第85話 魔女の裏切り その4
明日莉は志乃の部屋に入り、絨毯の上に座り込んだ。志乃もベッドから立ち上がり、明日莉と向かい合うように座り込む。
「志乃は月音たちとは前から知り合いだったんだ」
「はい!実は、前にちょっとだけ魔女同盟に入っていた時期があって、その時からの知り合いなんです」
「あ!そうなんだー」
明日莉は意外そうな表情を浮かべる。しばらく魔女同盟に顔を出していなかったせいで、だいぶ手元の情報が少ない。静歌の妹である志乃のことも全然知らないくらいだ。しかし、この少女は間違いなく重要人物。静歌が知らないようなことも聞き出せれば、青塚に高値で売れるはずだ。
明日莉はとにかく親身な印象を志乃に植え付けさせた。志乃も明日莉の前評判を聞いていたが、予想していたよりも良い人そうで安心感を抱いた。…その安心感が、警戒心や用心を遠ざけ、明日莉に隠すことなどないという判断に至らせた。
「へぇー。魔力が外に漏れるのを防ぐ薬ねー。そんなのがあるなんてすごいなー!」
「すごいですよね!それで、その薬を作ってるのが、渡良瀬の昔なじみで鬼怒って人なんです」
「その人にはすごい感謝しないとね!」
鬼怒という名を覚えつつ、明日莉はニコッと笑みを浮かべる。
「はい!だから、これからもお礼を続けていこうと思ってるんです。それに、魔女に友好的な人もいるんだって思えて、嬉しくなるんです」
「能力者にもいい人はいると思うよ。みんながみんな悪い奴じゃないと私も思う」
明日莉の言葉を聴いて、志乃は共感してくれたと思い、嬉しい気持ちが湧きあがる。憎しみという負の感情に満たされていた魔女同盟も、これからは希望を持っていける。――そう思えた志乃は、話を聴いてくれた明日莉に感謝の心を抱いた。
「ありがとうございます。話を聴いてくれて嬉しかったです」
「いやいや、こっちこそいろいろ教えてくれてありがとう!これからよろしくね!志乃!」
「はい!明日莉さん!」
2人は互いに笑みを浮かべる。そして、明日莉は手を軽く振って部屋の外に出た。…ドアを閉めると、彼女の表情は企み笑いに変わった。
『やりぃ…。思いの外良い情報を聞き出せた。じゃ、早速……』
明日莉は足を館の出口に向かわせた――――その時
「明日莉」
不意に後方から声をかけられた。ビクッとして振り向くと、そこには美雨が立っていた。美雨の目つきが、何か探っているように見える。
「今日、みんなでお泊まり会やる予定なの。良かったら、明日莉もどう?」
「あっ…!ごめん!急ぎの用事があって…」
明日莉はソワソワしながら断る。しかし、ソワソワすればするほど、美雨の疑いが深くなっていくように見える。ここで怪しまれるわけにはいかない。とにかく、館を出なければ。
「…残念。じゃあ、また今度の機会に」
美雨は表情を緩め、明日莉を緊迫感から解放した。何とかしのげた明日莉は別れの挨拶もせず、一目散に館の出口へと走っていく。
慌ただしく走っていく明日莉の後ろ姿を見て、美雨は肩から一匹の蝶を発現させた。蝶は飛び立つと、明日莉を追うように飛んでいく……が、すぐに消滅してしまった。いや、美雨が消したのだ。
『仲間を疑うのは…良くないわ』
美雨は自分の疑いの心を咎め、考えを改めた。
館を出て庭園の中を通り、敷地の外に出ると、明日莉は館の方を見て、蝶が来ていないかを確認する。来ていないとわかると、明日莉は肩の荷が下りて安堵する。まるで追手から逃げ延びたような感じだ。
『今度来るときは、美雨がいないときにしよ…』
明日莉はそう心に決め、青塚のいるアジトへと向かった。
青塚はソファーに座ってタバコをふかしながら書類に目を通していた。書類の頭には、死亡報告書と記されており、その横の氏名には鬼怒勇三の文字が。しばらく眺めていると、書類をテーブルに置き、タバコを灰皿にこすり付けて立ち上がった。そのまま部屋を出ていき、地下にある別の部屋に向かった。
コンコン…
青塚はある部屋の前に立ってノックをする……が、応答がない。ので、青塚はドアノブを回して扉を開けた。
すると、部屋の中には、下着姿で立っている静歌の姿があった。青塚はすぐに目線を逸らす。
「おぉ、わりぃわりぃ…。というか、ノックしただろ?なんで返事しないんだ?」
「気付かなかったの」
静歌は目を向けずに淡白な口調で答える。下着姿の時に男が入ってきたら、普通恥ずかしがるものだが、彼女は少しもそんな様子を見せない。ただただ、じっと壁を見つめている。
「目のやりどころに困る。早く服を着ろ」
青塚は目を逸らしたままなので、話をするためにも服を着てもらいたい。だが、静歌は服を着ようとせず、むしろ体を回して肌を見せてきた。
「見て。まだところどころにひびが残ってるの」
そう言われて、青塚は静歌の体を下から上まで見ていく。もちろん出血はしていないが、脚や背中、脇腹、胸、手、肩、首筋にひびが残っていた。
「奪った魔力を攻撃に使っちまったせいだ。大人しくしてりゃ良かったんだよ」
青塚は呆れ顔でそう告げるが、静歌はクスッとにやけて見せた。
「なんで自分で魔力が回復できないのかわかったわ。このひびのせいでしょ?このひびが、魔力を体外に漏らしているのね」
「お、よく気付いたな」
魔女は魔術を使用することで魔力を消費するが、時間が経てば自然と回復する。しかし、静歌の場合はいつまで経っても魔力が回復しない。月音から奪った魔力でだいぶ体が良くなったので、自然回復できると思っていた。…なのに、また魔術が使えなくなってしまった。試しに炎を出しても一瞬で消えてしまうし、蝶を出してもすぐに消滅してしまう。
自分の体に異変があるためだ。その異変とは何か…。体に残っているひびなのだ。
静歌の推測は見事当たったようで、青塚が感心したような目を向ける。
「魔女にとってはそら恐ろしい能力だろう。普通の魔女なら体中にひびが入った時点で死ぬ。そこで生き延びてもひびが回復を妨げる。対魔女として完璧な能力だ。だから俺は言ったんだ。あんた一人じゃボスに会うことすらできねぇってな。わかったら服を着ろ。服着て俺の部屋に来い」
青塚はそう告げると、踵を返して部屋を出ていった。残った静歌は、じっと腕に残ったひびを見つめていた。




