第88話 蝶が探すもの
亮司は鬼怒の家にいた。リビングのソファーに座って鬼怒と話をしている。
「そうか…。志乃ちゃんのお姉さんと青塚が一緒にいるのか」
鬼怒は表情を曇らせてボソッと呟いた。鬼怒にとって志乃はとにかく明るい印象だったが、そんな彼女にも心に悩みがあるのだ。周りに気を使って悩みを溜めこんで、自分を傷つけてしまわないか心配に思ったが、亮司をはじめ、頼もしい仲間が彼女のことを思っているので大丈夫だろうと考えた。
「青塚は魔女狩りのボスを倒して組織を乗っ取ろうと考えてるみたいだ」
「…なるほど」
亮司から話を聴いて、鬼怒は顎に手を当てて思案顔になる。そして、目線を上げて亮司に尋ねた。
「青塚から直接聞いたのかい?」
「あぁ」
亮司は軽く相槌を打つ。
「奴の言うことはあまり真に受けない方がいい。平気で嘘を言う男だからね」
「…!」
鬼怒の意味ありげな言葉に亮司は反応を示す。
「鬼怒さんは青塚とは面識あるのか?」
「あぁ。何度か会って話をしたことがあるよ。…なんていうか、頭は良くてキレ者だし、幹部の仕事もそつなくこなしていたけど、掴みどころが無くて、部下の信頼も厚いとは言えない感じだった。役回りがそうなのかもしれないけど、直属の部下にさえ嘘の情報を流したこともあったしね」
概ね亮司の持つイメージと同じだ。戦いに関しても強いのか弱いのかよくわからない。勝負に対するプライドも特にない感じだ。さらには魔女と手を組んで、それが何のためなのか…。静歌の魔術を利用してボスを倒すのではと考えていたが…それも疑わしい。
「如月は姉の暴走を止めたいと思っている。その姉が青塚と一緒にいる以上、奴の行動は注視しなくちゃいけない。…まったく、なんて面倒な奴なんだ」
亮司は愚痴っぽく言う。平気で嘘を言う男とは言え、放っておくわけにもいかない。静歌もまだ志乃のことを諦めていないから、隙をついて志乃と接触しようとするはずだ。もう二度と、志乃の人格を変えたくはない。
「焦ることは無いよ。また青塚から何らかのサインがあるだろう。それを待つんだ」
鬼怒は諭すように告げ、亮司の前に置いてあるカップにコーヒーを注いだ。注ぎ終わると、亮司はカップを手に取って口に運んでいく。
「ありがとう鬼怒さん。そろそろ帰るよ」
コーヒーを飲み終え、亮司は立ち上がって玄関へと向かう。靴を履きながら、ふと、横にある靴箱に目が行く。そこには、鬼怒の靴に混じって、サイズの小さな運動靴が置いてあった。亮司は頬を緩め、靴を履き終えると立ち上がった。
「勇真の靴、きれいになってるな」
「あ、それ、この間掃除してくれた時、志乃ちゃんがきれいに磨いてくれたんだよ」
鬼怒がそう告げると、亮司は少し驚きつつも、玄関の扉を開けた。
「如月が来たがってたから、今度は連れてくるよ。料理作るとか張り切ってたぞ」
「おぉ!そりゃ楽しみだ!花嫁修業もばっちりってことだ」
「冗談はよしてくれよ」
鬼怒の悪ふざけに亮司は困り顔で不満を言う。鬼怒は苦笑いしながら亮司を見送った。
亮司が道を歩いていると、1匹の蝶が飛んでくるのが視界に入った。美しい黒に染まった蝶は美雨の蝶に見える。亮司は足を止めて蝶をじっと見た。蝶はヒラヒラと舞いながら、特に亮司に反応することなくそのまますれ違った。…亮司は何か違和感を感じる。
――すると、スマホに着信が入り、亮司はスマホを取り出して画面を見た。志乃からの電話だった。
「どうした?」
【あ、渡良瀬急にごめん。今大丈夫?】
「あぁ。なんかあったか」
【それが…、さっき高校の近くにある公園で、お姉ちゃんが飛ばしたと思われる蝶を見たんだ。私達には気付かなかったみたいだけど、何か探してる感じだったから気になって…】
亮司はハッとして後ろを振り向く。蝶の姿は既になくなっていた。再びスマホを耳に当てて会話を続ける。
「黒薙もいるのか」
【あ、うん。そばにいるよ。代わる?】
「いや。黒薙は蝶を飛ばしてないのか?」
【尾行に1匹飛ばしたけど、それだけ】
尾行に1匹…。先程の蝶は単独で飛んでいた。――ということは、あの蝶は美雨のものではなく、静歌のものだということになる。
【渡良瀬は今どこ?】
「俺は鬼怒さんの家の近くにいる。…俺もさっき蝶を見た」
亮司がそう告げると、志乃は驚きの声を上げる。
【そっちの方まで!?街全体にいるのかな…。何を探してるんだろ…】
志乃は不安そうに言うが、亮司は蝶が志乃に気付かなかったというところが気になった。
「さっき蝶がおまえ達に気づかなかったって言ったが、蝶の捜索能力の高さからして、それは考えづらい。尾行しているとはいえ、警戒した方がいい」
【うん…】
志乃の声が強張る。気付いていない風に見せて油断させていることも十分にあり得る。警戒するに越したことはない。
「今からそっちに行く。そこで待ってろ」
【わかった!】
亮司は電話を切り、志乃達のところへ向かおうとするが、その前にもう一度後ろを振り返った。…あの蝶は何を探していたのだろうか。
静歌に魔力を奪われて気を失った少女は、通行人に発見され、救急車に運ばれようとしていた。そこに、一人の青年が現れる。青年は担架で運ばれる少女を横目に、少女が倒れていた場所の前に立つ。
「…なるほど。別の魔女に魔力を奪われたのか。かわいそうに」
その青年は気の毒そうに呟くと、視線を前に向けた。
「もう一人…男がいるな。能力者のようだ。魔女と能力者で共謀か。なんてやつらだ」
青年は嫌悪感を示し、その場を去っていった。




