第69話 明かされる過去 その2
亮司はダイニングでキッチン周りを掃除していた。そこに、志乃がやって来た。
「渡良瀬、私のとこ終わったから手伝うよ」
志乃が声をかけると、亮司は振り向いて意外そうな顔をする。
「珍しいな。終わったらてっきりソファで寝ると思ったが」
「そんなことできるわけないでしょ。どこやろうか?」
「じゃあ、食器棚拭いてくれ」
「うん、わかった」
亮司から指示されて志乃は相槌を打つと、近くに置いてあったバケツでぞうきんを絞り、イスを食器棚に隣接させてその上に乗り、食器棚の上部をぞうきん掛けする。
「渡良瀬、いつも悪口ばっか言っててごめん」
志乃は手を止めると、視線を下に向けてボソッと呟いた。その声を聞いて、亮司も手を止めて振り向き、じっと志乃の顔を見る。
「…どうした。鬼怒さんに変なこと吹き込まれてねぇだろうな?」
日頃のことを謝るなんて考えもしなかった。しかもこのタイミングで。風邪でも引いたのかと思ってしまいそうだ。もしくは冗談半分で言ったのだろうか。しかし、志乃は冗談を言った感じではなく、表情は至って真面目だ。
「ううん。…その、渡良瀬も優しいとこあるんだなーって思って。掃除も渡良瀬が率先してやろうとしたし」
ぎこちないが、志乃は自分が思っていることを伝える。
「あぁ…。鬼怒さんには世話になってる。言っただろ?これくらいしか礼できないって」
「そんなことないよ!鬼怒さん言ってたよ!渡良瀬が来てくれるだけで本当に嬉しいって!息子同然だって!」
志乃は勢いよく顔を亮司の方に向け、強い語調で訴えるように話す。瞬間、亮司は目を見開いた。
ガタッ
その時、志乃の重心が前に寄りすぎて、バランスを崩して倒れかかってしまう。
「わわっ!?」
志乃の体が傾いていく。床が目前に迫った時、亮司が両手で受け止めた。志乃は恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「あ、ありがと…」
「おいおい…。ドジにもほどがあるぜ」
「はは…ごめんごめん。私ったら何してんだか」
冷や汗を垂らす亮司に対し、志乃は亮司から離れると、片手を頭の後ろに当てて困り顔で詫びる。
――その様子を、美雨と小蜜が壁越しにそっと覗きこんで見ていた。二人は顔を引っ込めて姿を隠すと、ヒソヒソと話し出した。
「良い雰囲気だねー」
「邪魔しちゃ悪いから他のところ掃除しましょう」
二人は良い雰囲気を壊してはいけないと思い、コソコソとダイニングから離れていった。
亮司は一転して真面目な表情になって尋ねる。
「…鬼怒さんから話聴いたのか」
話というのは勇真のことだろう。知られたくないことを知られてしまったような感じだ。志乃はコクリと頷く。
「うん。勇真くんのことも、渡良瀬がどうしたかってことも」
亮司は体を背け、キッチンの掃除を再開した。
「そんなこと知ったって気分が暗くなるだけだぜ。何も得しねぇ」
「そんなことない!私感激したよ!渡良瀬はすっごく友達思いなんだなって!」
志乃はそう告げて満面の笑みを見せる。――やっぱり調子が狂う。この分からず屋はどこまでも明るい。…いや、分からず屋なのは自分の方なのか。過去を封印して、勝手に殻に閉じこもっているだけではないのか――。亮司は手を動かしつつも、心の中で思い悩む。
「だから私も、渡良瀬がつらくなったときは助けるよ。全力で助ける!」
志乃は手を握りしめてギュッと力を入れる。亮司は頬を緩め、顔を振り向かせた。
「期待しとくぜ。そん時は、さっきみたいなドジはやめてくれよ」
そう言って、いじわるそうににやけて見せた。
「あっ!バカにしてるでしょー」
どこまでもいじわるな亮司に、志乃は困り顔を浮かべるが、亮司らしさが心に安堵を与えて、自然と口元が緩んだ。
掃除が終わったころには、日もすっかり傾いていた。亮司たち4人は家の外に出て、鬼怒と別れの挨拶をしていた。
「今日は助かったよ。さすが女の子たちは丁寧だね!綺麗になったよ!」
「いえいえ」
「喜んでもらえて何よりです」
美雨と小蜜は笑顔を向ける。すると、志乃が一歩前に出た。
「鬼怒さん。今日はありがとうございました。また遊びに来ていいですか?」
「あぁ!もちろん」
鬼怒は笑顔を向けて聞き入れた。
――亮司たちが帰っていくのを見届けた後、鬼怒は家の中に戻り、そのまま階段を上がって2階の部屋に向かう。
ドアを開けて部屋の明かりを点け、きれいになった勇真の部屋を眺める。
「良かったな勇真。亮司に素晴らしい仲間ができたよ」




