第68話 明かされる過去 その1
志乃は表情を曇らせる。鬼怒は思い出したくなかったのに、自分の軽はずみな発言で嫌な思いをさせてしまった。
「ごめんなさい…」
志乃は申し訳なさそうに詫びる。そんな彼女に鬼怒は困り笑いを浮かべた。
「君は何も悪くないよ。謝ることないさ」
そう言って、ドア横にある電気のスイッチをオンにする。部屋の明かりがついて明瞭に見えるようになった。
「ホコリ…だいぶ溜まっちゃったなぁ。ここも掃除するか。ワイパー貸して」
「あっ!私がやりますよ!」
鬼怒は志乃からフロアワイパーを受け取ろうとするが、自分がやるべきだと思い、志乃が慌てて掃除を始める。
「ごめんね。汚い部屋で」
「いえ!そんなことないですよ!モノとかちゃんとしまってあるし、本もきちんと棚に入れてあるし、綺麗なお部屋ですよ」
志乃はそう答えながら、一生懸命床を掃除していく。優しくて良い子だなと、鬼怒は頬を緩めて志乃を見る。
「息子は、勇真という名前なんだけど、亮司の親友だったんだ」
ピタリ…と志乃の足が止まった。しかし、すぐに再び足を動かして掃除を続ける。鬼怒は昔を懐かしむように話を続けた。
「亮司はあまり自分のことを話そうとしないから、友人の君にも話さなかったのかもしれない」
「知りたいです。渡良瀬の過去の事」
志乃は凛とした目でじっと鬼怒を見つめた。強い志のある目だ。
「私はあいつを大事な仲間だと思っています。仲間なのに、あいつの過去を全然知らないんです。全部自分で背負い込もうとするんです。私はそれが嫌なんです!だから、教えてください!」
「…わかったよ。話そう」
もし黙っていたとしても、彼女なら食いついてくるだろう…と鬼怒は思った。秘密にしていたって誰も得しない。こんなに心強い仲間がいるのなら、痛みだって共有できるはずだ。
「僕は以前、魔女狩りに所属していたことがあるんだ。能力者じゃないんだけど、研究者という位置付けでね」
今では魔女を助けてくれているこの人も、かつては魔女と敵対する関係だったのだ。志乃は驚きを見せるが、静かに話の続きに耳を傾ける。
「息子も研究者志望で、子供ながら魔女狩りに入ることになった。12歳の時だった。でも、まさか同い年の子がいると知って、僕はその時驚いたよ。その子が…亮司だ」
12歳…。小学6年生だ。亮司はそんな小さい時から魔女狩りに入っていたのか…と、志乃は思った。
「亮司は息子と違って、能力者として魔女を倒す立場で働いていた。まだ子供なのに、子供離れした冷静な子で、組織内でも評判だった。ある日、亮司が僕の手伝いをすることになって、そこで勇真と顔を合わせたんだ。二人はすぐに意気投合しちゃって、毎日遅くまで楽しそうに喋っていたよ。そんな平和な日々がおよそ2年続いた。…ただ、その2年の間に、勇真は組織に対して不満を抱いてしまった」
「不満…」
志乃はボソッと呟く。鬼怒はコクリと頷いて話を続けた。
「あぁ。勇真は魔女狩りに入ってはいたが、魔女を憎んでいなかったんだ。魔女にもいい人間はいる――そういう立場だった。だから、魔女を一方的に悪者扱いして排除しようとする組織の考え方に不満を持ったんだ。そうじゃないってね。勇真は一度決めたらやめないタイプで、僕や亮司の制止を振り切ってボスに直談判しようとしたんだ。…それは、組織のタブーを冒すことだった」
だんだんと核心に迫っていく中で、志乃の心が緊迫していく。
「ある時から勇真は行方不明になった。心の弱かった僕は何もできなかった。ただ、勇真の帰りを待つしかできなかった。……何日か経った時、誰かが僕の研究室に駆け込んできた。僕は勇真が帰ってきたと思って、嬉しくて思わず名前を叫んだ。――けど、そこにいたのは、頭を床にこすり付けて土下座している亮司だったんだ。あの時のことはまだ鮮明に覚えてるよ。…すごくショックだったんだ。14歳の子供が、息子と同い年の子が、涙を流して必死に謝ってきたんだよ。自分が勇真を殺したって」
「…!」
志乃は目を見開く。いつの間にか汗を滲ませていた。
「それが違うことを僕はわかっていた。亮司は勇真を殺してなんかいない。殺したのはボスか幹部だ。…でも、亮司は引き止められなかった自分に大きな負い目を感じていたんだ。彼は勇真と出会うまでずっと孤独だった。だから、勇真は彼にとってかけがえのない存在だった。…でもね、それでも僕は彼を立派だと思ったよ。責められるべきなのは僕の方なのに。だから僕は逆に彼を叱った。馬鹿野郎!君は何も悪くない!悪いのは親のくせに君が来るまで何もできなかった僕の方だ!…とね」
志乃の目頭が熱くなる。フロアワイパーを持った手が震えだす。
「そして、僕は亮司に約束した。君の手助けをしよう…と。でも、そこでも亮司は冷静だった。僕の命も狙われるはずだと。僕は研究者だったから、危険視されやすい面もあったんだ。だから今すぐ魔女狩りから離れるべきだと。ただ、普通に脱退なんてできないから、自殺したことにして、あとで報告するって言ってくれたんだ。14歳がそんなこと言ってきたんだ。僕はもう…感謝と尊敬でいっぱいだったよ。…そんなことがあって、僕は今ここに身を置いているんだ。組織を抜けた後に家を変えてるんだけど、勇真の部屋はそのまま移し替えたんだ」
「…そんなことが」
志乃は潤んだ目を手でこする。自分の知らなかった亮司の過去…。彼はいつも無愛想で口が悪いけども、暗い過去を乗り越えてきた立派な心の持ち主なのだと、心から思ったのだった。




