第5話 最初の試練 その3
無機質な灰色の空と建物は、殺伐とした空気に馴染んできた。日常から転げ落ちる非日常。言葉の響き的には好奇心が掻き立てられるような感じがするが、この非日常はそうじゃない。何故なら魔女狩りの男の目は、マジに殺る意志があるからだ。
「線対称…なるほど」
志乃が告げた札内の能力……亮司は静かに納得した。自分ですら気付く余裕がなかったというのに、戦い慣れていない魔女は冷静な判断を成し遂げた。
「ただのぬるま湯育ちの魔女かと思っていたが……意外と判断力はあるようだ」
札内は面白そうに志乃を見る。彼女に興味を持ったのだろうか。だが、自身の能力がバレても動揺を見せないのは、自分の方が上だという確固たる自信があるからだ。
志乃も負けじと口角を上げ
「まーだ余裕ぶってんだね。言っとくけど、もう攻略法は思いついてるんだから」
「ほうほう!ならその攻略法とやらを見せて貰おうか!」
札内は目を見開いて声を大きくする。志乃の強気な態度が表面だけのものだとわかっているのだ。亮司の方も志乃の挑発ととれる態度に危機感を募らせていた。
「おい、無用な挑発はよせ。自分の身を削ることになるぞ」
亮司は志乃の耳元で忠告する。札内の感情を逆なでするのは避けたいと思っていた。…だが、志乃はあくまで自分の考えを貫く。
「私はあいつの魔女を見下す態度が気に入らない。魔女が何をしたって言うの?あんた達が勝手に決めつけてるだけでしょ。それを公然のルールの様に言い放って…」
「何を言ってる?俺達が決めたんじゃない。世間が決めたことだ。きさまら魔女に居場所などない。諦めるんだな」
「なっ…!」
志乃は言葉を失う。札内の言うことをそのまんま信じるわけではないが、本当のことかもしれない。…つまり、自分は社会から迫害される対象なのだ。
「ところで」
次に札内は照準を亮司に向けた。
「君が組織を裏切った真意を訊きたいね。君の能力は素晴らしいものがある。組織の中でも十分に活躍できるだろう。なのになぜそこの薄汚れた魔女に手を貸す?」
「組織に盲目な奴には俺の考えは理解されないだろうし、話す気もない」
亮司は札内を睨み付けながらそう言い放つ。その言動が札内には面白おかしく聴こえた。
「アーッハッハ!!反逆児なのかな?それがかっこいいとでも思ってるんだろうねぇ~。悲しいなぁ…」
次の瞬間、志乃の真後ろから札内がナイフを突きつけてきた。札内は不敵な笑みを浮かべながら志乃の首に刃先を当てる。
「それで、攻略法を思いついたと言っていた君…このナイフをどうやって避ける?」
予測がつかない札内の行動に志乃は動揺を見せるが、その動揺はすぐに安心へと変わった。
「な、ナイフが…!」
札内は握っているナイフに違和感を感じる。動かないのだ。つまり
「亮司…!」
札内は亮司のしわざだと知り、勢いよく振り向いて亮司を睨む。…と、亮司はナイフを指差し
「札内。そのナイフをよく見てみろ」
指差されたナイフに視線を移すと、空中に固定されていたナイフがフラッと落下し始めた。能力が解除されたのだ。
だが、何故能力をこのタイミングで解除したのか……札内にはわからなかった。
瞬間
ピカッ…!
ナイフが太陽の様に眩く光った。
「うわっ…!」
札内は反射的に目を閉じようとしたが……
「なっ…!まぶたが…うごか…!ぐわぁぁぁぁ!!」
まぶたを閉じることができず、強烈な光をまともに見てしまった。ワンテンポ遅れて、腕で目を隠すことができたが、時すでに遅し。札内は目に大きなダメージを負った。
「まぶたを固定した。少し手荒だが、こうでもしないとやられそうなんでな」
亮司はあらゆるものを固定できる能力を持つが、その対象は一つだけ。ナイフの固定を解除したのは、札内のまぶたを固定するためだったのだ。
そしてナイフから放たれた強烈な光は志乃の魔術によるもの。二人の連携プレーが初めて成立した瞬間だった。
「なるほど…。こいつは結構効いたぜ亮司…。今の光は魔術だろ?おい。今のを喰らって…改めて魔女を排除しなければという正義感が沸きあがってきた…」
「けっ…。とことん組織に従順だな。だがそれが組織の求めてきた人物像。その意味で理想的な奴だよおまえは」
亮司の皮肉にはあまり耳を傾けず、札内は顔を上げて見えない目で志乃を見る。
「おい魔女…。自分の魔術に罪悪感を感じないのか?」
札内の声が志乃の頭にこだまするように響き渡る。確かに、自分の魔術が人を傷つけるのはすごく怖い。もしかしたら、この男が言うように、魔女…自分の居場所は無いのかもしれない…。
「魔術は罪悪感を感じるためにあるんじゃない。誇りを持って生きられるためにあるんだ」
「…!」
亮司の言葉に志乃はハッとする。誇り…そうだ、自分だって誇りを持ちたい。魔女だっていう誇りが。
「俺は…そこの魔女に訊いてるんだぜ亮司ぃ!!」
札内は激昂してナイフを亮司に向かって投げようとしたが、その前に亮司に腕を掴まれた。
「どうした?能力を使わないのか?目が見えなけりゃ使えないんだろ?」
「…!!」
目が見えなければ基準線を引くことができない。手の内がバレて札内が冷や汗を垂らすのも束の間、亮司の拳が彼の顔面を吹っ飛ばした。
夕暮れ時、鮮やかな橙色の空が二人の体を染まらせる。
「何とか難を逃れられたぜ…。疲れた」
亮司は肩をガクッと落とす。一方、志乃はニコッと微笑み
「渡良瀬の能力でだいぶ助けられた。ありがと」
「それはお互い様だ」
亮司は目を合わせずに無愛想に答える。
「さっ!明日からも魔女助けがんばろー!」
志乃は元気いっぱいに腕を振り上げて疲れている亮司を元気づける…が
「命狙われてるってのに…呑気っていうか…図太いっていうか…」
さっきまで戦っていたとは思えない振る舞いに呆気に取られるのであった。




