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メリークリスマスを『君』に捧ぐ

作者: えらりい

12月24日 午前

今日はクリスマスイブ。

今夜は聖なる夜だ。

なのに近所のスーパーで買い物をする僕の買い物カゴに入っているのは缶ビール3本とカップ麺3食分という、何とも虚しい商品達だ。

極め付けに、レジでサンタ帽をかぶった女子大生ぐらいの店員に向かって、

「赤マル、カートンで」

と自分でもびっくりするほどしゃがれた声で、酒臭い息とともに呪いの言葉のように吐き捨てた後、そのまま歩いて自宅のマンションに帰ってきた。

4階までのエレベーターの中で我慢できずに風を切り、火をつける。

共有スペース内禁煙?今日ぐらいは無礼講ってもんだろうよ。

などと心の中で毒づきながら廊下を渡り、やっと部屋まで戻ってこれた。

玄関に入った途端に異臭が鼻につく。

酒臭い、その場にいるだけで酔ってしまいそうなぐらい酒臭い部屋。

カーテンは開けずに部屋の電気をつけ、買い物袋からビールだけ取り出して二本を冷蔵庫にぶち込む、そして残った一本を開け、朝から景気良く一気に飲み干した。

無礼講だ。


TVのリモコンを探して辺りを見渡すと、あるものが目に付いた。


赤と緑、赤と緑の縞柄の派手なマフラー。

暖色だけの空間にあっても、寒色だけの空間にあっても、絶対目立つであろうその派手なマフラーが、やはり僕の部屋でもまず目に付いた。


1年前 12月24日 午前


今日はクリスマスイブ。今夜は聖なる夜だ。それなのに近所のスーパーで買い物をする僕の買い物カゴの中身は


「えぇーっ。クリスマスイブに鍋なの?」


「すき焼きだ。今夜はすき焼きが食べたいんだ。」


「外食が嫌いなのはわかるけどさ、クリスマスの夜に彼女と食べるのがすき焼きって、どうなの?」


『君』は文句を言いながらも、普段絶対に食べられないような国産牛のパックを次々と放り込んでいく。


「今夜は無礼講じゃー。なのだ。」


「肉だけでお金なくなりそうだな。」


「えぇーっ。普通こういう時は男子が出すんでしょ?」


「ったく、自分だって僕と同じぐらい稼いでるくせに。」


そんなくだらないささやかな喧嘩をしながら、僕は計2万円分の夕食の買い物を終え。


「帰りにケーキ屋さんに寄ろうよ」


という『君』のリクエストで、マンションとと逆方向にある商店街の方にまで足を運んだのだった。

『君』は気づいていなかっただろうが、この時からすでに僕の上着のポケットには、指輪の入った小さな箱が入っていた。


12月24日

日もだいぶ登ってきているようだ、と言ってもカーテンは閉め切っているので本当に今が昼時なのかはわからないが、腹が減ってきたので恐らく昼なんだろう。

と、時計も見ずにポットのスイッチを入れ、湯を沸かしてカップ麺に注ぎ入れた。

タイマーを使うためにスマートフォンの画面を見てみると、なるほど僕の腹時計は正確だった。

時刻はちょうど昼の12時ぴったりだ。

テレビをつけると、言ったことのあるテーマパークの、クソみたいなクリスマスイベントのCMが流れていたので、僕は速攻でチャンネルを変えた。

タイマーがなるのを待ちきれずに少し硬めの豚骨ラーメンをすすっていると、先ほどのマフラーがやはり嫌でも目に付いた。

そのマフラーがとぐろを巻いているのは、これまた派手な色の、ドギツい黄色のコートだった。

こういうのを、いい年こいた女が着てると、僕はケツを蹴り飛ばしたくなってしまう。


1年前 夏のある日


「もうジェットコースターは懲り懲りだけど、また来年も来たいな。」


「うん!来年どころか、今年のクリスマスも、来たいなぁ〜、なんて。言ってもダメだよね?」


「寒いのは苦手なんだ。」


都心にある某テーマパーク、併設されたホテルのスイートで華やかな夜景を楽しみながら僕達はシャンパンを飲んでいた。


『君』は、僕が寒いのが嫌いという理由で、付き合ってから四年間、毎年クリスマスは絶対家で過ごしていることを知っていながら無理なおねだりをする。

本気でないのは分かっていた。

第一値段が値段だ。今夜スイートルームを借りられたのだって、半年以上前から内緒でコツコツ貯めてきた、タバコを吸わなかった火に五百円玉を入れる「禁煙貯金」の為せる業なのだ。

