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魔女狩り少年と光の魔女  作者: 揚げパン
第5章 陰謀
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第97話 黒い心と苛立ち


 月音は息を呑んだ。元康は胸を貫かれて、大量の血を流して倒れている。そのおぞましい光景を志乃はケラケラと愉快そうに笑って見ているのだ。


「魔女に歯向かうからこうなるんだよ~~。これからは気をつけてね~~。…って、もう死んじゃうか。あはは!」


 その際限なき黒さに月音は思わず身震いした。今の志乃の冷酷さは静歌と同じだ。躊躇せずに人の命を切り捨てられる心の黒さ。…それが今の志乃には表れていた。

 すると、志乃は次に月音に目を向けた。そして、悪魔のような笑みを浮かべてきた。


「わかった?月音ちゃん。ずっと見てたでしょ?ゴミクズ能力者はこうやって殺すんだよー。あとは……お姉ちゃんを助けに行かないと。お姉ちゃんもきっと私のこと待ち焦がれてるだろうし」


「やめて…志乃…。もうやめて…」


 月音は顔を垂らし、悲痛な声を漏らした。…もう見たくない。やっぱり志乃は、明るくて優しいあの人格こそが志乃だ。今の志乃は志乃じゃない。


「やめて?何を?意味がわからないんだけど」


 志乃は月音の願いが理解できず、首を傾げた。月音は目を見開いて冷や汗を垂らす。…今の志乃にとってはこれが"普通"なのだ。その人間にとって普通なことをおかしいと指摘されても受け入れられないのと同じだ。

 今の志乃に何を言っても…無駄かもしれない。それは、静歌に何度も訴えても耳を貸さなかったのと同じだろう。…しかし、志乃は大切な友達だ。自分を変えてくれた大切な友達だ。


『志乃の…人格を戻さないと…!』


 月音はつばをゴクリと飲み込んで緊迫感を露にする。このままでは、志乃は静歌のところに行ってしまう。そうすれば、もう二度と優しい志乃は戻ってこないかもしれない。なんとしても…自分が引き止めなくてはならない。

 月音は立ち上がって志乃と対峙する。


「志乃……、今のあなたは黒に染まってしまっている…。でも、私は本当の志乃が白だということを知ってる」


「かっこつけたこと言ってるけど、要は私の人格を変えたいって訳でしょ?でもざーんねーん。せっかく表に出れたんだから、そう見す見すと戻るわけにもいかないんだよねー。中に閉じこもってても退屈なだけだし」


 今の人格にとっては、今の志乃こそがすべてなのだ。他人が何を言おうと、それだけは変えられない。ここでまた人格を明け渡してしまえば、今の自分は再び陰に隠れてしまう。…それは嫌だ。

 すると、意外なことに月音が手を差し伸べてきたのだ。


「志乃…帰ろう。みんなが待ってる。渡良瀬も後から帰ってくる。だから…」

「私の帰るところはそっちじゃない。お姉ちゃんのいない魔女同盟なんてどうでもいい」


 志乃は月音の手を拒み、背を向けた。志乃の目は静歌しか見えていない。例え同じ魔女だとしても、月音たちとはいる場所が違うのだ。


「おい。なんで"てめぇ"がいるんだよ」


 ふと、少年の声が聞こえ、志乃と月音は目を向けた。…そこには、志乃を一点に睨む亮司の姿があった。志乃は亮司を見るや、嫌悪感を露にする。


「出た出た。気取った能力者。前回はあんたに隙を突かれたせいで、人格を明け渡しちゃったけど…、今度はそうはいかない。如月志乃は今日からずっと私。あんたと仲良しごっこする平和バカな志乃はもういない」


「てめぇの意気込みなんざどうだっていい。俺はてめぇなんかに用はない。如月志乃を出せ」


 亮司は鋭い眼光を浴びせる。しかし、志乃はそれをものともせず、呆れ顔で肩をすくめた。


「何言ってんの?志乃は私だけど。ほんと、能力者ってきもいかバカのどっちかしかいないのー?」


 志乃はわざとらしくバカにしたような態度を見せつけるが、亮司は構うことなく月音の方に向かった。


「戻る気がねぇなら別にいい。俺は今のてめぇに構うほど暇じゃねぇ。緋崎、戻るぞ」


「渡良瀬…!志乃は静歌様のところへ行く気だ!何とか引き止めないと取り返しがつかなくなる…!」


 冷めた態度の亮司に対し、月音が引き止めるように慌てて耳打ちする。志乃が静歌のところに行くと知った亮司は、今までの冷めた態度から一転し、興味を示すようにフッと口角を上げ、志乃の方に顔を向けた。


「てめぇ、姉貴のところまでどうやって行く気だ?」


「それをあんたに喋って何になるの?」


 志乃はイライラを募らせていく。この生意気な能力者がムカついて仕方がない。ここで仕留めてやったほうがいいか。


「てめぇに用はねぇが、てめぇが行く先にいるやつに用がある。姉貴の場所がわかるのか?」


 亮司が尋ねると、志乃は掌を上に向けて、光弾を生成し出した。


「わかるよー。あんたに教える気はさらさらないけど」


 そう告げると、光弾を亮司に向かって放った。――しかし、光弾は亮司に当たる直前にピタッと静止した。亮司はそれを素手で弾き、ズカズカと志乃に近付いていく。静止した光弾は突如動きだし、あらぬ方向に飛んでいってしまった。


