第93話 突き付けられた事実
元康は明日莉から読み取った記憶を元に、青塚と静歌がいるアジトへと向かっていた。彼は特に急ぐ様子を見せない。それは、心に余裕があるからだろう。美雨と月音、明日莉の3人の魔女から十分な情報を得ることができた。これで、悪しき魔女に制裁を下すことができる。自分の中の正義感をまた1つ満たすことができるのだ。
ヒラヒラ…
元康の後方10メートルくらいのところを、美雨が放った蝶が追跡していた。彼が向かっている先が静歌たちのいるアジトであることもわかっている。このまま追跡すれば自ずと静歌の居場所がわかる―――そう思っていた。
が、突如、美雨の蝶の周りに数十匹に及ぶ蝶が現れ、瞬く間に取り囲まれてしまったのだ。色は美雨の蝶と同じであるから、静歌が放った蝶だろう。
静歌の蝶は球体を作るように群がり、数の力で美雨の蝶をボロボロに引き裂いてしまった。
「…バレたわ。あの人の蝶にやられた」
魔女同盟の館にいた美雨がボソッと口に出す。静歌の蝶に囲まれて視界が真っ暗になり、そのまま途絶えてしまった。追跡は失敗に終わった。
美雨の他に、志乃と月音、瑞葉、暁美…それに亮司の姿もあった。6人は月音の部屋に集まって状況を話し合っていた。
「あいつの蝶が来たってことは、向かってる方向は合ってるし、あいつらも警戒してるってことだ。その中禅寺ってやつをどうするのかは知らんけどな」
壁に1人もたれかかっている亮司がそう指摘する。他の5人は床に座り込んで表情を曇らせていた。
「明日莉さんが裏切ってたなんて…」
志乃は低いトーンの声を発し、顔を俯かせて落ち込んでいた。親しくなれると思っていたのに……待ち受けていたのは残酷な事実だった。
「問題は明日莉が青塚にどれだけのことを話しているか…」
月音は顔を上げてそう話す。彼女も落ち込んではいたが、落ち込んでばかりもいられない。魔女同盟のリーダーとして、仲間を護るために手を打つ必要がある。
「そんな深刻な事でもねぇだろ。青塚は既に如月の姉貴を仲間に入れてるんだぜ?魔女同盟の事ならもうとっくに知られてるはずだ」
暗い5人に対し、亮司だけはいつもの調子でいた。彼の指摘はもっともで、魔女同盟の元リーダーが既に仲間になっている今、青塚は魔女同盟の情報をそこまで欲していないはずだ。
「…でも、やっぱり裏切りはショックだよ」
志乃にとっては、明日莉が青塚に何を話したかよりも、明日莉が裏切ったこと自体が嫌なのだ。
すると、瑞葉が困り顔になってハァーと溜め息をついた。
「志乃ったら夢見過ぎよ。明日莉が裏切ったのはもう変えられない事実。あいつはもう仲間じゃない。良い人間と悪い人間がいるのと同じように、魔女にも良い魔女と悪い魔女がいるのよ」
「瑞葉ちゃん…」
志乃はじっと瑞葉の顔を見る。彼女はもう落ち込んではいない。吹っ切れたように顔を上げていた。
「おっ、おまえが悪い魔女の存在を認めるなんて意外だな」
亮司が小馬鹿にしたような目を向けてそう言った。当然、瑞葉は不服そうに顔をしかめる。
「能力者だってそこのバカ男みたいな悪い奴が多いけど、良い奴だっているじゃない」
瑞葉は仕返しとばかりに亮司以外の4人に言い聞かせるように話す。しかし、この仕返しが瑞葉をすぐに後悔させた。
「その良い奴ってのが気になるな。おまえにとっての良い能力者って誰だ?最近付き合ってるっていう彼氏の事か?」
「だぁぁぁ!!もう!!今はそういう話してる場合じゃない!!って言うか付き合ってないから!!」
瑞葉は勢いよく立ち上がって吠える。その場の感情で亮司に仕返ししても、結局自分がやられるだけだ。…瑞葉は座り込んで深く反省するのだった。
「明日莉さん…、昨日来たとき珍しく話しかけてきたって思ったけど、情報を聞き出そうとしてたんだ」
暁美が俯きがちに話を切り出す。明日莉はそもそも館に来ることが珍しいが、さらに愛想よく話しかけてくることはほとんどない。それもすべて有益な情報を聞き出すためだったのだ。
「志乃の部屋にも来てたわね」
美雨が志乃の方を見て口に出す。志乃はぎこちなく首を縦に振った。
「…うん。初めてだったから、明日莉さんから仲良くしてくれたと思ったんだ。いろいろ話も聴いてくれたし…」
