第80話 本当の気持ち
気温は高いが、気持ちの良い風が吹く朝だった。小川に架かる橋の手前で美雨が志乃を待っていたが、彼女はどこか浮かない表情をしていた。
「おまたせー!」
そこに、志乃が走り寄ってきた。美雨はすぐに表情を明るくさせ、志乃に笑みを向ける。
「おはよう志乃」
「おはよう美雨ちゃん!いよいよテスト返却も大詰めだね!」
志乃は両手をグッと握りしめて張り切る。テスト返却は残り2科目。今日1科目返され、明日に最後の返却がある。志乃は現在3位のままだが、小蜜との点差は8点に縮まっており、十分逆転の可能性がある。一方、美雨は安心安全の1位続行中だ。
「頑張って一緒にアイス食べましょう!」
「うん!」
二人は学校に向かって歩き始める。美雨は志乃の顔を見た。いつも通り元気そうだ。…すると、志乃が気付いて美雨に顔を向けた。
「どうしたの?」
「あ…!いえ!何でもないの!それより志乃、今日の自信のほどは?」
美雨は不意を突かれたようにドキッとするが、何とかごまかして話題を振る。
「今日は生物だから自信たっぷりだよー!絶対小蜜より良い点数取るんだ!…あ~~でも、なんかドキドキしてきた」
志乃は胸に手を当てて心を落ち着かせる。
「私も不安だわ」
「美雨ちゃんは絶対良い点数取るでしょ!いいな~~。頭が良くなる魔術とかないのかな~」
志乃は眉を八の字にさせ、そんな魔術があればいいのにと願望を漏らす。しかし、残念ながらそんな魔術は存在しない。
テスト返却が終わり、志乃達はいつものように見せ合いっこをする。4人は一斉にテスト用紙を表にした。
「やったー!小蜜と美雨ちゃんに勝ったー!」
「うそ…、志乃が一番点数高いなんて…」
「すごーい!志乃ちゃん97点!」
「すごいわ志乃!クラスで一番じゃない?」
4人はそれぞれ、喜んだり驚いたり呆然としたりしている。点数は志乃が97点、美雨が94点、小蜜が89点、由香が82点だった。
「え?待って!小蜜と並んだよ!私ついにやったよ!」
「志乃ちゃんと同率だ!わーい!」
志乃は嬉しそうに小蜜と手を繋いではしゃぐ。まるで、大好きなおもちゃを買ってもらった子供のようだ。志乃ははしゃいでいると、ふと、あることが気になった。
「あれ…?もしこのまま同率2位だったらどうなるの?じゃんけん?」
最後の世界史で小蜜と同じ点数だった場合、最終的に2位が2人になってしまう。その場合、どちらが奢るのか奢られるのかがわからない。じゃんけんで決めることになるのだろうか。すると、小蜜が提案してきた。
「そしたら、わたしと食べ合いっこする?」
「えー!?ハーフアンドハーフ!?」
「ちょっ…!二人とも!話が変な方に行ってるって!」
志乃は恥ずかしそうに頬を赤らめる。わりと本気そうにしている2人に、横から由香が慌ててツッコミを入れた。
放課後、志乃と美雨は小蜜と由香と別れ、帰路に向かっていた。しかし、美雨は今までの和やかな雰囲気から一変、真面目な表情になった。
「志乃…。あのね…、大事な話があるの」
「え…?大事な話?」
志乃は不思議そうに美雨を見つめる。彼女の表情がどこか浮かない。
「そう…。でも、ここじゃなくて公園で話しましょう。渡良瀬と月音も一緒に」
志乃は無言で聴いていた。2人だけの話ではなく、亮司に月音も関わる話のようだ。美雨の表情から考えると、あまり良い話ではなさそうだ…。
2人が公園のいつものベンチのところに辿り着くと、既に亮司と月音が待っていた。亮司はベンチに座って缶コーヒーを飲んでおり、月音はベンチの前に立っていた。
「あ!二人とも!やっほー!」
「おう…来たか」
志乃が手を振って声をかけると、亮司が志乃に目を向けた。亮司も月音も表情が浮かない。志乃はそれが気になり、表情から明るさがだんだんと消えていった。
亮司はコーヒーを飲み干し、空き缶を脇のゴミ箱に捨てると、立ち上がって志乃と対面した。
「如月、おまえに伝えなくちゃならないことがある。俺達3人はこのことを昨日の時点で知っていたが、おまえには黙っていた」
「え…?何…?」
亮司の真面目な目つきに、志乃は戸惑いを見せる。一体何を黙っていたのだろうか。
「おまえの姉貴が生きていた」
「!!…お姉ちゃんが…?生きてたの…?」
志乃は驚愕すると、目が潤んで涙をポロッとこぼした。心から嬉しさが込み上げてくる。
しかし、他の3人は対照的に表情を曇らせている。純粋な気持ちで嬉しさを見せる志乃に、亮司はいたたまれない思いに襲われた。
「生きていた…が、魔女狩りの幹部だった青塚と一緒にいる。それに…、おまえの姉貴はもう……魔女のためじゃなく、自分のために行動している。自分の回復のために、緋崎の魔力を奪った」
「そんな…!月音ちゃん大丈夫!?」
志乃はショックを受け、月音に顔を向けて心配そうに容態を訊く。
「私は大丈夫。もう魔力も回復したから心配しないで」
「よかったー」
月音が大丈夫だとわかり、志乃はホッと胸を撫で下ろす。しかし、それでも月音の表情は明るくならない。
亮司は内心、内緒にしていたことを責められると思っていた。――しかし、志乃は意外にも笑顔を向けてきた。
「話してくれてありがとう。ごめんね、私の姉が迷惑ばかりかけちゃって…」
志乃は困り顔になって姉のことを詫びる。彼女はやはり優しい。本当は姉のことが心配で仕方がないはずだ。それでも、彼女は自分が暗くなってはだめだと思い、笑顔を向けてくる。
「如月…、おまえは姉を助けたいか?」
亮司が尋ねると、志乃は目線を上に向けて、遠い目で空を見つめた。
「私ね…、最近、お姉ちゃんを助けたいっていうのは自分勝手かなって思うようになったんだ。お姉ちゃんは私達の言葉を聞いてくれない。それに攻撃さえもしてくる。そんなひどいお姉ちゃんを助けたいって思うのは、みんなに申し訳ないよ」
志乃はそう告げて、困り笑いを浮かべる。…それが無理をしている表情だというのは、亮司にはすぐわかった。
「如月。本当のことを言ってくれ。今のお前は無理している」
「本当だって。無理なんかしてないよ」
志乃はまだ笑顔を向けてくる。しかし、亮司は彼女が嘘をついているとわかっていた。何故なら、姉が生きているとわかった時、涙を流して心から嬉しそうにしていたからだ。
「如月。おまえに内緒にしていた俺が言うのもなんだが、俺達はおまえに嘘をついてほしくない。つらいときは全力で助けるのが仲間だろ?」
志乃はハッとする。最後の言葉は、自分が亮司に対して言った言葉だ。
志乃は拳をギュッと握りしめ、顔に影を落とす。そして―――涙を一粒こぼした。
「……助けたいよ」
ボソッと呟くように言うと、顔を上げて涙を流しながら亮司を見た。
「助けたい!!私の大切なお姉ちゃんだから!!助けたいよ!!」
「志乃……」
ボロボロと涙を流す志乃を月音はじっと見つめていた。
「…わかった。なら、全力でおまえの姉貴を助けるぞ」
志乃は顔を上げて亮司を見つめる。彼の顔は……とても頼もしかった。




