第75話 飢える魔女 その2
亮司たちの目の前に、突如として静歌が現れた。別に彼女が瞬間移動してきたわけではない。青塚の能力によって静歌を認識できずにいただけなのだ。亮司は油断していた。青塚が何も能力を使わずに現れたのは、このためだったのだ。
「ごきげんよう」
静歌は顔面のひびのせいで表情を作ることができない。それが彼女の不気味さを増長させる。静歌の視線は、明らかに月音に向いていた。
「し、静歌様…!」
月音は静歌に出くわすことを想定していた。しかし、目の前に突然現れ、しかも変わり果てた姿をしていたら、驚いてしまうのも無理はない。
喜ぶべきなんだろうか。…そう思ってしまう自分がいる。確かに、自分はかつて静歌を慕っていた。静歌の言うことなら何でも聞く、従順な部下として働いていた。それは静歌の価値観に共感していたからだ。
――今はどうか。静歌に共感できるのだろうか。
「月音…。あなた新しいリーダーになったんですって?おめでとう。心から祝福するわ」
表情は作れないが、語調から喜びを表現する。
「…ありがとうございます」
月音はどこかぎこちないが、祝いの礼を言う。しかし、静歌は本当に祝う気などあるのだろうか。すると、静歌がゆっくりと手を差し伸べ、撫でるように月音の頭の上に置いた。
「偉いわねぇ…。リーダーになって尚……わたしの養分になってくれるなんて」
「…!!」
次の瞬間、静歌は手から月音の魔力を吸い取り出したのだ。しかし、何かやばいと感じた亮司が静歌の手を払いのけた。
ほんの数秒間だったが、相当量の魔力を奪われたようで、月音は疲れ切ったように体勢を崩してしまう。
「おい!大丈夫か!?」
それを亮司が受け止める。どうやらまずいことになってしまったようだ。
「もう…、邪魔しないでよ…。でも、回復するには十分な魔力を得られたわ」
静歌は亮司を鬱陶しく思うが、それでも最低限必要な魔力は得ることができた。体中のひびが見る見る無くなっていく。
「端からこれが目的か」
亮司は月音を抱えたまま青塚を睨み付ける。青塚にとっては、ことがうまく進行していくので面白くて仕方がない。
「仲間の魔女を連れてくると踏んでたんだが、見事に予想通りだったぜ。まぁ、魔女助けの一環だと思って協力しろよ」
「こんな強欲な魔女に手助けなんか必要か?同胞を簡単に切り捨てられる奴なんかによ」
亮司は視線を静歌に移す。静歌は顔面のひびがなくなったことで、表情を作ることができるようになり、睨む亮司に対してあしらうように不敵な笑みを浮かべる。
「悪く思わないで。志乃に無様な姿見せられないでしょ?」
「けっ!反吐が出る!てめぇの自分勝手な理由で人を傷つけて、妹が喜ぶとでも思ってんのか?」
志乃が知ったら憤りを感じるはずだ。静歌の行動は志乃を思っての行動ではない。あくまで自分本位の行動なのだ。
しかし、静歌は聞く耳持たず、亮司を攻撃しようと掌をかざした。
「させない!」
すると、亮司の後方にいた美雨が大量の蝶を発し、静歌と青塚に向かって一斉に飛ばした。
「…!」
蝶は二組に分かれて、それぞれ静歌と青塚の顔の周りを素早く飛び回る。視界を遮られた静歌は煩わしく思い、掌を上にかざして火球を放った。火球は2メートルほど上がると、破裂して静歌を囲むように降り注いだ。飛んでいた蝶は炎に次々焼かれていき、あっという間に消えてしまった。しかし、静歌が前方に目を向けると、亮司たちの姿が消えていた。
「できればもうちょっと魔力が欲しいわね…」
回復はできたもののまだ十分ではない。満足に魔術を使うためにはもっと魔力が必要だ。
静歌は続けて青塚の方に顔を向ける。青塚は既に取り囲んでいた蝶を消滅させていた。
「どこに行ったか見てた?」
「いや、既にいなくなってたな」
青塚は他人事のように軽い口調で告げる。
「…フン。まぁいいわ。すぐに見つけ出せるから」
静歌は不服そうに鼻を鳴らしてそう言うと、一匹の蝶を発現させ、亮司たちを探しに向かわせた。
亮司たちは、少し離れたところにある別のアジトの中に身を隠していた。
「運よく近くに知ってるアジトがあって良かったぜ」
亮司はホッと一息つく。それにしても、まんまと罠にはまってしまった。青塚の目的なんて気にせずにしていれば、こんなことにはならなかっただろう。
「すまねぇな。二人とも」
亮司がボソッと詫びを入れる。だが、美雨も月音も亮司のせいだなんて思っていない。
「渡良瀬は悪くない。どのみち私達は狙われる運命にあったわ。あの人の執念を侮っていた」
美雨は冷や汗を垂らす。静歌の生への執着は並々ならぬものがある。そして、それは志乃との再会のためなのだ。
「…迂闊だったのは私だ。静歌様に一瞬心を許してしまった」
月音は視線を下げて表情を曇らせる。静歌が回復したのは自分のせいだ。
「…そう思うってことはよ、もうあいつを仲間だとは思ってないんだろ?」
「それは……」
亮司の問いかけに、月音は言葉を詰まらせる。自分は静歌をどう思っているのか。静歌を慕っている時の自分だったら、自分の魔力で静歌が回復することはむしろ嬉しく思っていたはずだ。―――今は、嬉しく思えない。
「…静歌様をどう思っているか、まだ答えを見いだせない。…でも、静歌様のせいで二人が傷つくのは嫌」
今はそれしか答えられないが、その思いだけは揺るぎなかった。