「…!」


 近づいてくる亮司に志乃は身構える。亮司は志乃の目前に来ると、血まみれで倒れている元康にチラッと一瞬だけ目を向けた。


「そいつは中禅寺元康か。てめぇが倒したのか」


「だから何?お説教でもするつもり?」


「いいや。今のおまえには何言っても無駄だからな。…だが、教えといてやる。おまえ以外にも、人を殺す覚悟のあるやつがいるってことをな」


 亮司は冷酷な目つきを向けてそう告げると、ポケットからサバイバルナイフを取り出した。瞬間、月音は目を見開き、慌てて亮司を止めに入る。


「渡良瀬!!何をするつもりだ!?相手は志乃だぞ!?」


「あぁ知ってるぜ。だが、今のこいつはへらへら調子乗ってて俺の癇に障るんだよ。人格戻るときに少しは成長したのかと思ったが、てめぇは幼稚なままだな」


 月音は亮司の苛立ちを感じ取った。大切な人間がさらわれて一大事だという時に、さらに追い打ちをかけるように変わってしまった志乃の人格。しかも今の人格は相変わらずだ。前回から少しも変わっていない…どころか、冷酷さが増している感じさえする。だから亮司は苛立っているのだ。


「あはは!何それ?威嚇?魔女にそんなので威嚇したつもりになってんの?おめでたーい」


 志乃は調子を崩さずにバカにした態度で笑い飛ばす。―――瞬間


 ヒュッ!!


「…!!」


 志乃の目から5センチほどのところまでナイフが飛んできた。ナイフは静止した状態だが、亮司が解除すればいつでも動き出して突き刺せる状態だ。傍らで見ていた月音はまさかの行動に息を呑んだ。人格が変わっていても志乃は志乃だ。亮司は彼女のことを大切に思っているはずだ。…なのに、躊躇なくナイフを投げつけたのだ。


「早く場所を教えろ。さもなくばそのナイフがおまえの目を潰す」


 亮司の目は本気だった。従わなければ本当に能力を解除しそうだ。

 …しかし、志乃は怯えるどころかクスクスとおかしそうに笑い出した。


「ばっかだねぇ。やってみればいいじゃん。どうせできないくせに」

「…!」


 亮司は冷や汗を垂らす。志乃は動こうとしない。頭を逸らせばかわせるのに、少しも動かそうとしない。まるで亮司がナイフを刺さないとわかっているかのように。


 ヒュンヒュンヒュン!!


 次の瞬間、亮司の後方の上空から無数の光の矢が降り注いだ。もし、ナイフを刺す気があるなら、能力を解除して、光の矢を固定するはずだ。――しかし、亮司はそれをしようとしなかった。志乃はわかっていたのだ。ナイフがただの脅し目的であることを。


 ゴオオォォォ!!


 その時、亮司の背後から炎が壁のように燃え上がり、矢を飲み込んで爆発させた。亮司は間一髪攻撃を受けずに済んだ。

 亮司は静止しているナイフを手に取り、能力を解除してポケットにしまった。


「月音ちゃん邪魔しないでよー。ま、これであんたこそ上辺だけのお調子者だって判明したけど」


 志乃は亮司を見てケラケラと笑う。精神的にも有利な状況になって清々しい気分だ。しかし、このままお遊びしているわけにもいかない。早いところ片づけて静歌のところに行かなくてはならない。


「如月…静歌の場所なら……わかる…ぞ」


「!!」


 突如、弱々しいが確かに声が聞こえてきた。亮司が目を向けると、元康が目を開けて、よろよろと動こうとしていた。


「まだ生きてたの!?」


 志乃は呆れ顔でしぶとい元康を見る。余計なことを喋られる前にとどめを刺すべく、掌をかざそうとしたが……何故だか急に意識が遠のいてきて、フラッと倒れ込んでしまった。


「志乃!?」


 突然倒れた志乃に、月音が心配そうに駆け寄る。

 

「気を失っただけだ。そいつの周りの酸素を固定して、一時的に意識がなくなるようにした。そのうち意識は戻る」


 亮司はそう告げると、元康に目を戻した。


「知ってるのか」


「あぁ…。今の人格は…如月静歌の位置がわかるようでな…。不思議な波長のようなもの…のようだ。場所は……」

「地図を出そう」


 亮司は素早く地図を取り出して地面に広げた。


「おぉ…。これは良い地図だ…。王寺ヶ原……ここだな」


 元康は震える指で地図のある場所を指し示した。亮司はそこにマークを付ける。


「これで……なんとか役目を果たせた…。ただで死ぬわけには…いかないから…な」


 元康は満足そうに言うと、ゆっくりと目を閉じた。亮司は彼の命が終わったことを感じると、地図を畳んで懐にしまい、静かに立ち上がった。


「緋崎、帰るぞ」


 亮司は短くそれだけ告げる。


「志乃は…?」


 志乃の傍にしゃがんでいた月音は、不安そうに顔を見上げる。


「連れて帰る」


 亮司はボソッとそう告げると、志乃の傍に寄り、彼女を抱え上げて背中におぶった。そしてそのまま、黙って歩き出した。


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