第47話 魔女の掟 その3
周囲の雑踏が瑞葉の耳からシャットダウンされる。そして、頭には"掟"という言葉が深く焼きついた。
瑞葉はもちろん知っていた。魔女同盟の者は能力者と恋に落ちてはならないという掟を。だが、それはあくまで恋人。
「馬鹿ね月音ったら!光磨はただの友達!」
瑞葉はアハハと笑って何とかやり過ごそうとする。別に嘘はついていない。しかし、月音は瑞葉のこの対応を見て、光磨が能力者であることを確信した。
「…能力者なのか」
「!」
瑞葉はドキッとして、思わず足を一歩後ずさる。月音に嘘はつきたくない。けれども、もし能力者だと言ったらどうなるのだろう。光磨が危険に晒されるかもしれない。それは絶対に嫌だと思った。
「違うわよ!普通の一般人!なんの能力も持ってないわよ」
嘘をついてしまった。だが、今はこれが最善の策だと瑞葉は思った。瑞葉は偽りの笑顔を向ける。
「月音は疑り深いのよ~。私がそんな能力者なんかと……」
「瑞葉?どうしたの?」
そこに、光磨がやって来た。遅いので心配して見に来たようだ。
「こ、光磨!」
瑞葉はしまったという顔をする。月音が光磨に能力者か尋ねれば、事情を知らない彼はYESと答えてしまうだろう。かと言って、彼に話を合わせるようにヒソヒソ話をしては怪しまれるだけだ。
「あれ?瑞葉のお友達?」
光磨は月音を見て尋ねる。
「光磨!」
次の瞬間、瑞葉は光磨の手を引いて走り出した。月音から遠ざかるために。脇目も振らず無心で走った。
「み、瑞葉!?」
光磨は瑞葉に引っ張られながら動揺の顔を向ける。だが、瑞葉は何も答えずにひたすら走った。
ショッピングモールから出て、大通り脇の歩道を走る。道行く人が振り返って物珍しそうに二人を見るが、瑞葉は構わず走った。
「あれ?瑞葉ちゃん?」
道行く人の中に志乃の姿があった。瑞葉たちとすれ違い、志乃は思わず振り返った。後ろ姿を見て、瑞葉と走っている少年に見覚えがあった。
『あの子…前に渡良瀬が送ってきた写真に瑞葉ちゃんと一緒に写ってた子だ』
うららかな陽気の中、亮司は公園のベンチでスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。しかし、同じ公園内の少し離れたところでは、瑞葉と光磨が荒い息を整えていた。
「はぁ…はぁ…いきなりどうしたの…?」
光磨は顔を上げて瑞葉に尋ねる。だが、瑞葉は顔を垂らしたまま、無言で荒い息を整え続ける。
「…瑞葉?」
彼女の様子がどうもおかしい。何かあったのだろうか。
「…ごめん」
瑞葉はボソッと詫びを入れた。その顔はどこか暗い。
「なんで謝るの?別に瑞葉は悪いことしてないよ」
光磨には瑞葉が謝る理由がわからなかった。彼女は何一つ悪いことをしていない。それなのに、彼女はなぜ暗い顔をするのか。
「パンもすごくおいしかったし、ショッピングモールにいる間も、瑞葉とおしゃべりできて楽しかった」
光磨はニコッと笑みを浮かべる。瑞葉に元気になってもらいたいという思いからだ。
瑞葉は頬を赤らめる。心が焦げるような初めての感覚だ。
「…光磨、私…大事なことを言ってなかった」
「え…?」
瑞葉が顔を上げて決心したような目を向ける。その目に光磨は戸惑いを見せた。
「魔女同盟の人間は…能力者とは一緒にいれないの」
光磨は言葉を失った。ただ呆然と瑞葉を見つめる。瑞葉は直視できずに顔を逸らし、唇を噛みしめた。
『これが…最善の選択…。光磨を危険に晒すわけにはいかない…』
すると、光磨がハッとして声をかけた。
「瑞葉…!君の友達が…」
「え…?」
瑞葉は反射的に顔を横に向ける。視界に後を追ってきた月音の姿が映った。
「瑞葉」
月音は二人のところへ近づいていく。途端、瑞葉は素早く光磨の前に出て、庇うように腕を横に広げた。
「お願い!光磨には手を出さないで!処罰の対象は私だけよ!」
月音は足を止めて、ばつが悪い顔をする。
「瑞葉違う!私は二人を責めたりしない。…ただ、本当のことを知りたかっただけ…」
瑞葉は広げていた腕を閉じ、静かに月音を見つめる。
「瑞葉、あの子は僕らを攻撃したりしないよ」
後ろで光磨がそう告げた。彼が能力で予知したのだろうか。それを聞いて、瑞葉は月音に近付いていった。
「…月音ごめん。私…月音のこと信じきれてなかった…」
うつむく月音の肩に優しく手を置く。彼女の真意を知らずに嘘をついてしまった。ずっと光磨のことを内緒にしてきた。恥ずかしいという気持ちもあったが、何より掟のことが頭にあったのだ。
月音は組織に忠実だ。だからこそ掟を破る者には容赦しない。そんな彼女に光磨のことを知られてはまずいと思っていたのだ。
「私こそ…いつも言葉足らずで…ごめんなさい。瑞葉の味方だから、隠し事をしてほしくなかった」
「月音…」
月音は不器用なところがあるが友達思いだ。今回の件は、その不器用さが生んだものかもしれないが、改めて月音の優しさを感じた。
すると、月音は顔を上げてチラッと光磨を見た後、視線を瑞葉に戻して言った。
「瑞葉、邪魔しちゃってごめん。私もう行く」
「…え?」
瞬間、瑞葉は顔を紅潮させて、再び恥ずかしい気持ちになった。その表情を見て、月音は頬を緩める。
亮司は相変わらず呑気に昼寝していた。そこに、瑞葉たちと別れた月音がやって来た。彼女はベンチの前で立ち止まってチラッと亮司を見る。
「…なんだよ。また来たのか」
寝ていると思ったら、亮司が声をかけてきた。
「そんなところで寝ていると、二人の邪魔になるぞ」
「…んだよ、あいつらまた戻って来たのか。しょうがねぇやつらだ」
亮司は目を瞑ったままボソボソッと言う。月音の声はそこで途絶え、しばらくしても静かなので、試しに目を開けてみると
足元に缶コーヒーが置いてあった。
亮司は肘掛から足をどかして起き上がり、缶コーヒーを手に取ってまじまじと見る。ブラックコーヒーだ。
『不自然なこともあるもんだ』
亮司はそう思いつつ、缶のタブをあけた。




