第92話 露呈した裏切り者 その2
月音は耳を疑った。元康の口から、明日莉が青塚と内通しているという言葉が発せられたのだ。当事者の明日莉も突然の暴露に頭が真っ白になりそうだった。
「な、何いきなり!?青塚!?そんなやつ知らないけど!」
明日莉は必死にごまかそうと、立ち上がって元康に突っかかる。それでも、事実を暴露された明日莉の心は正常でいられない。
嘘を言ってごまかそうとする明日莉に、元康は蔑みの目を向けていた。
「悪いがおれに嘘は通用しない。今ぶつかった拍子に君のことはすべて把握した」
「はぁ!?何あんた。言いがかりはやめてくんない?迷惑なんだけど。って言うか、あんたに構ってる時間無いから!」
明日莉は元康を無視して館の方に足を進めた。すると、背後から元康が話し始めた。
「名前は烏谷明日莉。21歳。誕生日は4月10日。電気の魔術を扱う。18歳の時から魔女同盟に入っている。過去、男に3回フラれた経験がある。唯一付き合った男とも1年3か月後に別れている。別れた理由は彼氏が急に冷たくなったから。アパレルのバイトをしているが、忙しさの割に給料が低く不満に思っている」
元康はペラペラと明日莉のプロフィールや過去のできごとを話した。明日莉は足をピタリと止めて驚愕する。元康が言ったことはすべて…当たっているのだ。
「あんたストーカー!?キモいんだけど!!警察に通報するから!」
明日莉は振り返ってゴミを見るような目で元康を見ると、スマホを取り出して警察に電話しようとする…が、元康は構わず話を続けた。
「魔女同盟の新リーダーになりたくて、根回しまでしたものの選挙で緋崎月音に負けてしまう。それ以降、彼女が憎くて仕方がない。それの腹いせと金稼ぎのために、彼女が新リーダーになったことを青塚に流したところ、10万で売れた。予想外の高額に意欲が湧き、さらに……」
バチバチバチッ!!
瞬間、明日莉から電撃が発せられ、元康に襲い掛かった。元康は腕で顔を覆って構えるが、激しい電撃を体中に浴びてしまう。
「それ以上喋ったら……殺すよ」
明日莉は青筋を浮かべ、元康に殺気を露にする。放っておけばこの男は、明日莉が内密にしていることもすべて話してしまうだろう。しかも最悪なことに月音と瑞葉がいる。彼女らは既に耳にしてしまったはずだ。大きな疑いを持ったに違いない。警察を呼んだところで相手にしてくれないだろう。…もう、既に明日莉は孤立してしまったのだ。
「…邪悪な魔女だ。真実に背き、私利私欲に塗れているとは」
元康は腕を解き、明日莉に対し嫌悪感を露にする。明日莉は冷や汗をタラタラと流す。今、自分が置かれている状況は非常にまずい。ここで男を殺してしまえば、男の言ったことが真実であると認めてしまったことになる。既に明日莉にとって致命的な情報を漏らされているから、口封じも意味を為さない。瑞葉と月音に信じるなと説得するか……。いや、月音に説得などできない。
「ちょっと…明日莉。本当なの…?そいつが今言ったこと…」
明日莉が体を震わせて俯いていると、背後から瑞葉が恐る恐る声をかけてきた。
もう……限界だ。自分はもう…魔女同盟にはいられない。唯一、護ってくれるのは……青塚だけだ。
「……!」
次の瞬間、明日莉は全速力で走りだした。とにかく今は、青塚に助けを求めるしかない。…彼なら、絶対的な力を持つ彼なら…自分を護ってくれるはずだ。
――そう心の中で自分に言い聞かせ、明日莉は青塚のいるアジトへと向かった。
明日莉が走り去った後、瑞葉と月音は呆然と立ち尽くしていた。元康の能力から考えるに、彼が話したことは真実のようだ。まさか…明日莉が敵と内通しているなんて信じられなかった。
「そんな……どうしよう月音…」
瑞葉は怯えるように肩を震わせた。月音は彼女の肩に手を置いて、心を落ち着かせようとする。
「落ち着こう…瑞葉…。私も…落ち着かないと…」
月音自身も、動揺を隠せないでいた。
一方、元康は冷静な目つきで明日莉が消えた方向を向いていた。
「逃げても無駄だ。おれは既に逃げる場所を把握している」
そして、元康はゆっくりと"その場所"へと向かっていった。
「はぁ…はぁ…はぁ」
明日莉は息を切らしながら必死に走り続けた。もしかしたら、あの男は青塚がいるアジトも把握してしまっているかもしれない。――そう思った明日莉はできる限り元康から距離を離そうと必死に走った。
しばらく走ると、明日莉は青塚のいるアジトの前に来た。古びた3階建ての低層ビルだ。このビルの地下に青塚達がいる。明日莉は一呼吸置いてビルの中に入り、光の届かない暗い階段を下りていく。彼女は気付かなかったが、入口付近の上空を1匹の蝶が飛んでいた。
青塚はソファーに座ってタバコをふかしていた。…そこに、慌ただしく駆け込んでくる足音が聞こえてきて、勢いよく部屋の扉が開いた。
「青塚さん!!やばいです!!」
慌てている様子の明日莉を見て、青塚は吸っていたタバコを灰皿にこすり付け、じっと明日莉の顔を見る。
「どうした?そんなに慌てて」
「その…!何かよくわかんないですけど能力者に、あたしが青塚さんと内通していることをバラされました!!」
