第60話 後任リーダーは誰 その3
魔女同盟の新リーダーに就くことになった月音。これまで尊敬と服従の対象だった静歌と同等の立場になったわけだが、実感が湧かない。…それに、自信を持てない。自分なんかが務まるのかと。不器用で話が下手でぎこちない自分が本当に適任者なのかと。
自分は瑞葉に投票した。彼女は年下だが、自分よりもよっぽど話し上手だし、親しみやすい雰囲気があって適していると思った。自分よりも適している人はいるはずだ。…それなのに、自分が選ばれた。
月音は迷いを心に抱いたまま、公園にやって来た。…ふと目を向けると、昼間からベンチで横になって寝ている男がいた。――亮司だ。
日の光が当たっても構わず寝続ける亮司。すると、顔の部分に影ができて、何か感じた亮司がゆっくりと目を開けた。
「ん……?」
目を開けると、視界に知っている少女が映った。真紅の髪を携え、凛とした目付きでこちらを見ている。
「…なんだよ。またおまえか」
起こされた亮司はやや不服そうに眉を寄せる。
「おまえこそ、いつもこんなところで寝てるのか」
昼間から公園で寝ている男に不満を言われる筋合いはない。
「ここは俺のテリトリーだっていうのを誇示してるのさ。野生の動物だって自分の縄張りに入ったら威嚇すんだろ?」
亮司は自分の行為を野生動物に例えて正当性を示す。しかし、それに納得するほど月音は寛容ではない。
「弱い動物が吠えたところで、テリトリーは強い動物のものになる」
「お?なんだ?おまえより俺の方が弱いって言いたいのか?」
亮司は体を起こして、座った状態で月音に喧嘩腰で文句を垂れる。まったく強そうに見えない。月音も腕を組んで睨み返す。
「当然だ。何故なら私は魔女同盟のリーダーになったからな」
亮司にリーダーになったことを告げた途端、亮司は口をあんぐりと開けて呆然とした。
「…へ?おまえリーダーになったの?マジかよ…。先に昇進されちまった…」
ヒラの亮司に対して、役職付きの月音はつわものだろう。案の定な反応を見て、月音はハァとため息をつく。
「私も飲み込めていない」
「嬉しくないのか。まぁ、そういうタイプじゃないしな」
魔女同盟のリーダーになったのに、少しも嬉しくなさそうにしている月音を見て、亮司は彼女の悩みを聴くことにした。
「とりあえず甘いやつでも飲んどけ」
亮司はそう言って、月音に缶のミルクコーヒーを渡す。ベンチに座っている月音は、両手でそれを受け取った。亮司は月音の隣に座り、ブラックコーヒーを飲みだした。それを見て、月音も缶のタブを開けて口につける。一口飲むと、甘みが気持ちよく味覚を刺激した。
「この前より甘い…」
「おう。糖度アップのやつだからな。俺は絶対飲めねぇな」
前回貰ったミルクコーヒーより甘いようだ。甘いのが苦手な亮司には厳しい一品。
「甘いのは好き」
しかし、月音は好きなようで、すいすいと飲んでしまった。
「そりゃ良かった」
月音は飲むのを途中で止め、缶を膝の上に置き、ボソッと話し出した。
「私はリーダーに向いていないと思ってる。…でも、みんなは私を選んでくれた。…みんなは私に期待してくれている。それに応えられるか…不安」
月音はいつになく不安そうな顔をしている。亮司はコーヒーを一口飲み、月音の顔を見た。
「いつも通り接すればいいんだよ。何も変える必要ねぇし、それでうまくいく。みんなそう思ってるからおまえを選んだんだ」
亮司はそう告げると、再び顔を前に向けてコーヒーを飲む。亮司の言葉が心の中に溶け込んでいき、今まで漂っていた不安が自然と消えていく。…それだけではなかった。鼓動が速くなり、何か熱くなっていく。なぜだろうか。理由はわからない…。
「おい、どうした?」
「あ…!な、なんでもない…」
亮司が不思議そうに首をひねる。月音はその声で我に返り、思わず顔を逸らした。自分でも、顔が火照っているのがわかった。
その時、月音の手から缶が滑り落ちた。
「あ!」
月音はハッとして下を向く。みるみる缶が落ちていく―――が、寸前のところでピタリと動きが止まった。
「あぶねぇあぶねぇ。おまえにしちゃ珍しいな。如月じゃあるまいし」
亮司が能力で缶の動きを止めたおかげで、中身がこぼれずに済んだ。しかし、ドジをするイメージがないので、亮司は珍しそうに月音を見る。月音は止まっている缶を手に取り、亮司の顔を見て礼を言う。
「ありがとう」
カシャ…!
