第64話 自覚のない魔女 その3
志乃と美雨は小蜜の家に着き、小蜜がいるかどうか尋ねたが、母親にまだ帰ってきていないと言われた。どこかで寄り道しているのであれば良いが、メールもまだ返事が来ないところを考えると、もう既に魔女狩りと遭遇している可能性もある。
まずは小蜜の場所を特定するため、美雨が大量の蝶を放ち捜索に当たる。
「小蜜…無事ならいいけど…」
飛び立っていく蝶を見て、志乃が心配そうにつぶやいた。
小蜜の記憶は断片的だ。一体どの場面で誘拐されたのかわからない。まるで、夜布団に入って目を瞑ったら、いつの間にか朝を迎えているというように、この部屋までの記憶が存在しないのだ。
「僕はねー、魔女を駆除するとは言ったけど、かわいい女の子が大好きなんだ。特に君みたいな小柄な子はドンピシャだね」
「…!」
釜無がにやけながら小蜜の顔をじっと見つめる。小蜜は怖くなって立ち上がり、後ろに引き下がった。
「そんな怖がるなよ。ほら、君のスマホだ」
距離を置いた小蜜に対し、釜無は飴をあげるように彼女のスマホを見せびらかした。
「そこから投げてください」
「そんなことできるわけないだろう?落としたら大変だ。手渡しするよ。…ただ、そのついでに君の胸を触らせてくれよ」
「なっ…!」
小蜜はビクッとし、部屋の端まで引き下がる。スマホよりも目の前の変質者から自分の身を護らなければならない。何とか釜無に近付かずに、この部屋を脱出できないだろうか。窓は高くて、登っている間に捕まる可能性が高い。扉に向かって全力で走って逃げるのが最善だが、扉に鍵がかかっていたらこれもアウトだ。
「僕の能力を使えば簡単にできるんだけど、それだとつまらない。眠っている女の子の裸を見ても、ちっとも興奮しない。ほら、君が落としたスマホをわざわざここまで持ってきたんだ。胸くらい触らせてくれよ」
釜無がそう言って一歩二歩と近づくと、小蜜は素早く横に移動して距離を置いた。
「嫌です!スマホなんかいらないからやめてください!」
けん制をかけるように拒む。スマホを捨ててでも体を触られたくない小蜜に、釜無は残念そうに眉を八の字にさせる。
「え~~?いらないの?なんでよー。中身見られてもいいの~?」
「ロックかけてあるから大丈夫です」
スマホを操作するには、最初にパスコードを入力しなければならないため、そのパスコードを知られない限り、中身を見られる心配は無い。スマホは後でショップに行けば何とでもなるし問題ない…と、小蜜は思っていた。――しかし、釜無は余裕そうに笑みを浮かべて見せる。
「実は僕、パスコード知ってるんだ。隣で見てたから」
釜無はそう告げて、迷うことなくパスコードを入力し、ロックを解除してメニュー画面を小蜜に見せたのだ。それを見て、小蜜は驚愕する。
「なっ!なんでわかるんですか!?隣で見てた!?どういうことですか!?」
「君はわからないけど僕はわかる。…これが僕の能力さ」
「能力!?おかしなことばかり言わないでください!」
魔女の次は能力者…。その存在を知らない者にとっては、ばかげた話をしているようにしか思えない。
「おかしくないよ。だって現に僕がこうやって証明しているじゃないか」
確かに、釜無がパスコードを知っているのは普通に考えればありえないことだ。それでも、"普通の範囲"でしか判断できない小蜜にとっては、自分が魔女であること、そして釜無が能力者であることを簡単には受け入れられない。
小蜜が動揺している間にも、釜無はスマホを操作してメールをチェックし出した。
「メールの文章もかわいいな~」
「ちょっと!!見ないで!!」
スマホの中身にはプライベートがたくさんある。それをこんな変質者に見られるのは耐えられない。
カシャ!
