第70話 魔女の歓談 その1
昼下がりの通りを瑞葉と月音が歩いていた。瑞葉は月音が髪を結ぶのに使っている淡いピンクのリボンを見る。
「それ結構似合ってるわよ。…にしても、月音がおしゃれに興味持つなんて意外ね~」
瑞葉の言葉に月音は恥ずかしそうに頬を赤らめる。瑞葉の言うように、月音はこれまでおしゃれに無頓着なところがあり、髪を結ぶのも飾り気のないヘアゴムを使っていた。
しかし、今日は瑞葉がショッピングをすると言うので、自分もせっかくだからと付き合うことにしたのだが、いろんな小物を見ているうちに気になってしまい、勇気を出して買ってみたのだ。買ったら買ったで、瑞葉に付けるようにせがまれ、早速付けているという次第である。
二人が歩いていると、前方にテラス付きのカフェが目に入った。途端、瑞葉は眉間にしわを寄せて、嫌なものを見てしまった顔になる。
「げっ…!あいつがいる…!」
あいつというのは、丸いテーブルの席に一人で座ってコーヒーを飲んでいる亮司のことだ。なんでこうもばったり会ってしまうのか…。瑞葉は自分の運の無さを恨む。
「月音……って、あれ?」
瑞葉が顔を横に向けると、隣にいたはずの月音の姿がなくなっていた。瑞葉は慌てて辺りをキョロキョロと見回す……と、後方の電柱に身を隠していた。
「な、何してんの…?」
瑞葉は冷や汗を垂らし、ジト目で月音を見る。対して、月音は恥ずかしそうに顔を半分隠したままじっとしている。
「先に行ってて…」
「あのねー」
モジモジしている月音に対し、瑞葉は呆れた顔で彼女に近付いていき、手を引っ張って無理矢理引きずり出す。
「あっ…!」
月音は何とか留まろうとするが、それもむなしく、瑞葉にぐいぐい前へ引っ張られていく。
「月音らしくない!あのバカ男がいるだけじゃない!」
瑞葉はお構いなくテラスを横切っていく。月音もテラスから顔を背けて引っ張られていたが、ふと、視線をチラッとテラスに向けてしまう。
「…ん?」
外が慌ただしいので、亮司の方も視線を通りに向けてきた――瞬間、月音は目を合わせてしまう。
「…!」
月音の顔が沸騰したように赤くなってしまった。瑞葉はそれに気づくことなく引っ張り続けていたが――
「瑞葉……、走ろう」
「…はっ?」
突然何を言うんだと、瑞葉は目を点にするが――次の瞬間、瑞葉の腕が逆に物凄い勢いで引っ張られたのだ。それはもう、瑞葉の体が浮いてしまうくらい。
「ぎゃあああぁぁ!!」
瑞葉が絶叫するが、月音は一目散に逃亡していった。
「なんだ?あいつら」
亮司はその様子をコーヒーを飲みながら眺めていた。
逃走した二人は公園の中で、手を膝について荒い息を整えていた。
「はぁ…はぁ…」
「つ、月音…どうしたの一体…はぁ…はぁ」
瑞葉は息を整えつつ、困り顔で尋ねる。月音らしくないにもほどがある。
「なんでも…ない…はぁ…はぁ…」
「なんでもなかったら…はぁ…あんな…走らないでしょ…はぁ…まさか」
瑞葉は顔を上げて月音をじっと見る。
「バカ男に見られたくなかったとかじゃ…ないでしょ?」
まさかそんなはずないと、瑞葉は軽い気持ちで訊いたが、月音はまたもや顔を赤らめてモジモジしてしまう。その態度に、瑞葉はハッとした表情になり、冷や汗を垂らす。
『えっ…!?えっ…!?どういうこと…!?何があったの月音!?』
困惑し、頭の中で思考を巡らせる瑞葉。今までの態度からは想像もできない。クールだった面影は跡形もなくなってしまっている。
「ちょっと月音ったら冗談やめなさいよ~。アハハハ…!」
瑞葉は困り顔で笑ってみせるが、月音は未だに顔を赤らめ、視線が泳いだままだ。瑞葉は笑うのをピタッとやめ、唖然とした顔になる。
『冗談じゃ……ない!?』
「あっ!瑞葉ちゃんに月音ちゃんだ!」
その時、瑞葉の耳に志乃の声が聞こえた。振り向いてみると、志乃と美雨、そして見知らぬ少女の姿があった。見知らぬ少女というのは小蜜のことだ。
「志乃に美雨!それに……」
瑞葉は小蜜を見て言葉を詰まらせる。小蜜はニコッと笑みを浮かべて名前を告げた。
「初めまして。佐倉小蜜って言います」
「私は久地瑞葉。こっちが緋崎月音よ」
瑞葉は月音を指差して、彼女の分まで紹介した。すると、志乃が月音のリボンに気付いた。
「月音ちゃん、そのリボンすごく似合ってる!かわいいー!」
「…!」
月音は一旦落ち着きに向かっていたが、またもや恥ずかしさを露にしてしまう。瑞葉は慌てて志乃に制止をかける。
「志乃…!これ以上煽らないで!」
「煽る…?」
志乃は不思議そうに首を傾げる。煽るとはどういうことだろうか。
「それより、3人で何してたの?」
瑞葉は何とか話題を変えようと志乃達に話を振る。
「小蜜の魔女特訓!小蜜はね、昨日魔女になったばかりなんだ!」
志乃が説明する。小蜜は自分の話になると少し恥ずかしそうになった。
「へぇー。まだ二日しか経ってないのね…」
瑞葉は物珍しそうに小蜜を見る。成りたての魔女を見るのは初めてなのだ。
「でも小蜜はすごいよ!もう魔力コントロールできるようになったんだよ!」
どうやら小蜜はだいぶ上達したようで、もう魔力が外に漏れる心配もない。志乃は自慢の教え子の様に小蜜を褒め称える。
「志乃ちゃんや黒薙さんの教え方がうまいからだよ」
「それほどでもあるよ~」
褒められる小蜜は照れ笑いを浮かべつつ、志乃と美雨を褒め返す。志乃は嬉しそうに手を頭の後ろに当てた。
すると、瑞葉が小蜜に近付き、ヒソヒソと耳打ちした。
「だめよ褒めちゃ。志乃はすぐに調子乗るから」
「あはは…」
小蜜は苦笑いする。一方、志乃は嬉しくて仕方ないのか、まだ照れ笑いし続けていた。




