第87話 志乃の決心
昼下がりの通りを1人の女子高生が歩いている。学校からの帰宅途中のようだ。彼女は大きな通りから横に逸れ、1車線の小さな通りに入った。
「そこのお嬢さん」
不意に後方から声をかけられた。何だろうと思い、立ち止まって振り向くと、スキンヘッドにサングラスをかけた男が立っていた。いかつい風貌に少し恐れを抱くが…
「ハンカチ落としましたよ」
その男は右手にハンカチを持ってヒラヒラさせている。しかし、そのハンカチは自分のではない。
「あの…わたしのじゃないです…」
少女は控えめにそう告げる。どうやら男が勘違いしたらしい。しかし、見た目によらず親切な人で良かったと少女が思っていると―――
バタッ…
突如、少女は気を失って倒れてしまった。すると、少女の背後に静歌が唐突に姿を現した。
「これで十分な魔力を得ることができた。ひびも直に無くなると思うわ」
静歌はにやけながら男に向かって言う。その男…青塚も同様ににやけて見せた。
学校の放課後、志乃達はコンビニに寄ってアイスを購入した。
「ありがとうございましたー」
出入り口の自動ドアが開くと、片手にビニール袋を持って悲しそうに涙を流す志乃が出てきた。その後ろから美雨たち3人が苦笑いを浮かべながら出てくる。
「元気出して志乃ちゃん!」
小蜜が志乃の隣に立って慰める。志乃は結局、テスト結果で小蜜に負けて3位になったのだ。高級アイスを奢られるという夢は儚く散った。
「そうそう。あたしなんか志乃の倍なんだから」
由香も自分を比較に入れて慰める。志乃が3個入りを奢るのに対し、由香は6個入りだから財布に厳しい。しかし、2人が慰めても志乃の悔しさは拭えない。
「志乃、私の分少しあげるわ」
「え!いいよ美雨ちゃん!これじゃ、私の欲深さが露見しちゃう」
美雨が自分の分をわけようと持ちかけるが、そこは欲よりも理性を優先して断る。そして、志乃はアイスの入ったビニール袋を小蜜に差し出す。
「はい小蜜。私の涙が入ったアイスをお食べ」
「志乃ちゃん…、まだ未練が残ってるよ…」
小蜜は苦笑いしながら受け取る。志乃のアイス欲はただ者ではなかったようだ。
その後、4人は近くの公園に行き、勝者がアイスを食べることにした。
「はい小蜜、あ~んして」
「あ~ん…」
ベンチに座っている志乃は、アイスの載ったスプーンを隣の小蜜に差し出す。小蜜は口を開けてそれを迎え入れる。
カシャカシャ…!
その様子を由香と美雨が写真に収めようとスマホを向けていた。撮られたことに気付いた志乃は顔を赤らめて2人の方に顔を向ける。
「ちょっと2人とも!何撮ってんの!?」
「あたし達はいいから続けて続けて」
志乃が声を荒げるが、由香は構わず続けるように言う。
「はい、今度は志乃ちゃんの番。あ~んして」
すると、小蜜が志乃からアイスとスプーンを取り、アイスをすくって志乃に差し出してきた。
志乃はドキッとして体を後方にそらせる。
「えっ!?小蜜のアイスなのに!?」
「いいからいいから!」
小蜜は気にせずアイスの載ったスプーンを志乃の口に近づけていく。しかし、志乃は抵抗感があるのか素直に食べられない。
「だ、だめ…!私にはできないよ…!」
「ほら~、おいしいアイスだよ~?」
「うぐっ…!」
小蜜は誘惑するようにアイスを見せつけてくる。志乃は視界に入ったアイスに欲が掻き立てられる。
「志乃、溶けちゃうから早く」
由香がスマホの画面を注視しながら告げる。志乃は動揺を抑えきれないが、欲の方が大きくなっていき、ついに顔を前に出してスプーンを口に入れた。
カシャカシャ!
シャッターチャンスは逃さない。美雨と由香は志乃が口に入れた瞬間をきっちりと写真に収めた。
「いい写真が撮れたわ。素敵な表情よ」
美雨は画像を見ながら褒める。由香も面白そうににやけながらうんうんと頷く。志乃は頭をガックシと垂らしてしまう。
「欲に負けてしまった…。悔しい…」
「元気出して志乃ちゃん」
小蜜はうな垂れる志乃の肩を叩いて元気づける。…と、志乃がガバッと顔を上げて小蜜に文句を言った。
「小蜜が誘惑するからだよ!……あれ?」
ふと、小蜜の後方に蝶が1匹舞っているのが見えた。普通の蝶ではない。黒に染まった蝶は美雨の魔術でつくった蝶に見える。
志乃の様子の変化を見て、美雨と小蜜も志乃と同じ方に顔を向けた。
――瞬間、美雨は目を見開いた。
「ん?どうしたの?」
由香は1人首を傾げる。美雨は慌てて平静に戻り
「あっ!ううん!なんでもないわ」
美雨が取り乱すのを見て、志乃は怪訝な表情を浮かべる。…あの蝶は美雨のものではないようだ。…とすると。
「残ってるアイス溶けちゃうし、そろそろ帰ろっか」
志乃が浮かない顔をしていると、小蜜が3人に帰ろうと提案する。志乃はハッとして小蜜を見る…と、小蜜がアイコンタクトをしてきた。
「そうだね!せっかくのバーデンバーデンを溶かしちゃうのはもったいないし、早く帰った方がいいよ!」
志乃は立ち上がって賛同する。美雨と由香も頷き、ここでお開きすることにした。
小蜜と由香が帰っていくのを見届け、2人の姿が見えなくなると、志乃は真面目な表情になって美雨に顔を向けた。
「美雨ちゃん…。さっきの蝶、美雨ちゃんのじゃないよね?」
「えぇ…。私のじゃない」
予想通り、美雨が飛ばした蝶ではない。…となれば、考えられるのは1人だけだ。
「お姉ちゃんの魔術…!」
志乃の言葉に美雨は静かに頷く。志乃は一気に緊迫感が増す。姉は今、青塚と一緒いると亮司が言っていた。一体何を企んでいるのか…。
すると、美雨が肩に蝶を1匹発現させた。
「何を探しているのかわからないけど、とりあえず尾行してみるわ」
そう告げて、蝶を静歌の蝶が飛んでいった方へ向かわせる。
「渡良瀬と合流しよう!今電話する!」
志乃はそう言ってスマホを取り出し、亮司に電話をかけようとした……が、途中で動作を止めてしまった。
「…志乃?」
美雨は怪訝そうに志乃を見る。志乃は顔に影を落としていた。
「…お姉ちゃんいい加減にしてほしいよね。…昨日はお姉ちゃんを助けたいって言ったけど、考えたらおかしいよね。あんな自分勝手な人を助けるなんて。平気で人を傷つけられる人を助けるなんて…おかしいよね」
「でも、志乃は心の中で助けたいって思ってるのよ」
美雨はじっと志乃の顔を見つめる。しかし、志乃の顔は晴れない。
「お姉ちゃんと会えば、みんなはお姉ちゃんと戦うことになると思う。…私は、それを傍観なんかできない。戦わないように説得できれば一番いいけど、それができる自信は…正直ないんだ。だからもう…お姉ちゃんは倒すしかないと思う。それでも改心しないんだったら、もう私は…お姉ちゃんと決別するよ」
志乃はそう告げて、美雨に顔を向ける。志乃の目に強い意志が籠っているのを感じた。本心に嘘をついている感じではない。これが、彼女の辿り着いた答えなのだ。




