第56話 遭遇 その9
赤渕が目を向けると、不気味ににやける静歌と目が合った。
「間抜けなあなたはもう用無しね~」
苛立ちをようやく解放できる喜び。手早く殺すこともできるが、静歌の頭は、この苛立たせた男をいかに苦しめて殺すかに比重を置いていた。
「どぅわ!?」
突如、光のロープが上から赤渕の両腕に巻き付き、勢いよく吊るし上げた。吊るされて身動き取れない赤渕を、罠にかかった哀れなけだもののように見る静歌。
「あんたみたいな間抜け者と連絡を取り合うなんて、ボスも大したことないわね」
静歌は嘲笑うと、両方の掌を上に向けて、片方に炎、もう片方に水の塊を生み出した。
「どっちがいい?火で炙られるのと、水で溺れるような感覚を味わうのと…。選んでいいわよ」
「うへぇー…。どっちも嫌だなぁー…」
赤渕は嫌そうな顔を向ける。どちらを選んでも酷い目に遭いそうだ。しかし、そんな回答を静歌が良しとするはずがない。
「欲張りねぇ~。実に欲張り。両方嫌なら両方食らうのがスジよね~」
「静歌様!」
途端、静歌の表情が硬くなった。背後から自分の名を呼ぶ者がいる。静歌は両手の炎と水を消すと、振り返って艶やかな笑みを浮かべた。
「あら…、瑞葉に月音じゃないの」
「静歌様。帰って来られないので、心配して探しにきたんです」
月音がここへ来た事情を説明する。
「心配かけてごめんなさい。…でも、私にはやらなくてはいけないことがあるの」
静歌は笑みを浮かべてはいるものの、どこか冷たい雰囲気が漂っている。それが、瑞葉と月音に緊張感を与える。
「後ろの男は魔女狩りですか?」
「そうよ。今から殺すところなの」
瑞葉が赤渕のことを尋ねると、静歌は躊躇なく殺害することを告げる。魔女狩りは敵だ。魔女狩りを殺すことに関して瑞葉は反対しない。…しかし、今の静歌はそれがすべてのような狂気に近いものを感じる。
「やらなくてはならない事とはなんですか?」
「魔女狩りのボスを殺すの。ようやく私の目的が達成されるわ。この日をどれだけ待ち望んだことか…。嬉しくて嬉しくて仕方がない…。あぁ~~早く殺したい…」
居ても立ってもいられない態度を示す静歌。まるで欲しいゲームの発売日を待ち望む子供のようだ。欲求に駆り立てられている静歌を冷静な目で見る瑞葉と月音。二人はチラッと目を合わせると、瑞葉が口を開いた。
「静歌様、志乃が来ています。話したいことがあるみたいです」
「志乃っ!?志乃が来ているの!?それならもっといいわ!あの子にも手伝ってもらおうかしら!」
志乃が来ていることを告げた途端、静歌は激しく反応し、志乃と一緒に魔女狩りのボスを殺せる嬉しさを前面に押し出してきた。
…やばい。そう思った瑞葉と月音は、志乃が出てきて説得するのは危険だと判断した。――しかし
「志乃!!どこにいるのっ!?早く出てきて!!」
今すぐ志乃に会いたい静歌は体から大量の蝶を放ち、志乃を"迎え"に向かわせた。
「志乃っ!逃げて!」
危険を感じ、瑞葉は志乃に知らせようと思わず声を発した。――途端、蝶の大群は時が止まったかのようにピタリと動きを止めた。
「逃げて…?どうしてそんなこと言うの?」
瑞葉に悪寒が走る。背後から静歌の冷たい問いかけを受けた。額に冷や汗が滲み出る。
「ねぇ瑞葉、ひどくないかしら。私がこんなに志乃に逢いたがっているのに……逃げて?」
瑞葉は恐れ戦きながらも、ゆっくりと顔を後ろに向けた―――瞬間、静歌の見下すような冷たい視線と目が合った。
「ご、ごめんなさい…!そんなつもりは…!」
瑞葉は恐怖で声が震え、目に涙を浮かべる。
ピタ…
蝶が一匹、瑞葉の頭に乗っかった。瑞葉はハッとして上を見上げた―――と、蝶の大群が自分の真上に迫っていた。恐ろしい威圧感が襲い掛かる。
静歌は片手を顎に当てて、視線を下に向ける。
「残念だわ~~。瑞葉のこと大事な仲間だと思ってたのに、私の心を踏みにじるなんて…」
静歌がそう言うと、瑞葉の頭に乗っている蝶が、尖った口を瑞葉の顔に向けてきた。
パシッ…!
その時、月音がその蝶をはたいて瑞葉の頭から離したのだ。
「月音…!」
月音は鋭い目つきで静歌を見る。
「静歌様。今は瑞葉を咎めている場合ではありません。魔女狩りのボスはあなたが想定している以上に危険な人物です!志乃も私達も、その危険を知らせに来たんです!魔女狩りのボスと戦ってはダメです!」
強い口調で訴えかける。――しかし、静歌は軽蔑の目を向け、躊躇なく掌を月音に向けてかざした。
「!」
月音が驚愕して目を見開いた瞬間、掌から炎が勢いよく放たれて、月音に襲い掛かった。
「月音ぇーー!!静歌様!!なんで月音を!?」
瑞葉は涙を流しながら静歌の体にしがみつく。
「魔女狩りのボスが危険だなんて…あなた達がなんでそんなこと知ってるの?まさか…、あの渡良瀬亮司くんも一緒に来てるの?あなた達、私を裏切ったの?」
「あう…あ…!」
瑞葉は恐怖で言葉を発することができなくなってしまった。ただただ涙を流して恐怖に慄くしかない。
「お姉ちゃん!!それ以上やめて!!」
瞬間、静歌の耳に志乃の叫びが響いた。静歌が振り向くと、鋭い目でこちらを見つめる志乃の姿が映った。
「志乃…!志乃!本当に逢いに来てくれたのね…!」




