第77話 飢える魔女 その4
亮司たちは隠れていたアジトの出口前に立ち、外に出るタイミングを見計らっていた。亮司が前に立って静歌たちがいないかを確認する。…どうやらいないようだ。
安全と判断した亮司は後ろの美雨に合図し、二人は忍者のようにそっと外に出た。―――すると、そこへ一匹の蝶がフラフラしながら飛んできた。
バサッ!
亮司たちが警戒する間もなく、蝶から静歌が降り落ちた。静歌は不敵な笑みを浮かべて二人と対面する。
「逃げようとしたって無駄よ。わたしを欺こうとしたようだけど、あんな幼稚な罠には引っかからないわ」
美雨が罠として別の場所に蝶を多く飛ばしていたが、静歌には見破られていたようだ。――しかし、亮司も美雨も焦りは見せず、美雨はいくつもの蝶を発現させて攻撃態勢に入る。
「あら…、わたしと戦うって言うの?どうせ回復途中だからチャンスだとかそんな考えでしょ?」
「なんだ。お見通しだったか」
どうやら、亮司たちの目論みは既にバレているようだ。それでも、亮司も美雨も冷静な表情を崩さない。
「バレたって良いわ。チャンスには変わりないもの」
美雨がそう言うと、蝶の群れが広がり始めた。
静歌が美雨の蝶に目を向けている――と、静歌の後方の陰から月音が飛び出し、素早く炎を放ってきた。炎は見る見る静歌に迫っていき、彼女が振り向いて避けるのは間に合わない――
そう思った時、静歌の手前に突如水が噴きだして壁を作りだしたのだ。炎は水の壁を通り抜けることなく消滅してしまった。
「くっ…!」
月音は歯を食いしばる。不意をつく作戦は読まれていたようだ。
「フフフ…!まったく単純ね。月音が一緒にいなかった時点で、どうせこんなことするんだろうと予想していたわ」
静歌はバカにするようにクスクスと笑う。考えることが単純で、どうやって欺こうとしているのか手に取るようにわかる。しかも、欺く作戦をとるということは、単純な戦力に自信がない証拠だ。相手に欺く暇を与えなければ、こちらが勝利したも同然である。
静歌は月音の足元に光のロープを生成し、月音をその場から動けなくした。
「…!」
月音は力一杯もがくが、光のロープはビクともしない。
静歌は続いて亮司と美雨の足元にも光のロープを発現させる――が、二人は素早く後方に飛び退いて避けた。入れ替わるように美雨の蝶が静歌に近付いていく。頭上から鱗粉を撒いて操るつもりだろう…と予測した静歌は、掌をかざして蝶に向かって炎を放った。
――しかし、放った途端、炎の動きがピタリと止まってしまったのだ。
「…!」
静歌はハッとして歯を食いしばる。亮司が炎を固定したのだ。しかし、静歌は亮司を見ようとせず、すぐに月音の方に掌を向けた。
「それなら、一足先に消えてもらうわ」
静歌は見下すような冷たい目で月音を見て、掌の先に光を凝縮させていく。月音に光線を放つつもりだ。月音は足を拘束されているために避けることができない。
「させない!」
美雨が月音を護るために、蝶の群れを月音の前に向かわせる。だが、静歌は嘲笑って見せた。
「そんな薄っぺらい防御じゃ防げないわよ。志乃の魔術は一番強力なんだから」
静歌は妹を鼻にかけるようにそう告げる。志乃の魔術である光線は、静歌が扱う魔術の中で最も威力が高い。例え防御力の高い美雨の蝶でも、光線の威力を打ち消すことはできないだろう。しかし、それでも蝶の群れは月音を護りに向かう。
バカの一つ覚えだ…と、静歌は光を凝縮させながら嘲笑う。そして、光の球が生成され、放たれようとしたその時
ゴオォォォ!!
先程まで静止していた炎が突然上に向かって動き始めたのだ。そして、今度は光の球が静止してしまった。
イライライラ…!