そんな苦労も知らずにシャンパンを美味しそうに飲み、甘えてくる『君』。

『君』のその笑顔が見られただけで充分僕は幸せだった。


この日の夜はなかなか激しかったのを、今でも覚えている。


秋の終わりも近づく、ある寒い日


「このコート欲しいなぁー」


「えぇーっ。これ?・・・さすがに子供っぽすぎないか?大学生じゃあるまいし。」


「去年まで大学生だったもん!」


ショウウィンドウに飾られたどぎつい色したコートに目を輝かせる『君』と、その値段に目が飛び出そうな僕。


『君』はいつもギリギリ僕に買えるぐらいのものをおねだりしてくる。コツを得ているのだ。

プレイステーションを買う日がくるのは来年になりそうだ。

そんなことを思いながらとりあえず反抗してみることにした。


「だって、これ。今はまだ着れるし、似合うと思うけどさ、この先一年も二年も経って、大人の女の魅力ってものを身につけ始めた時に着られるかい?」


「何よそれー。私は今これが着たいのー。来年は自分でセクスィーなコート買うもん!」


「はいはい。」


「むしろ今しか着れないよ!今しか買えないのだぞよ?」


これ以上店の前で騒ぐのも恥ずかしいので、さっさと買ってあげることにした。

実際このコートを着た『君』は、まさにそのコートを「着こなし」ていた。

買ってから後悔するんじゃないかと思っていたが、僕にはこの、まっ黄色なペンキをぶっかけたみたいなコートがとても愛おしいものになった。


12月24日

ビール片手に掃除機をかける。

足元がふらついてはいたが、思いの外無心になれるので捗った。

そんなことはなかった。


「いっったぁ!」


不意に右足のかかとに激痛が走り、僕はその場にへたり込んだ。

血が出ている。傷口には何かが刺さっていた。


「クソがっ!クソッ!クソがぁっ!」


自分でも情けなくなるぐらいの喚き声を上げながら刺さっているものを抜き取った。掃除機で吸いきれなかったのだろう、それの正体は緑色の、割れた瓶の少し大きめな破片だった。


「あの時のか・・・・ったくよぉ・・。」


破片を踏みつけたところを中心に、丹念に掃除機がけをし、クソみたいな時を刻む置き時計を睨みつけると、時刻は午後4時を回っていた。

カーテンを少し開け、その隙間からは少し暗いオレンジ色の空が見えた。


俺はベランダに出て、洗濯物を取り込むことにした。


雲ひとつない薄暗い夕空。


「もうじき、サンタが飛び回るんだろうな。」


自分でも言っててバカバカしくなるような冗談を吐き捨て、ついでに空向かって唾を吐き捨てた後に、この真下は駐車場で、いつも嫌みったらしいスポーツカーが止まってあることを思い出した。