不意にカメラのシャッター音が聞こえた。二人が目を向けると、明日莉がスマホをこちらに向けていた。
「みーちゃった!みーちゃったー!月音のあんな顔見れるなんて、あたしったらラッキー!」
「明日莉!」
明日莉はスマホの画面を見て嬉しそうに声を上げる。画面には亮司と月音のツーショットが写っていた。月音は焦りの色を見せて歯を食いしばる。明日莉が良からぬことを考えているようだ。
「なんだ?仲間か?」
亮司が月音に尋ねると、明日莉の方から自己紹介を始めた。
「はじめましてー!あたしは烏谷明日莉って言いまーす!月音の彼氏くんだよねー?」
「ちげぇよ」
明日莉が亮司に彼氏か尋ねると、亮司は真顔で否定した。明日莉はびっくりした表情を見せるが、どこかわざとらしい。
「えーっ!違うのー?でも、この写真見たら、誰だってカップルだと思っちゃうんじゃない?」
明日莉は写真を見ながらそう言う。確かに、ベンチに二人仲良く座って、互いを見ている姿はカップルのように見える。それに、月音の表情が何よりも説得力がある。
「明日莉。その写真をどうする気?」
「さぁねー。どうしよっかなー?」
月音が尋ねるも、明日莉は焦らすだけで真面目に答えようとしない。すると、明日莉は亮司を見てきた。
「それにしても、彼氏くん能力者なんだー」
「彼氏じゃねぇって言ってんだろ」
二度も間違う明日莉に苛立ちを覚える亮司。対して、月音は冷や汗を垂らしていた。嫌な予感がするのだ。
「これ、みんなに見せてさー、月音が能力者と付き合ってるって言えば、どうなるかなー…?」
明日莉は不敵な笑みを浮かべた。―――と、亮司が勢いよく立ち上がり、明日莉の前に立って睨み付けた。背の高い明日莉とは目線が同じ高さだ。
「おい、デマ広げんなよ。そんなことやっておまえに何の得があるんだ?」
亮司はもちろん掟のことを知っている。魔女同盟に属する魔女は、能力者に恋をしてはいけない―――という掟。これをリーダー自ら犯してしまえば大変なことになる。デマを流してまで、そんな事態を誘発させる必要がどこにあるのか。
「得?あるよー。魔女同盟のリーダーを決め直すんだー。それであたしがリーダーになる」
「そうかそうか。目立ちたがり屋のお山の大将か」
バチッ!
瞬間、亮司の目の前を電流が走った。どうやら、明日莉の魔術のようだ。
「あんま軽口叩いてると…殺すよ」
明日莉は途端、威圧感を放って亮司に忠告する。亮司は面倒な魔女に出くわしてしまったと後悔した。明日莉は続いて月音の方を向く。
「組織の犬だったあんたが掟を破ったってなれば、みんなすごくショック受けるだろうねー!もうあと画面を押せば、あんたの人生は終了…」
月音は絶望の淵に立たされた。明日莉はすでにメールを送る準備が完了している。あとは送信ボタンをタッチすればいいだけ。明日莉の勝利はもう目前だ。




