第54話 遭遇 その7
亮司の指示でA-4地区に向かわせた蝶は目的地付近に辿り着いた。アジトの周りを飛んで状況を調べるが、真っ暗で人がいる気配はない。もちろん静歌の姿も確認できない。
「…A-4にはいないわね。魔女狩りがいる気配もしないわ」
蝶を通して見た映像から美雨は結論を出す。静歌はA-4には向かっていない。
「やっぱり罠か。…とすると、残りの蝶で探し回るしかねぇな」
「他にはいくつアジトがあるんだ?」
月音が尋ねる。他にアジトがあるなら、アジト周りを優先して探した方が効率が良い。しかし、亮司の答えは期待を裏切る。
「わからん。俺が知ってるのはごく一部だろう」
「わからないことだらけだな。魔女狩りはそんなものなのか?」
月音は魔女狩りのやり方に疑問を抱く。なぜ仲間内にも秘密にしておくことがこんなにあるのだろうか。そもそもボスが組織に顔を出さないことが異常だ。
「変だと思うだろ?でもこれが魔女狩りなんだ。ま、おかげで俺みたいな裏切り者がいても大して問題にならないんだろうけどな」
普通の組織なら裏切り者が出れば致命的な被害を受けてしまうだろう。内部情報をばらされてしまうためだ。しかし、魔女狩りの場合は、メンバーが裏切ったところで組織を脅かす存在にはならない。そのメンバーが知っているものは、内部情報のごく僅かな部分でしかないのだ。組織にとっては利点がある。しかし、月音はそれが良いとは思わなかった。
「それでも、知らないことが多いのは嫌だな」
「そう思うのが普通だな。俺も組織の在り方にずっと疑問を感じていた。だから今こうやって自由の身にいるわけだ」
「自由の身…か」
月音は組織に従順だ。組織のルールを厳格に順守し、リーダーの言うことに従う。言わば、亮司とは正反対の立場だ。別に魔女同盟に不満を抱いてはいないが、亮司の生き方もそれはそれでいいのかと思った。
月音がそう思っていると、瑞葉が何か不思議に思ったのか、何気なく月音に向かって言った。
「…それにしても、月音珍しくよく喋るわね」
「確かに…。月音ちゃん寡黙なイメージあったし」
瑞葉の何気ない一言に、志乃も同調して頷く。皆の月音に対するイメージは、寡黙でクールなキャラなのだ。
「イメージって言うか、実際そうよ」
瑞葉が語調を強めてそう言う。二人がそんなことを話し合っていると、月音が無言で二人の方に視線を向けた。その圧力をかけるような視線を感じ、二人はドキッとして汗を垂らす。
「あっ!いや別に月音のこと悪く言ってないから!」
「そうそう!月音ちゃんのいいところだよ!クールでかっこいいなって」
二人は月音の機嫌が悪くならないよう、慌てて弁解する。月音が二人から視線を逸らすと、二人はホッと安堵した。
一方、亮司は地図上のいくつかの箇所にマーカーで点を付けていた。
「とりあえず、他に知っているアジトを当たってみるか。黒薙、地図に印を付けたから、そこにも蝶を向かわせてくれないか」
「わかったわ。……あっ、ちょっと待って!」
何か見つけたのかと、4人は美雨に視線を向ける。
「一か所煙が上がっているわ。…何か燃えているようね」
一匹の蝶が近くで煙が上がっているのを発見する。
「…近付けるか?」
「今向かうわ」
美雨はその蝶を煙の方へ近づかせる。そして、煙の上空まで来ると、バイクが燃え上がってるのが見えた。その近くには―――
「いたわ!!志乃のお姉さんよ!誰かと戦っているわ!」
瞬間、場の空気が緊迫したものに変わった。
「お姉ちゃん…!」
志乃の不安感が大きくなる。無事でいてほしい…。そう強く願うしかない。