小蜜が釜無を睨んでいると、シャッター音が聞こえた。釜無がスマホで小蜜を撮ったようだ。
「怒る顔もかわいいな~」
釜無は撮った写真を見て、満足そうにつぶやく。数々の侮辱的行為をされて、小蜜の脳裏に、この変質者を懲らしめたいという思いが込み上げてきた。
「…ん?」
釜無はふと自分の足元に目をやった。すると、塵やホコリが小さなつむじ風にさらわれるように渦を描いているのだ。こんな屋内で不自然に渦巻く現象―――これはもしかして
『無自覚のうちに魔術を発動したのか』
釜無は、これが小蜜の魔術なのではないかと考えた。怒りという感情から、本能的に魔術を発動したのだ。そして、彼女はこれが自分の魔術だということに気付いていない。釜無は、もっと怒らせればさらに変化を見れるのではないかと考えた。
「君の友人にメール送っちゃっていいかな。文面は"きもい。バカ。死ね"で」
「いい加減にして」
小蜜は顔に影を落とし、怒りで肩を震わせる。釜無への恐怖はいつの間にか失せて、強い怒りに支配されていく。
バリンッ!
突如、窓ガラスが勢いよく割れて、外から突風が吹きこんだ。
「どわっ!」
釜無は突風の勢いで押し倒されてしまった。風が強いわけでもなく、特に開けた場所でもないのに、窓ガラスを割って人を押し倒すほどの突風が吹きこむのはおかしい。これは明らかに小蜜の魔術だ。釜無はそう確信して、怯えるどころか面白そうに笑みを浮かべて立ち上がった。それに対して、小蜜は突然の突風に驚きつつも、依然として怒りを釜無に向けていた。
「君は今の現象が不自然だと思わないかい?人を押し倒す突風なんてそうそう吹くもんじゃない。ましてや今日は風が強い日でもない。おかしいよね?僕はね、これが君の魔術だと思うんだけど」
「あなたの言うことは信用しません」
これほど不自然なことが起きても、頑なに魔女であることを受け入れない小蜜。それならばと、釜無は彼女の胸をジロジロ見出した。
「君の胸を触る前に、サイズを言い当てよう。夏服だから膨らみが良くわかるよ。そうだねー…、Cカップかな」
「変態…!」
小蜜は歯を食いしばって強く睨みつけた。それを釜無がにやけながら見ていると――
ゴオォォォ…
突如、窓の外から轟音が響いた。次の魔術を発動したと思い、釜無が目をやると
「うげっ!!」
なんと、竜巻が目の前に迫っていたのだ。
「に、逃げろ!」
竜巻に巻き込まれたらひとたまりもないと思い、釜無はスマホをポケットにしまい、一目散に部屋から逃げ出した。しかし、竜巻は凄まじい勢いで建物ごと破壊し出した。
「…!!」
その凄まじさに、小蜜は身を屈めて目を瞑った……が、風は小蜜を避けるように流れ、吹き飛ぶ物や瓦礫もすべて小蜜を避けていった。竜巻は瞬く間に釜無に迫り、彼を強烈な上昇気流で上空に吹っ飛ばした。釜無を吹き飛ばすと、竜巻は急激に勢いを弱め、あっという間に消滅してしまった。
…その様子を、近くを飛んでいた美雨の蝶が見ていた。
衝撃的なできごとに、小蜜は座り込んで呆然としていた。建物は粉々に破壊され、壁が一部分残っているだけだ。あんな凄まじい竜巻が起きたのに、なぜか自分だけが無傷だった。
「意味わかんない…。なんでわたしだけ…」
不可解な事象を理解できない小蜜。これが自分の魔術だなんて、到底信じられない。すると、付近で倒れている釜無を見つけた。小蜜は立ち上がり、また捕まらないうちに逃げ出すことにした。しかし、釜無は気を失っているようだ。今ならスマホを取り返せるのではないか――そう思った小蜜は、釜無に近付いていき、彼のポケットにそっと手を伸ばす。
ガシッ!
その時、釜無の手が動き、小蜜の腕を掴んできた。瞬間、小蜜に強烈な眠気が襲い、力が抜けた彼女はその場に倒れ込んで眠り始めてしまった。




