第67話 もう一人の味方
小蜜の額に柄の付いたピンク色の吸盤が貼りつけられる。亮司が言うには、魔力が外に漏れるのを防ぐ薬のようだが…。
「効果は二日間だ。明後日までに二人から自力で漏れないようにする術を教えてもらえ」
これはあくまで応急処置なので、この街に住み続けるには自分で魔力をコントロールできなくてはならない。この日初めて魔力を得た小蜜にとって、それは難しい話だが、志乃も美雨も応援してくれている。頑張らなくてはという意気込みが湧きあがってきた。
「頑張ります!」
「その意気だよ小蜜!」
力強い返事をする小蜜に、志乃も拳をギュッと握りしめて応援する。
「もう取っていいぞ」
「はい」
亮司に指示され、小蜜は吸盤を額から外し、亮司に手渡す。その様子を見て、志乃は羨ましそうにハァーとため息をつく。
「いいな~小蜜は。私なんか、渡良瀬に拳銃向けられて脅されたんだから」
「えっ!?そうなの!?」
拳銃を向けられたと聞いて驚く小蜜。自分とえらい違いだ。
「そうだよー。それで、撃たれた!って思ったら、その吸盤が引っ付いてたんだ」
「へぇー…」
過去を思い返すように話す志乃。そんな怖い思いをしていたのかと、小蜜は意外そうに聴いていた。
「あの時はまだ如月も素直な奴だったな。今じゃだいぶひねくれたやつになったが」
亮司も過去を思い返すが、その狙いはあくまで志乃をからかうことだ。当然、志乃は良い気分ではなく、亮司に顔を近づけて睨みを利かせる。
「渡良瀬はあの時からちっとも変わらないよね~。渡良瀬がひねくれてるから、それに合わせなきゃいけないもんね~。あーぁ、かわいそーな私」
志乃も負けじと対抗する。そしてお互いに火花を散らす始末。端から見ていた美雨はいつものことだと苦笑い。一方、小蜜は二人のやり取りを見て、美雨に耳打ちする。
「あの二人気が合ってるねー」
「喧嘩するほど仲がいいって言うし」
美雨もヒソヒソとそう言う――と、
「なんか言ったか!?」
「なんか言った!?」
亮司と志乃が同時に振り向いて声を荒げた。それを見て、美雨と小蜜は口元を手で隠してにやけた。
ほとぼりも冷めたところで、亮司はポケットを漁り、ピンクの吸盤のストックが切れていることに気付く。
「あ…もう吸盤がねぇな」
亮司がボソッと言うと、志乃がふと思い出したように尋ねた。
「…そう言えば、ずっと不思議に思ってたんだけど、その吸盤って誰が作ってるの?」
「…そういや、おまえらにはまだ言ってなかったな。俺にはもう一人、味方がいる。これはその人が作ってる」
意外な事実に、志乃も美雨も驚きを見せる。亮司はずっと一人だと思っていたが、そうではなかったようだ。志乃は自分の知らない亮司の側面を見られると思い、その味方に興味を示した。
「私、その人に会ってみたい!」
―――ということで、亮司は3人を連れて"その人"の住む家に向かうことにした。幸いにも今いた場所から比較的近いので、歩いて30分ほどで辿り着いた。
そこはやや大きめの一軒家が建っており、表札には"鬼怒"と刻まれていた。亮司はインターホンを押さずに門扉を開けて中に入り、財布から一枚のカードを取り出すと、それを玄関のドア横にある差込口に通した。
ガチャ…
すると、ドアの鍵が自動で解除され、亮司はドアを開けて3人の方へ振り向いた。
「入るぞ」
珍しい入り方に3人はキョトンとしていたが、亮司の言葉に反応して慌てて後に続いた。
中に入ると、奥から一人の男性が姿を現した。40代後半くらいで快活そうな見た目だが、研究者の様に白衣を身に纏っていた。
「おやおや珍しいね。今日は可愛いお嬢さんたち連れてきて。嫁取りでもするのかい?」
その男性はニコニコしながら亮司に尋ねた。瞬間、後ろの女性陣は一斉に顔を赤らめる。亮司は半目になって男性に顔を近づけた。
「鬼怒さん。面倒な冗談はやめてくれ」
「おー悪い悪い。もちろん冗談だよ」
そう詫びつつも、顔はニコニコしたままだ。出会っていきなり冗談を言う男性に、女性陣は苦笑いした。
鬼怒という男性は4人を玄関から上げさせ、リビングに案内した。