静歌は歯を食いしばり、青筋を浮かべて顔を亮司の方に向けた。対して、亮司は余裕そうに口角を上げている。
「あんたの能力が何よりも厄介だったわ…。月音も美雨も殺そうとまでは思わないけど……あんただけはぶっ殺す!!」
静歌が怒りをぶちまけるように怒鳴り上げる――――が、
次の瞬間、静歌の頭上に切れた電線が垂れてきた。
バチバチバチッ!!
「ぎゃあぁぁぁ!!」
怒りで頭上への意識がなくなっていた静歌は避けれるはずもなく、電線の切り口に接触して感電し、その勢いで地面に倒れ込んだ。
「おいおいおい。"ぶっ殺す"なんて下品な言葉言うんじゃねぇよ。上品なイメージが台無しだぜ?」
亮司の皮肉を込めた言いっぷりは、さすが人をからかうのが得意だな…と、美雨は汗を垂らしながら思っていた。
静歌は震える手を地面について体を起こす。
「舐めたマネしやがって…!いい気になってんじゃないわよ!」
「いい気になんかなってないぜ?それに、今のはおまえが放った炎が原因だ。自分の攻撃で自爆してるだけだ」
電線が切れたのは、先程静歌が頭上の蝶に向かって放った炎が原因だ。一時的に静止したものの、再度動き始めたため、上空にあった電線を炎の高熱で溶かしてしまったのだ。
しかし、静歌にとってはそんなことどうでもいい。これほどまでに苛立たせる亮司には、マグマのように煮えたぎる殺意がわきあがる。
「フフフ…!アハハハハハ!!いいわねあんた!あんたは何度も何度もわたしの邪魔をしてくる!わたし今までバカだったわ。ずっと魔女狩りのボスを殺すことばかり考えてたけど、そんなことよりも、あんたを殺すことの方がよっっっぽど大事だったわ!!」
静歌は怒りのあまり狂気の笑みを浮かべ、声高らかに殺害を宣言した。美雨は冷や汗を垂らして亮司に耳打ちする。
「まずい方向に行ってるわ…。あなたを標的にしてはだめよ…!」
しかし、亮司はおかまいなく静歌を蔑むように見た。
「いいじゃねぇか。これでよぉ、この女が魔女のためじゃなくて、自分のために動いているのがわかったんだからな」
「あんたが邪魔しなきゃいいだけじゃない!!志乃だってそうよ!!あんたが志乃をわたしから引き離そうとしてるじゃない!!あんたが邪魔さえしなきゃ、わたしと志乃で魔女狩りを潰して、魔女のみんなが幸せになれるのよ!!」
静歌は荒ぶる声で指摘する。彼女はあくまで魔女のために行動していると言い張る。そして、それを亮司が妨害しているのだと。亮司が大人しくしていれば、静歌の行動によって魔女はいち早く幸せになれるのだと。
そして、亮司に加担している美雨と月音は、魔女でありながら魔女の幸せを遠ざけているのだ。
「月音なんか、魔女同盟のリーダーなのに、魔女のために動いてないじゃない。やっぱり、リーダーはわたしの方がふさわしいわ」
静歌は冷ややかな目つきで月音を睨み付ける。月音は口を開いて反論しようとする…が、声を発することができなかった。
「バカ言え。てめぇはリーダーじゃなくてただの独裁者だろうがよ」
亮司がそう言った次の瞬間、静歌が亮司に向かって光弾を放った。
ドォン!!
「渡良瀬!!」
月音はハッとして叫ぶ。亮司は吹っ飛んで後方の地面に倒れ込んだ。
「ダメだわ…。致命傷を与えられるほどの魔力がまだ無いわ」
直撃したものの、そこまで大きなダメージを与えられていないと、静歌は残念そうに呟く。まだ回復途中にあるため、強力な魔術を何回も発動することができないのだ。
「先に魔力の補充をするべきね」
静歌は不敵な笑みを浮かべ、月音の方へ近づいていく。その時、頭上に美雨の蝶が現れた。蝶たちは静歌に向かって鱗粉を撒こうとする―――が
ヒュンヒュンヒュン!!
突如、美雨の背後の上空から無数の光の矢が飛んできた。
ドオォォォン!!
轟音と共に煙が辺りに充満する。美雨はもろに攻撃を受けてしまい、静歌の頭上にいた蝶が消滅してしまった。




