやっていけると信じていた。

 激しい恋ではないけれど、穏やかな愛情を紡いでいけると思っていた。

 その結果がこうなら、カインにはどうしようもない。

 イザベラも年頃の娘だ。恋をしたかったのだろう。カイン相手に恋をする事は無理だったのだ。カインがイザベラについぞ恋愛感情を抱けなかったように、彼女もまた、カインの事は親が決めた婚約者としか思えなかったに違いなく。

 カインがイザベラを、もっと好きになれたら良かったのだろうか。恋心を抱ければ良かったのだろうか。……そんなの、無理だ。


(俺は、イザベラ様に恋が出来なかった)


 一国の姫に釣り合うだけの自分になろうと努力して、そんなカインを当然のように隣に置きながら、イザベラはカインの努力に少しでも報いようとした事があっただろうか。カインの努力に見合うだけの努力を、イザベラはしてくれただろうか。……きっと、ない。

 エリックはギャルゲーの主人公である。そのように、黒い艶やかな前髪は長く目元を隠しているが、鼻筋やスッキリとした頬のラインだけでも彼が整った容姿の持ち主だと伺える。風に揺れる前髪の奥からチラリと覗く切れ長の瞳は透き通ったアメジストのように美しく、カインに申し訳なさそうな言動を取る割には口元に刻まれた僅かな笑みは勝ち誇る勝者のそれで。

 王家主催の夜会と言えども、主役は遅れて登場する。

 国王と王妃は少し遅れてから現れる予定だろう。だからイザベラが親の目のない今の内に婚約破棄を言い出したのかもしれないが、両親である国王や王妃、ひいては兄弟の王子や王女にも説明や許可をちゃんと得ているのだろうか。……この調子では、絶対事後承諾を狙っている気がする。

 そう簡単に行くとは思えないが、こちらは所詮、王家に頭を垂れ跪く立場の貴族。一方的な婚約破棄と言えども、一国の王女に反論など許されない。

 カインとしては、せいぜい国王や王妃がまともに判断し結論を出してくれるのを期待するのみである。……そう、まともな判断、まともな結論を。

貴族社会の事とかよく判らずふんわり書いてるだけなので、実際に違う部分があるかもしれませんが、そこはふわっと流して下さい。

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