第65話 手強い執念
少しの油断により、三度釜無の能力で眠ってしまった小蜜。それと入れ替わりに釜無が体を起こした。
「おしいなぁ。スマホを取り返すという欲がなければ逃げられたかもしれないのに。しかし、この女の魔術は危険だなー。やっぱり始末した方がいいね。…と、その前に」
途端、釜無はにやけて視線を小蜜の胸に移す。そして、唾をゴクリと飲み込み、震える右手を胸に近付けていく。
『こうなりゃ寝ていようが関係ないね!初めて女の子の胸を触れるぞ…』
「待ちなさい!」
その時、釜無の耳に制止をかける声が聞こえた。ビクッとして顔を向けると、志乃と美雨が仁王立ちして睨んでいた。
「今すぐ小蜜から離れて。さもないと攻撃するから」
志乃は威圧的な目を向けて忠告し、右手に光弾を生成する。しかし、釜無の欲はそんな忠告でへこたれるものではない。彼は構わず右手を小蜜の胸に近付けた。
「…ん?」
釜無は何か気配を感じ、顔を上に向けた―――と、黒い蝶がヒラヒラと舞っていて、その蝶から鱗粉が落ちてきていた。釜無はその鱗粉を吸ってしまう。
「…あれ?手が勝手に…」
途端、右手の自由が利かなくなってしまった。手は小蜜の胸から離れ、グーの形になって自分の顔を殴りつけた。
「ぐへっ!」
釜無は鼻血を出して吹っ飛んだ。美雨の蝶の鱗粉を吸ったことで、美雨に体の動きをコントロールされたのだ。
「小蜜!!」
釜無が小蜜から離れると、志乃は一目散に小蜜のもとへ駆け込んだ。小蜜はこんな状況でもスヤスヤと眠っている。これもこの男の能力なのか。志乃は振り返って、釜無をキッと強く睨み付ける。
「あんた、小蜜に変なことしてないよね…」
「してないよ!もう少しでその子の胸を触れたのに…!くそぅ!」
釜無は心底悔しそうに小蜜を見る。しかし、釜無の欲の矛先は志乃と美雨にも向けられた。
「こーなったらさぁ…、君達2人の胸も触ってやるよ…。僕の執念見せてやる」
釜無は立ち上がって、にやけながら志乃と美雨を見る。二人とも、釜無の気持ち悪さに呆れ返った。
「気持ち悪いやつ…。すぐに倒してあげる」
志乃はそう告げて、釜無に向けて掌をかざした。その時、小蜜が寝返りを打って志乃の体に触れた。―――途端、志乃に急な眠気が襲ってきて、攻撃することもなく眠り込んでしまった。
「志乃!?」
突然のことに美雨は動揺する。志乃が眠ってしまったのは釜無の能力だろう。相手を眠らせることができるようだ。離れている相手にも能力を使えるのか…。それだと、自分もいつ眠らされるかわからない。全員が眠ってしまったらアウトだ。自分だけは何としても眠らされるわけにはいかない。
美雨は身構える。しかし、釜無は美雨を眠らせようとしてこない。能力を発動するには何らかの条件があるのだろうか。――美雨が思考を巡らせていると、釜無が志乃と小蜜のもとへ近づいて行った。
「おっ!もう一人の胸も同じくらいか。いや、ちょっと大きいか?」
釜無は志乃の胸の膨らみを見て、欲を掻きたてる。このままでは志乃と小蜜が危ない。美雨は大量の蝶を生み出すと、手の先に集めていき、漆黒の色を持つ剣を創り出した。美雨はその剣を手に取って大きく振りかざすと、縦に勢いよく一閃した。すると、釜無目掛けて斬撃波が飛び出した。
「…!!」
ハッとしたときにはもう目の前に迫っていた。釜無は避けることもできずに斬撃波を真正面から喰らって吹っ飛んだ。そして、そのまま地面に倒れ込んで動かなくなった。
「志乃!小蜜ちゃん!」
美雨はすぐさま二人のもとへ駆け込む。これで釜無の能力は解除され、二人は目を覚ますだろう……と、思っていたが、起きる様子がない。美雨は志乃の体をゆすろうと、手を志乃の肩に当てた――途端
「…!」
美雨にも強烈な眠気が襲い掛かる。そして、抗いもむなしく体を崩してしまう。おぼろげになっていく意識の中で、美雨は釜無の能力を理解した。やつは対象者に触れることで眠らせることができる。そして、眠った相手に別の人間が触れることで、伝染するように能力が発動するのだ。…迂闊だった。