「相手は何人だ?」
亮司が冷静な口調で尋ねる。
「二人よ…。直接対峙してるのは一人…知らない男ね…。もう一人は……!赤渕…!」
赤渕という名前が出た瞬間、亮司と志乃は目を見開いた。まだ二回しか対面していないが、その危険さと不気味さは肌で感じている。
「知らない男の方は、顔の特徴とかわかるか?」
「…スキンヘッドに、サングラスをかけてる」
「青塚だな。ってことは、まだボスは出てきてねぇ。黒薙、その場所を地図上に落としてくれ」
静歌と対峙している相手が赤渕と青塚だと判ると、亮司は地図にその場所を印すよう指示する。美雨はマーカーを持って地図を見渡し、当該の場所を探す。
「ここよ!B-12!」
美雨は場所を見つけ、地図上に印をつける。そこはB-12と呼ばれるエリアだった。亮司はその場所を覚えると、地図を折りたたんでポケットにしまった。
「よし、行くぞ」
亮司が声をかけると、志乃達は引き締まった表情で頷いた。
静歌はクスクスと嘲笑いながら青塚を見る。先程まで激痛に喘いでいたとは思えない。
「骨折程度じゃ何ともねぇってか。さすが魔術師の頭ってだけはある」
青塚自身は結構なダメージを与えられたと思っていたが、彼女の魔術は体の修復も可能なようだ。今まで見ていただけで、既に4種類ほどの魔術を使っている。まだ使っていない魔術もあるのだろうが、種類が多いのは厄介と言える。
「…あなたはボスの居場所知ってる?」
静歌が唐突に訊いてきた。青塚を殺す前に、可能な限り情報を引き出す気だ。どうせ素直に喋らないだろうが。
「知ってるぜ」
ようやく欲しい答えを得られた。あとは追い詰めながら居場所を訊き出す。
「あなたはこの間抜け男よりはマシなようね。あなたが私を殺すのが先か…私があなたからボスの情報を訊き出して殺すのが先か…競ってみる?」
「構わねぇが…もうちょっと冷静になった方が良いぜ」
生意気なことを言う青塚に静歌は眉を寄せ、掌をかざして水を勢いよく放出した。
しかし、青塚は軌道が読めているので、軽く横に逸れてかわした。しかし、静歌は間髪入れずに数本の炎の矢を放った。
ドォォン!!
爆ぜる音と共に煙が立ち込めて視界が悪くなる。光のロープで未だ拘束され続けている赤渕は逃げようにも逃げられない。
「うひょぉ…。あの女容赦ねぇなぁ…」
しかし、一番危ない状況にもかかわらず、赤渕は少しも緊迫した表情を見せていなかった。
「ネズミみたいに逃げてないで、私に攻撃したらどう?まさか、さっきのでネタ切れとか言うんじゃないでしょうね~」
静歌は余裕そうに笑みを浮かべる。自分の魔術が劣るわけないという絶対的な自信があるのだ。――しかし、視界が良くなると、青塚の姿を見失った。
「…!」
静歌はその場から動かず、じっと周囲に注意を向ける。どこかに隠れているはずだ。
すると、向こうからバイクのタイヤがコロコロと転がってきた。タイヤは静歌のそばまで転がってくると、横に倒れ込んだ。勝手に転がってきたのだろうか…。静歌が不審そうにタイヤを見ていると―――
バアァァン!!
突然凄まじい音と共にタイヤが破裂した。炎の熱で内部の空気圧が極限まで高まった状態で、青塚がタイヤを転がしたのだ。破裂の衝撃で静歌は吹っ飛び、ホイールの破片が体に突き刺さった。
「うぐっ…!」
何とか受け身を取るものの、体には高熱を帯びた破片が刺さっている。静歌はすぐさま水を放って破片を取り除いた。
「やってくれるじゃないの…!」
静歌は青筋を浮かべ、脳を怒りで充満させる。そしてますます冷静さを失っていく。