志乃はまだ明日莉が裏切った事実を受け入れられないでいた。…しかし、一転して志乃は何かを思い出したようにハッとして顔を上げる。
「…志乃?」
志乃の様子に瑞葉は怪訝な表情を浮かべた。志乃はさらに冷や汗を垂らし始める。…そして、恐る恐る亮司の方を向いた。
「…どうしよう渡良瀬。私……鬼怒さんの事も喋っちゃった…」
瞬間、亮司は体をピタッと止め、目を見開いた。そして、無言のまま勢いよく部屋を飛び出した。
「渡良瀬!?」
突然の行動に月音が驚いた表情で立ち上がる。なぜ亮司が突然部屋を飛び出したのかわからなかった。
一方、志乃はとんでもないことをしたと思い、顔を深く俯かせていた。
「……どうしよう。私、とんでもないことしちゃった…」
「落ち着いて志乃」
体を震わせる志乃を落ち着かせようと美雨が肩に手を置くが、それでも志乃の震えは止まらない。
「志乃…、その鬼怒という人は渡良瀬とどういう関係なんだ?」
月音が志乃に尋ねる。志乃と美雨以外は鬼怒のことをまったく知らない。だからこの状況を飲み込めないでいた。
「…鬼怒さんは渡良瀬の味方で、魔女助けを手伝ってくれてたんだ。でも、昔は魔女狩りの研究者として働いていて……息子さんも一緒に働いていたんだけど…、息子さんは組織に殺されちゃって……鬼怒さんは組織を抜け出すために自殺したことになってたんだ…」
志乃は震える声で説明する。月音、瑞葉、暁美の3人は大まかだが状況を理解した。組織からは死んだことになっている鬼怒が実は生きている――明日莉がもしその事を話していれば、青塚が何もしないとは思えない。
「私のせいだ…。私が何も考えなかったせいで……」
志乃は両手で頭を押さえつけ、自分の心を強く責め立てた。
――すると、誰かが志乃の手を掴む。志乃が顔を上げると、月音がジッと志乃の顔を見ていた。
「志乃!渡良瀬を追いかけよう!」
亮司は必死に走っていた。向かう先は…鬼怒の家だ。脳裏に嫌な予感が過ぎり、冷や汗を垂らした。…そして、遅れて志乃と月音も亮司の後を追いかけようと必死に走っていた。無事でいてほしい―――志乃はただただ強く願った。
亮司は鬼怒の家の前に着く。外から見た感じはいつもと変わらない。高まる鼓動音を落ち着かせようと、一息ついてから家の門を開けた。
玄関の扉を開けて中に入る。鬼怒の靴が置いてあることから、外出はしていないようだ。玄関から覗いても特に異変はないが、不気味なほど静かだ。
「鬼怒さん。いるのか?」
亮司は恐る恐る足を踏み出しつつ声をかける。……が、返事は帰って来ず、静寂が待っているだけだ。
「鬼怒さん」
それでも亮司は再び声をかける。…と、リビングのテーブルに目がいった。テーブルの上に新聞紙が広がったまま置かれている。つい先程まで読んでいたかのようだ。何か急なことがあって新聞から目を離したように思える。
「鬼怒さん!寝てるのか?」
返事が帰って来ないので、試しに寝室に向かい、顔を覗かせる。…が、鬼怒の姿は無かった。亮司の不安がだんだんと大きくなっていく。
通りがかり、ドアが開けっ放しの部屋に目がいった。…すると、床に転がっているピストルを発見した。
「!!これは…!」
亮司は部屋の中に入り、ピストルを手に取る。鬼怒が護身用で持っているやつだ。ここで何かあったに違いない。亮司は続いて辺りを見回した。
「…!」
そして、亮司は床に銃弾の跡があるのを発見した。鬼怒がこのピストルで発砲したのだろうか。それにしても敵が入ってきた形跡がまるでない。窓はすべて閉まっている。家の中を荒らされた形跡もない。一体何が……。
すると、部屋の外に銃弾が転がっているのを見つけた。銃弾を手に取ってまじまじと見ると、僅かに乾いた土がこびり付いているのが見えた。
「まさか…」
亮司はハッとして、手から銃弾を放す。銃弾はゆっくりと落下し、むなしく床に転がる音が響いた。亮司は呆然と立ち尽くす。
「渡良瀬!!」
そこに、追いかけてきた志乃と月音が現れる。亮司は志乃の声を耳にすると、表情を変えずにゆっくりと顔を向けた。志乃も月音も、その見たことがない亮司の表情に足をピタリと止め、冷や汗を垂らした。
「鬼怒さんが……連れ去られた」
亮司は呆然と突き付けられた事実を告げたのだった。




