第86話 魔女の裏切り その5
青塚は自分の部屋に戻って再びタバコをふかしていた。地下にあるために窓がないが、時計の針は19時10分を指している。すると、壁に設置してあるランプが青く点灯したのに気づき、青塚は部屋の入口に目を向ける。
少しして、明日莉が姿を現した。
「こんばんはー。良い情報仕入れてきましたよ」
明日莉は機嫌の良い表情を見せていた。これからいくら貰えるのか楽しみで仕方がない。青塚はタバコを灰皿にこすり付け、明日莉を部屋に招き入れた。明日莉はテーブル越しに青塚と対面するように座る。
「察するに、なかなか良い情報を手に入れたようだな」
「はい。喜んでもらえるかと」
明日莉の様子を見て、青塚はフッと口角を上げる。そして、後方にある金庫を指差した。
「金の用意はできている。それじゃ、仕入れた情報を聴こうか」
明日莉は金庫を見てさらに気分が高揚するが、ひとまず落ち着かせて情報を整理する。
「情報1つごとに報酬を貰っていいですか?」
「いいぜ」
青塚は明日莉の要求を受け入れる。お金が欲しくて仕方がないのが伝わってくるのだ。
「1つ目ですが、如月志乃と黒薙美雨が魔女同盟に入りました」
「ほぉー。それは1万だな」
「い、1万!?」
青塚が告げた提示額の低さに明日莉は驚愕し、体を前のめりにさせる。前回の10分の1しかない。もっと貰えるという予想が大きく裏切られてしまった。対して、青塚は冷めた態度を取っている。
「どうした?その情報はあまり価値がない。というのも、その2人は以前から魔女同盟のメンバーと関わりがあった。入ったからといって状況が大きく変わるわけではないからな」
青塚はそれらしい理由を述べて明日莉を納得させる。明日莉の方もお金を貰う側の立場である上、情報を売るということをあまりよく知らない。だから強く言うことができないのだ。
「わかりました」
明日莉は渋々受け入れる。しかしまだ落胆することは無い。売れる情報は他にもある。
「次は?」
「はい。如月志乃と黒薙美雨ですが、渡良瀬亮司という能力者と一緒に行動しているようです」
明日莉は2つ目の情報を告げる。…すると、青塚は懐からタバコを1本取り出して火をつけた。そして、そのまま反応せずに無言でタバコを吸いだした。
何かまずかったかな…と、明日莉は空気の重さを感じて冷や汗を垂らす。
「君自身は情報に疎いようだねぇ」
青塚は煙を吐いて、嘲笑うように言った。明日莉はギクッとして、心の中で動揺してしまう。
『ま、まずい…!この情報は既に知ってたか…!もうあたしが無知だったことがバレてしまった…。他にもあるけど…売れるどころか、バカにされるだけじゃ…』
青塚が既に知っている情報をいくつも話したら、自分の無知を晒すだけだ。情報を売る立場としてそれはまずい。高い報酬を貰うためにも、いい情報がないかもう一度頭の中を整理した方がいい。
―――明日莉がそう思っていると、テーブルの上に置かれている書類に目がいった。その書類には、死亡報告書と記されており、右上の方にその当事者の名前が載っていた。
『…鬼怒勇三?』
明日莉はその名前を見て怪訝な表情を浮かべる。志乃から聞いた、魔女に協力している人物の名も確か…鬼怒だった。
「青塚さん!その死亡報告書に載ってる鬼怒って人、もう死んでるんですよね?」
明日莉が一転して調子良い態度になって尋ねてきた。青塚は眉を寄せて明日莉をじっと見る。
「そうだ。この人物は研究者として組織に入っていたが、3年前に自殺した。それが?」
「…その人、まだ死んでないですよ。今も魔女に協力してるって志乃から聞きました」
明日莉は何とか有益な情報にありつけたと思い、得意げに話す。…途端、青塚は目を見開き、前のめりになって明日莉に迫った。
「本当か!?」
「はい!もちろんです!この耳でばっちり聞きました!魔力が外に漏れるのを防ぐ薬を作ってるって言ってました」
好感触だ。青塚が今までにない反応を見せている。これは高値が期待できそうだ。
「30万だそう!」
「さ、30万!!」
明日莉は心の中でガッツポーズする。一気に懐がほっかほっかだ。館では美雨にバレそうになったのをなんとか回避したし、なんてツイてるのだろうか。跳びはねてはしゃぎたい気分だ。
青塚はすぐに金庫を開けてお札を取り出す。そして、31万を封筒に入れて明日莉に差し出した。
「ほら、謝礼金だ」
「ありがとうございます!」
明日莉は封筒を受け取った途端、前回よりさらに増した厚みにこの上ない幸せを感じるのだった。
魔女同盟の館では、5人の少女が志乃の部屋に集まってお喋りを楽しんでいたが、気付けばもう11時を過ぎており、そろそろ寝ようという話で落ち着いた。月音、瑞葉、暁美の3人は自分達の部屋に戻り、美雨は志乃の部屋に布団を敷いて寝ることにした。しかし、自分だけベッドで寝るのは不公平だと思った志乃は、じゃんけんをして勝った方がベッドで寝れるということにし、美雨とじゃんけんをする。
結局志乃が勝ち、志乃がベッドで寝ることになった。
「なんか修学旅行みたいで楽しいね」
真っ暗になった部屋の中で、ベッドに寝ている志乃が美雨に話しかける。
「そうね。でも、渡良瀬がいないのがちょっと寂しいかも」
「えー?ほんとに?渡良瀬が居たら終始私の文句になっちゃうじゃん」
もし亮司が居たら、ずっと口喧嘩できる自信がある。お喋りどころではない。
「そんなことないわ。渡良瀬がいたら、私の代わりに渡良瀬をこの部屋で寝かせて…」
「ちょ…!美雨ちゃん!」
途端、志乃は顔を赤くして注意する。対して、美雨は面白そうにクスクスと笑っている。志乃は火照る顔を毛布にうずめた。
「…でも、たまには渡良瀬と遊びたいな」
心の中で思っていることを、ボソッと口に出す。亮司とは長い時間過ごしているが、まだ遊んだことは一度もないのだ。夏休みに入れば時間もできるし、今度誘ってみよう…と、志乃は思うのだった。
翌朝、志乃と美雨は館から直接学校へ向かう。この日はテスト返却最終日。泣いても笑ってもアイスを奢るか奢られるかが決まる日だ。
登校中、志乃は手をスリスリとこすりながら懇願する。
「神様どうかお願い!私にアイスを!」
その必死な様に、美雨は隣で苦笑いする。何はともあれ、これが終われば、あとは夏休みを迎えるだけだ。……このまま何もなければ。