「何かよくわかんないって…おまえがわからなかったら誰もわからねぇよ。一旦落ち着け。ソファーに座れよ。詳しく話を聴こうじゃないか」
「はい…」
しどろもどろもに話す明日莉に対し、青塚は落ち着くよう諭してソファーに座らせる。明日莉はそれに従って青塚と対面するように座った。
「順を追って話を聴こう。まずはどこでその能力者と出くわしたんだ?」
「その…あたしが魔女同盟の館に行こうと思って、館のそばの十字路に来たときにぶつかったんです」
「なるほど…。他に目撃者は?」
青塚が尋ねると、明日莉は目を泳がせて言葉を詰まらせた。答えたくないのだ。目撃者がいたとなれば、事態は深刻だ。ただでは済まない。…しかし、おどおどする明日莉に対し、青塚は表情を緩めて見せた。
「大丈夫だ。怒らねぇから。本当のことを話してくれ。君が失態しても俺がカバーするぜ」
「青塚さん…!」
明日莉は顔を上げる。青塚が言ったことは、自分が求めていた言葉だった。青塚の冷静さは、心の不安をきれいに取り除いてくれた。
「瑞葉と月音が近くにいました。あたしとその能力者のやり取りは聞こえてると思います」
「わかった。それでこれが大事だ。その能力者はどんな能力を持つかわかるか?」
青塚の問いかけに、明日莉は必死に頭の中を整理する。青塚は大事だと言った。それは、明日莉に期待していることを意味する。ここは是が非でも答えなくてはならない。
あの男は話してもいないのに、自分の過去の事やプロフィールを事細かに把握していた。他人の情報を把握する能力なのだろう。そして、男は確かこう言った――"ぶつかった拍子に"と。
「能力は他人に触れることでその人物の情報、記憶を把握できるものだと思います。断定はできませんが、恐らくここの場所も把握してるのではないかと」
明日莉は自信のある目つきでそう答えた。
「…なるほど。よくわかった。すぐに対策を練ろう」
状況を理解した青塚は立ち上がる。一方、明日莉は目線を再び下げていた。
「あの…その、わがままだと思うんですけど…、あたしもう魔女同盟にはいられなくなってしまいました。ただ…!青塚さんの力になりたいんです!あたしを部下にしてください!」
明日莉は立ち上がって頭を深々と下げる。
「それを決めるのは、俺よりも妥当な奴がいるな」
青塚がそう答えると、明日莉は誰かの気配を感じ、頭を上げて部屋の入り口に目を向けた。
「…!し、静歌…!」
明日莉は目を見開く。そこには不敵な笑みを浮かべる静歌の姿があった。
「久しぶりね…明日莉。元気そうで何よりだわ」
明日莉は駆け寄って静歌の手を取る。
「静歌!お願い!あたしを仲間に入れて!あたし達、親友でしょ!?」
明日莉は静歌の手を握りしめ、必死に懇願する。それに対し、静歌は淡白な表情をしていた。
「…そうね。わたし達は親友よ」
静歌がそう答えると、明日莉の表情が明るくなった。静歌は認めてくれたようだ。これで助かる…!――明日莉が心の中で喜んでいると
バリバリバリッ!!
「うぐっ…!!」
瞬間、強烈な電撃が明日莉を襲った。例え自分が電気を操ろうが、他人の電撃はダメージを受けてしまうのだ。
一体どうしたというのか。明日莉は顔を上げて静歌の顔を見る…と、彼女は氷のような目つきで見下していた。
「明日莉の魔術はわたしが使えるから足りてるわ。同じ魔術を使うのが2人いてもあまり意味無いでしょ?志乃だけは特別だけど。…それに、あなたはちょっと頭が弱いから、使いづらいわ」
「し、静歌…!」
明日莉はショックを受けて顔に影を落とす。…しかし、一転して不敵な笑みを浮かべ始めた。
「…なら、あたしがここで静歌を殺せばいいんだね!!」
明日莉は殺気を露にして静歌を見ると、彼女に向かって電撃を放とうとした―――が
ボコボコボコォ!!
次の瞬間、明日莉と静歌の間に泥の壁が勢いよく立ち上がり、明日莉の電撃を吸収してしまった。
「なっ…!?」
「おい烏谷、こっち向けよ」
驚愕する明日莉に、青塚が声をかけた。明日莉は声に反応して顔を向けた――――瞬間
バァン!!
銃声が響き、明日莉の喉から血が噴き出した。
「が…は…」
明日莉はそのまま倒れてしまう。体の周りは真っ赤に染まり、ピクリとも動かない。背後の泥の壁が崩れ、代わりに土槍が床から顔を出した。
「土槍。すぐにその死体を地中に埋めてこい。ただし、道路工事や埋設管工事でばれるとまずいからそれなりに深い場所でな」
「あいよー!」
青塚はピストルをテーブルに置いて土槍に指示する。土槍は引き受けると、すぐに明日莉の死体を持って地中に潜り込んでいった。
「おまえはモップで床を拭いてくれ。血は固まると後が面倒なんだよ。乾く前に頼むぜ」
青塚は静歌を見て床の掃除を指示する。こんな惨い状況でも冷静に的確な指示を出す青塚。そんな彼を静歌はじっと見つめた。
「…慣れてるのね」
関心を示すようにボソッと漏らす。
「当たり前だ。俺はこうやって魔女を殺してきたんだからな。いいから早くしろ。乾いちまうぜ」
青塚は掃除を急かし、静歌は黙ってモップを取りに行った。




