第49話 遭遇 その2
ヒラヒラヒラ……
黄色い縞模様の付いた黒い蝶が3人の前に飛んできた。蝶は美雨の肩に止まると、フッと煙が舞うように消えた。
「美雨ちゃんは魔術も華やかでいいよねー。蝶も綺麗だし」
志乃が美雨の蝶を見て羨ましそうに言う。蝶の色は決して鮮やかではないが、黒を基調とした色合いは見る者を魅了させた。
「如月の魔術は乱暴だもんな」
横から亮司が口をはさむ。案の定、志乃は不機嫌そうに顔をしかめて亮司を見る。ここで黙ったままの志乃ではない。
「渡良瀬だって能力地味じゃん。ぱっとしないじゃん」
「おーなるほどなるほど…。おまえも言うようになったな。やるか?」
「いいよ!決着付けようじゃないの!」
「こらこら二人とも…」
亮司と志乃は互いに対抗心むき出しで睨み合って火花を散らす。傍らで美雨は苦笑いしながら二人を落ち着かせる。
二人は何かにつけて言い合いをするが、それも打ち解け合っている証拠。言い合いはするが険悪な感じにはならない。…まぁ、言い合いしない方がいいのだが。
「…!」
突如、和やかな空気が崩れ去る。美雨の顔から笑みが消え、緊迫した表情に変わったのだ。亮司と志乃は怪訝な表情で美雨を見る。
「どうした?」
「…志乃のお姉さんがいたわ」
「お姉ちゃん!?」
志乃は思わず声を上げて驚いた。どうやら美雨が街中に放っている蝶が、静歌の姿を見つけたようだ。
「黒薙。すぐに魔術を解除した方がいい。見つかったら厄介だ」
亮司の忠告は尤もだ。彼女は美雨の蝶を知っているから、近くを飛んでいれば気付かれてしまう。
「えぇ…。こっちの方に向かっているわけでもないようだし」
静歌は人通りのほとんどない道路を歩いていた。そして静歌を背後から見下ろすように蝶が飛んでいたが、煙のように消えてしまった。
「……」
蝶が消えた直後、静歌が徐に後ろを振り返った。
「…あら、美雨に監視されていたのね。…まぁいいわ」
特に気にしていないようで、再び前を向いて歩きだす。―――だが、静歌はまた足を止めた。前方から一人の男がのそのそと歩いてくる。
静歌は立ち止まったまま、じっと男を見つめる。男は垂れた目で気の抜けた顔をしている。まったく覇気を感じられないものの、静歌は注意深く男を見つめ続ける。
対して、男の方は目線を下に向けたままで、見られていることに気付いていない。気付いているかどうかわからないと言った方が正しいだろうか。
男との距離は一歩二歩と次第に縮まっていく。男はまだ気づかない。そして遂にすれ違った。――男は結局一切気づかずに過ぎ去ってしまった。静歌はしばし男の後ろ姿を見つめると、フッと不敵な笑みを浮かべた。
「…私も美雨のマネをしてみようかしら」
そうボソッと呟くと、静歌の肩に一匹の蝶が現れて、男に向かって飛び立った。
魔術を解除した美雨は、何事もなかったことにホッと胸を撫で下ろす。しかし、一人…志乃だけは浮かない表情をしていた。
「…お姉ちゃん」
志乃の心情は複雑だった。静歌が何をするかわからないので、亮司と美雨のことを考えれば危険だという気持ちもある。一方で、妹として姉に会いたいという素直な気持ちもあった。
「黒薙、姉貴は一人だったか?」
「えぇ。特に何かを探している感じでもなかった」
以前、瑞葉から静歌の様子は良くないと聞いた。病的なまでに可愛がっていた志乃がいなくなったから当然と言えば当然だ。迂闊に出くわせば命の危険がある。志乃には悪いが、やはり会うことはできない。
すると、志乃がいきなり自分の頬を両手でパンパンと叩いた。
「あーもう!私ったら一人で落ち込んじゃって!心を入れ替えろ如月志乃!」
自分に言い聞かせるように強い口調で言い放つ。いつまでもくよくよしていてはいけないと。大切な二人のためにも、自分が笑顔を振りまけなくては。
「意外だな。か弱い女の子だと思ってたが」
亮司がからかいの一言を言うと、志乃は噛みつくように亮司に顔を近づける。
「絶対そんなこと思ってないでしょ!どーせさっき私が"ガラスのハート"って言った時、心の中で笑ってたんでしょ!」
「なんだバレてたか」
「ぐぬぬ!」
志乃は悔しくて歯を食いしばる。そして、そのうちからかい返してやると心の中で誓った。
赤渕はただボーっとしながら歩いていた。行く当てがあるのかどうかもわからない。その背後には静歌の放った蝶が追跡しているが、赤渕が気付く気配は無い。どこまで鈍感なのだと呆れてしまいそうだ。気付かなければその方が楽なので別にいいのだが。
しかし、不意に赤渕の足が止まり、ゆっくりと顔を後ろに向けてきた。蝶と赤渕の目が合う。
「………」
赤渕は口を半開きにして、ボーっと見つめている。
ヒラヒラヒラ…
蝶の舞う姿は至って自然。風景に溶け込んでいる。
「あれぇ~~?あの蝶…どっかで見た覚えがあるなぁ~~。なぁーんだっけかぁ~~?」
赤渕は首を傾げる。どうやら蝶のことを僅かに覚えているようだが、その僅かな記憶をたどることができない。やがて、赤渕は思い出すのを諦め、再び前を向いた。
「覚えてねえや~」
ピリリリリ…!
その時、けたたましい着信音が鳴った。赤渕はゆっくりとポケットから携帯を取り出して、いつものように気の抜けた声で応答した。
「もしもぉ~し」
【私だ】
「ボスゥゥゥ!!まさか一日に二回も電話をかけてくれるなんて俺感激ですよぉぉ!!」
ボスからの電話だとわかると、途端に声の調子が激変する。しかも今回は本日二回目の電話だ。赤渕は感激のあまり嬉し涙まで流し出した。
【おまえは素直でいいやつだ。いいか。今からおまえに指令をやろう】
「し、指令ですかっ!?俺なんかでいいんですかっ!?」
指令という言葉に緊張する赤渕。ボスからの指令は総じて重大なものであるが故、ミスは決して許されない。
【落ち着くのだ赤渕。なに、簡単なことだ。今からブロックBー12にあるアジトへ来るのだ。そこで私と落ち合おう。次の指令はそこで告げる】
「畏まりました」
途端、赤渕の対応は冷静になった。眼つきも鋭くなり、今までの気の抜けた感じは見られなくなった。
遠く離れた場所でこのやり取りを蝶越しに見ていた静歌は、一人勝ち誇ったように笑っていた。
「アハハハ!私ったらなんて運が良いのかしら!まさかとは思ったけど、重要人物だったなんて!しかも今からボスに会いに行く…。私が監視しているとも知らずに…」
静歌は笑いが止まらなかった。自分の目的である、魔女狩りのボスの殺害が予想以上に早く叶いそうだからだ。