ノソッと釜無が起き上がると、眠りについた3人の姿があった。やられたフリをして、美雨が志乃か小蜜に触れるのを待っていたのだ。釜無は起き上がってガッツポーズをする。
「僕の執念を見たか!どんな強い魔術よりも僕の執念の方が上だってことだよ!」
釜無は欲が満たされる嬉しさを抱きながら、3人のところへ向かおうとした――が、足が何故か動かない。
「…あれ?うご…かない」
「ほーほー。その執念とやらで前に進んでみろよ」
釜無はハッとして顔を後ろに向けると、亮司が腕をポキポキ鳴らしながら立っていた。
「なんだお前!?」
「俺のことは良いから、歩いてみろよこの欲求不満野郎」
亮司は挑発した物言いで釜無に告げる。
「なんだよー!もう少しだっていうのに!」
釜無は必死に腕を伸ばしながら足を動かそうとするが、地面にくっ付いているかのように動かない。
「まさか…!おまえも能力…ブッ!!」
瞬間、亮司が釜無の顔面を勢いよく殴り飛ばした。同時に釜無の足が地面から離れ、吹っ飛んで地面に倒れ込んだ。…しかし、釜無は苦しい表情を浮かべるどころか、嬉しそうに高笑いし出した。
「ハハハ!!僕に触ったな!!これでお前も眠っちゃうぜ!勝った!!僕の執念が勝ったんだ!!」
釜無は勝利の確信から喜びの声を上げ、亮司が眠るのを今か今かと眺める。
……しかし、様子がおかしい。少しも眠くなさそうだ。
「……あれ?なんで?」
いつまで経っても眠そうにならない亮司を見て、釜無はだんだんと焦りの色を浮かべていく。そんな釜無に、亮司が平気な顔をして再び近づく。
「どうした?なんか不思議な事でもあったか?」
「なんで眠くならないんだよ!!僕に触れた奴は問答無用で眠ってしまう。さらにその眠ったやつに別の人間が触れれば、そいつも眠ってしまう。それが僕の能力!でもなんでお前は効かないんだよ!?」
能力が効かないことが気に食わず、ご丁寧に自分の能力を説明した釜無。しかし、亮司は彼の能力を既に理解していた。
「眠気を固定したんだよ。これ以上眠くならないようにな」
亮司はあらゆるものを固定できる。釜無に触れた時、脳に襲い掛かる眠気を最初の段階で固定し、それ以上眠くならないようにしたのだ。しかし、今の状況では他のものを固定することができない。
「僕の能力が効かないからなんだ!僕の執念は最強だ!!絶対にあの3人の胸を触ってみせるぞ!!」
自分の執念の強さを誇示し、勢いよく立ち上がる釜無。恐ろしい執念というか、諦めの悪さは天下一品のようだ。釜無は亮司にタックルをかまし、亮司がひるんだ隙に全力で志乃達のもとへ向かった。
「待てやこら」
しかし、亮司に後ろから髪を掴まれた。釜無は体中の力を振り絞って前へ進もうとする。
「執念の強さは認めるが、中身が下らなくて反吐が出る」
直後、鋭い音と共に、釜無は力無く宙を舞った。
「ん…?あれ…?」
志乃がまぶたを開けて起き上がる。…と、視界に呑気に缶コーヒーを飲んでいる亮司の姿が映った。
「何呑気にコーヒー飲んでんの?私達が危ない目に遭おうとしてたのに」
志乃はジト目を向ける。が、亮司は構わずコーヒーを飲み続けている。すると、遅れて美雨と小蜜も目を覚ました。
「…助かったのね」
「あれ…?えっ!?なんで志乃ちゃんと黒薙さんがいるの!?」
小蜜は一人、思いもよらぬ状況に驚いている。釜無が倒されたことで、眠る前の記憶も残っていたが、それにしたって、友人の二人がいるのは意外過ぎる展開だった。
「かわいい小蜜を助けるために駆けつけたのだよ」
「かっこいい…!」
背筋をピンと伸ばし、貫録のある口調で話す志乃。とてもわざとらしいが、小蜜は両手を組んで、キラキラと尊敬のまなざしを向ける。傍らで美雨は苦笑いしていた。