1年前 12月24日 聖なる夜


「メリークリスマス!」


「かんぱ〜い!」


『君』の顔はもう大分と赤くなっていた。


すき焼きの後ケーキを食べ、ちょっと奮発して買ったワインを飲む僕達。


部屋の中は幸せなムードで満ち満ちていた。『君』は少しうつらうつらしていたが。

僕は思い切って勝負に出ることにした。


「ら、来年も・・・いや。」


「何?」


グラスを傾ける手を止め、その大きな瞳が僕の瞳を覗き込む。

何故こうも人の心を読むのが得意なのか。


「・・・来年も、いや、えーと、その、これからは、あの、ううん。」


頬を叩き、自分に喝を入れる。


「これからは、ずっと、『君』にメリークリスマスを捧げたい。」


一瞬空気が凍った。

が、次の瞬間、『君』の笑い声がその空気を粉々に砕いた。


「何それ、キモーいけど、プロポーズ?ひょっとしてひょっとして?」


完全に酔っている。

僕は目の前の酔っ払いに負けじと追い打ちをかけた。


「『君』と・・・これからもずっと一緒にいたい。」


『君』も流石に僕の声のトーンで何事か察したのだろう、少し真面目な顔に戻った。


「うん。ずっといっしょだよ?・・大学四年間だってずっと一緒だったじゃん?」


「違うんだ。そういうのじゃない。ズッ友とかそういう軽いノリの『ずっと一緒』じゃない。」


僕はいつ出そうか迷いに迷っていた最終兵器を『君』に差し出した。

開かれた小箱の中には、大ぶりなダイアモンドを乗せた指輪が鎮座していた。

給料何ヶ月分だろう。大学時代の友達連中に頭を下げて回って借りたお金で買ったのだ。


「僕と・・・結婚してください。」



12月24日

俺は酔いも覚めぬまま、ふらつく足元で7箱目のタバコの封を切りながら、階段を登っていた。

ビールが切れたので近くのコンビニに買い足しに行っていたのだ。外は真っ暗だった。何時かは知らん。考えたくもなかった。

鍵を開け、玄関のライトをつけるのも億劫なのでそのまま部屋に上がると、足元がおぼつかないせいで入ってすぐのところにあるゴミ箱を蹴り倒してしまった。

先ほど掃除したばかりの部屋にゴミが散乱する。と言ってもカップ麺やらなんやらのゴミばかりでそこまで被害はなかった。

ふと足元に何かが転がってきた。

小さな、手の平サイズの箱だ。

電気をつけるまでもなくソイツの正体は分かっていた。


数ヶ月前 真夏の暑い日の夕方


仕事帰りに、僕は夏祭りに立ち寄った。

何のことはない、『君』にリンゴアメでも買って帰ろうかと思ったのと、ノスタルジックな気持ちになったので何かに惹きつけられるかのように、気づいたら出店をぶらぶらしていたのだ。