「さぁさ、ソファに座ってくつろいでてくれよ」
「鬼怒さん。アレが切れちまったんだ」
「あぁ、アレね。今持ってくるよ」
亮司に頼まれ、鬼怒はあるものを取りに行った。4人は長いソファに座って疲れた体を癒す。
「うわぁ~ふかふかだ~」
フカフカな座り心地に志乃は幸せそうにもたれる。このまま眠ってしまいたいくらいだ。
少しして、鬼怒がピンクの吸盤をいくつか持って部屋に戻ってきた。
「はい」
「ありがとう鬼怒さん」
そして、それを亮司に渡す。亮司は礼を言って、吸盤を懐にしまう。
「それ、鬼怒さんが作ってたんですね」
どうやら、吸盤を作っていたのはこの鬼怒という男性のようだ。志乃が話すと、鬼怒は振り返って笑みを浮かべる。
「そうだよ」
すると、志乃は立ち上がり、鬼怒に向かって頭を下げたのだ。突然の行動に鬼怒はキョトンとした表情になる。
「ありがとうございます。私達、その吸盤のおかげで助かりました」
美雨と小蜜も立ち上がって頭を下げる。少女3人に頭を下げられ、鬼怒はハッとして3人を見た。
「そんな畏まらないで。君達…魔女だったのか」
「はい」
志乃は頭を上げて笑顔を向ける。何とも温かみのある笑顔だった。鬼怒もつられるように頬を緩めた。
「そうか…。僕の作った薬が役立って何よりだよ。でも」
鬼怒は亮司の肩をポンとたたく。
「直接助けたのは亮司だ。僕はそのツールを提供したに過ぎない」
「おいおい鬼怒さん。俺を引き合いに出さないでくれよ。あの如月ってやつは俺に感謝なんかしないからな」
「あー!またそういうこと言うー!」
ひねくれ者の亮司は素直に感謝されようとはしない。いつものように志乃を挑発するような一言を言う。そして、お決まりのように志乃が不服そうにムスッとした顔になる。
「ははは!亮司は素直じゃないなぁー」
二人のやり取りを見て、鬼怒は面白そうに笑うのだった。
ふと、亮司は部屋の周りを見回し、鬼怒に訊いた。
「鬼怒さん。またしばらく掃除してないだろ」
「あ!バレちゃったか。ついつい怠け癖でね」
どうやら図星だったようで、鬼怒は手を頭の後ろに当てて恥ずかしそうに答える。
「俺どうせ暇だからやっとくぜ」
「頼んじゃっていいかい?」
「任せてくれ。これくらいしか礼できないからな」
亮司は掃除を引き受け、早速始めようとする。彼の意外な行動を志乃はボーっと見ていた。
「私達も手伝います」
「人手は多い方がいいですよ!」
「あっ!私も!」
美雨と小蜜は掃除の手伝いを名乗り上げる。志乃も慌てて手を上げてそれに続いた。
4人は分担して掃除をすることになった。志乃はフロアワイパーを持って2階に上がり、奥の部屋へ向かう。
ガタン
その途中、ある部屋から物音が聞こえ、志乃は足を止めてドアを見た。なんだろうと思い、そのドアを開けて部屋の中を覗きこんだ。
その部屋は以前誰かが使っていたようで、勉強机や本棚、ベッドなどが置かれていた。見た感じ、男の子が使っていたように思える。ホコリが溜まっているので、使われなくなってから結構経っているようだ。志乃は吸い込まれるように中へ一歩踏み出した―――その時
「見たな…」
「…!?」
突如、背後から声をかけられ、志乃はビクッとして条件反射的に体を反転させて身構えた。
「冗談だよ冗談!」
そこにいたのは鬼怒だった。彼の悪ふざけだったようだ。志乃はホッとして身構えるのを止める。
「もーやめてくださいよ。びっくりしました」
「ごめんごめん!」
二度目の冗談に志乃は困り顔を向ける。鬼怒は申し訳なさそうに片手を顔の前に掲げて詫びを入れた。
志乃は再び部屋の方へ視線を向けて、鬼怒に尋ねてみた。
「この部屋、今は使われてないみたいですけど、前に男の子が使ってたんですか?」
「あぁ…、この部屋はね、息子の部屋なんだ」
「やっぱり!」
予想が的中し、志乃は嬉しそうに鬼怒の方へ顔を向ける――と、鬼怒はどこか寂しそうな目で部屋を見つめていた。…そして、ゆっくりと口を開いた。
「息子は…もう、いないけどね」
これまでと一転して、弱々しい声でそう告げたのだった。