綿菓子の甘い匂い。子供の頃は甘いものが大好きだった。おかげで虫歯にひどく悩まされた挙句、甘いものは控えるようにしてから、もう何年経つだろうか。


ちょうどこの頃は夏休みシーズンだ、子供達が親の手を引いてスピードくじやら金魚すくいやら次々におねだりをしている。

みんな色とりどりの浴衣を着ていた、まるで金魚すくいの金魚だ。いやアレはオレンジと黒だけか。

こんな中を1人ワイシャツ姿のサラリーマンが歩いているのもなかなかシュールな絵柄だろうな。

などと、くだらない事を考えながらそろそろ帰ろうかと思った矢先の出来事だった。


ふと、目の前で鞄を落とした女性がいた。

何だろう?と思って女性の方に目をやると、僕は右手に提げた鞄はもちろん、左手に持っていたりんご飴まで落としてしまった。

そこにあったのは、僕の知らない男とお揃いの柄のピンクの(相手は水色だった)浴衣を着て、夏祭りに来ていた『君』の姿だった。


その夜


「ごめんなさい。」


泣きはらした顔で、それでもなお涙を流し、鼻水まで流しながら『君』は僕に頭を下げ続けた。

先ほどまで来ていた浴衣は脱ぎ捨て、ほぼ下着しか着ていない。さすがに夏でも風邪をひく。

しかし『君』はカーペットの敷かれていない玄関付近の床に土下座して僕に謝り続けた。


間男とは、年明け頃からの仲だったそうだ。

半年以上も気づかなかった僕は自分が情けなかった。いや情けないのは、それだけではなかった。


「何が・・・いけなかったんだ・・僕の・・・何・・が」


声を出すのがこんなに辛いのは生まれて初めてだった。今にも吐きそうだった。

僕は文字通り頭を抱えながら土下座する『君』の前を、右に左にオロオロと歩いていた。

『君』もただ、繰り返しごめんなさいと言うだけだ。


「答えてくれ・・・なぁ、僕の。」


すると、ぐしゃぐしゃになった顔を上げた『君』が、やっと謝罪以外の言葉を口にした。


「・・・あなたはいつも・・・『将来の』『未来の』事ばっかりいうから・・・私、わたしは・・2人で過ごす『今』を大切にしたかったのに・・・」


『君』が全てを言い終える前に、僕はもう立っていることができなくなった。

堪えていた涙が濁流のように溢れて出てきた。あの時の答えがやっとわかった。それがこんなに辛いことだとは思ってもみなかったのだ。


「ぼくが・・全てはぼくが悪かったんだ。ぼく、ぼくが、ぼくがああ」


嗚咽が言葉より先に口から溢れた。

ひとしきり吠えた後。

ヒクつきながらも僕は続けた。


「本当に悪かった・・・『君』のこと、全て分かったつもりで・・僕は・・クリスマスの時だろ?あの時、嫌気がさしたんだろ?・・・」


あのとき、あの一世一代のプロポーズの後、微妙な返事しか返ってこなかったことに僕は心の底から絶望した、一時は死のうかとも考えたほどだ。

そして『君』の真意がずっとわからなかった。

そしてそれがやっとわかったのだ。

半年以上かけて僕を苦しめ続けたものの正体は、僕が勝手に妄想した「僕達の未来」だったのだ。


「謝らないで。お願いだから。そんな、、頭を下げないで。」


「僕が悪かったんだ。」


「ちがう!あなたはわたしのこと、ずっと思ってくれてたのに、それが痛いほどよくわかってたのに。私あなたを・・・裏切って・・」


わあああああん、と『君』もとうとう大泣きし始めた。それにつられて僕も死ぬほど泣いた。


2人とも声が潰れるぐらいまで泣いた後。

僕は力尽き、仰向けになった状態で、目も開けずに言った。


「約束する・・・いや、お互いに約束しあおう・・・これからは、先のことなんて考えずに『君』と過ごす『今』を精一杯楽しむようにする・・・だから、だからどうか!・・まだ僕にチャンスをくれるなら・・・もうあの男とは会わないでくれ・・・」


「約束・・・やくそくします・・もう、あなたをうらぎったりはしません・・」


『君』が倒れ込んできた、体力に限界が来ていたのだろう。


だがその時の僕にはある感情が急激に湧き上がってきた。

僕の体に覆いかぶさるような状態だった『君』も『察した』のだろう。

白い腕を僕の背中に回して抱き起こしてくる、その間、2人の間に会話はなかった。

何せ2人とも相手の唇で口を塞がれていたのだ。


ご無沙汰だっただけあって、恐らくその日は以前どこぞのテーマパークに行った時よりも激しめの夜になった。

よくもあんな体力が残っていたもんだと思う。



12月24日


部屋の明かりをつけ、箱を開ける。

キラキラと輝くダイヤモンド、リングの内側には2人の人間のイニシャルが彫られてある。

手が震えていた、顎もガタガタ震えた。

寒いからではない、理由はわからない。

物凄い笑いがこみ上げてきた。

僕はリングを摘んだまま大声をあげてひたすらに笑い転げた。涙が両目からボロボロこぼれていった。

悲しいからではない、笑い泣きもない、理由などわかるわけもない。

ひたすら腹を抱えて大笑いした後、涙を拭い、ベッドの下に置いてある工具箱を漁った。

「あ、あった」


釘抜きのついた、ネイルハンマー。

釘打ちの要領でリングを摘み、ダイヤを釘の頭に見立てて、僕はハンマーを構えた。


やくそくします


振り下ろす。

ダイヤはあっけなく砕けた、リングは歪み、ハンマーは僕の左手の指を叩きつけた、不思議と痛くない。

指を離し、床にリングを置き、ハンマーを構える。


今を大切にしたかったのに


振り下ろす。

やはり横からではあまり意味がない。

感覚のなくなった指でリングを摘み、床に押し付ける。


ごめんなさい


振り下ろす。

リングは輪っかがふさがり、完全に鉄クズになった。

人差し指が変な方向に曲がっている。

雑音が消えない・・・。


このコート欲しいなぁ


あの瞳、そうあの瞳だ。

おねだりする時も、いつもあの輝く瞳にやられた。

僕は、あの瞳に惚れたのだ。


原型を失った元リング、現鉄くずを、ベッド鎮座するコートに向かって投げ捨てた。

改めて見てみると、やはりドギツい色だ、センスを疑う。

緑と赤の縞マフラーといい、意味がワカラナイ。

ふと目をやると、マフラーが一部濡れていた。


「汚ねぇなぁ。せっかく整えてやったってのに。」


ベッドに横たわり、ドギツい黄色のコートに赤と緑の縞マフラーを巻いた『君だったもの』は、ぐしゃぐしゃに崩れた表情をしていた。そしてその口や鼻から汚い汁が流れ出ていたのだ。


僕は、もう掃除するのは懲り懲りだったのでベランダに出てタバコを吸うことにした。


もちろん、カーテンを閉めてから窓を閉めることは忘れずに。


12月23日

今日はクリスマスイブの前日。

『君』曰く、


「いぶいぶって言うんだよ。しらないの?」


だそうだ。買い物を終え、夕食を済ませた後、僕はベランダでタバコを吸っていた。

後ろで引き戸が開く音がする。

シャンプーの香りがタバコの匂いに一瞬勝った。


「湯冷めするぞ?」


「いいもん。ほら」


『君』はよく、夜ベランダでタバコを吸う僕の隣に、寝巻きの上にあのコートを羽織ってやってくる。

そして僕の横顔と星空を見るのが好きなのだそうだ。

にきび跡のひどい僕の横顔とこの綺麗な星空を一緒くたにするのは、さすがに星空に失礼ではないかと思われるが、僕はそれでもよかった。


「明日はきっと、サンタが飛び回ってるんだろうなぁ」


「なんだそれ。サンタって大量にいるの?」


「違うよ。サンタは超高速で空を飛び回ってるの!」


「なんだそれ?トナカイとソリは?」


「ターボエンジンのついたソリに乗ってるからね、最近のサンタは。トナカイはクビだよ、くびーっ」


「すごいな。」


すごいと言ったのはもちろんサンタに対してではない、そんな冗談が次々出てくる『君』の思考回路に、だ。


「あー、寒い寒い。もう中に入ろう。」


タバコを灰皿に突っ込んで、僕はベランダから部屋の中に戻った。

テーブルの上に明日のクリスマス用に買ってきたワインが置きっぱなしになっている。


「こたつあったかーい・・・今年も鍋なの?」


「ふふん、驚くなよ。明日は僕がこの何ヶ月間かかけて練習してきた成果を見せてやる。」


「ええーっ!料理作れるの!?大丈夫?」


「舐められたものだ。」


日曜大工クオリティのワインセラーに、明日の主役を納め、ボトルの飾りとして巻きつけてあったリボンを解きながら僕は胸を張った。


「めちゃくちゃうまいステーキ、食わせてやるよ。」


「楽しみにしてまーす。」


『君』は相変わらず寝巻きにコートのまま、こたつに入りTVのチャンネルを回していた。


僕がにやけながらワインセラー本体に先程のリボンを飾り付けている後ろで、TVを見ながら何気なく『君』は言った。


「まさかと思うけど、去年のリベンジとか、考えてたりしないよね?」

笑いながら、冗談のつもりで言ったのだろう。


それが、呻き声と悲鳴を除けばだが、僕が聞いた『君』の最後の肉声だった。



1時間後。部屋には割れたワインのボトルと、頭から血を流し、首をマフラーで限界まで締め付けられた『君だったもの』が転がっていた。

水揚げされた深海魚のような、歪んだ顔面。

生きていた頃の面影などどこにも残っていない。

僕が惚れたあの吸い込まれるような美しい瞳は、血で濁っていた。

部屋中にワインの匂いが立ち込めており、僕はたちどころに気分が悪くなって、トイレでその晩食べたものをすべて吐き出した。



12月24日


タバコが、後一本しか残っていない。自己ベスト更新、1日1カートン。肺がんまっしぐらだ。よく気分悪くならないなと自分でも思うが、まあいい。

無礼講だ。

最後の一本を大切に吸いながら、チラリと後ろを見ると、カーテンの隙間からちょうど、あのぐしゃぐしゃの女の顔が覗いていた。かなりの恐怖画像だ。

まぁ、自分で作ったものなので怖くもなんともなかった。

というか、先ほどから涙がずっと両の頬を伝っており、僕の視界はずっとぼやけていた。

拭っても拭っても止まらない涙。

こんなに泣くのはいつぶりだろうか、そんなこともうどうでもいい。

視界はぼやけていたが星空は相変わらず綺麗だ。サンタの姿などどこにも見当たらない。

空を見上げたついでにベランダから下を見てみると、珍しくあの嫌味なスポーツカーの姿がなかった。流石にクリスマスは外出ぐらいするのだろうか。いや、クリスマスだからこそかもしれないが、それもどうでもいい。

肝心なのは車ではない。


「こりゃいいや。メリークリスマスだ。」

僕は意味のわからないことを呟きながら、意味もなく笑いながら、意味もなく、大切な「最期の」一本を駐車場に投げ捨てた。

タバコのポイ捨て?いいだろう?最期ぐらいは無礼講だろう?

ベランダの柵に手をかけると、ひんやりとして幾分か意識が覚醒してきた。

ここで恐怖に屈してはいけない。

首だけ後ろに向けてみると、『君だったもの』は相変わらずカーテンの隙間から生ゴミみたいになった顔を覗かせている。


ふと、気がついた。涙が止まっていた。

僕はもうベランダの外から柵につかまっている状態だった。

嫌でも後ろを向いてしまうので、部屋の中を見ぬよう、下を見ぬよう、ぼくは天を仰いだ。

そして天に向かって、決してあの女などにではなく、あの星空に向かって、僕は祝いの言葉を捧げた。


「メリークリスマス」




























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