第40話 瑞葉と少年 その1
魔女同盟の館では夕食の時間を迎えていた。夕食は館に住む者全員で食事をする。ダイニングルームである大広間は、赤い絨毯が一面に敷かれ、暖色系の灯りが部屋の色彩を整えている。その様はまるで貴族の食堂のようだ。
しかし、テーブルに置かれているものは、白米、味噌汁、塩鮭、ひじきの煮物だった。
「…月音は相変わらず和食が好きね」
瑞葉は部屋の雰囲気に不釣合いな料理を見て、不満そうにそう言う。この料理は月音が作ったようだ。対する月音はじーっと瑞葉を見つめる。
「瑞葉の好きなもので揃えたんだけど」
月音自身は瑞葉がおいしく食べれるようにこういうメニューにしたようだ。しかし、瑞葉が勢いよく身を乗り出して抗議した。
「嘘つけ!私がひじき嫌いなの知ってるでしょ!」
苦手なのを知っておきながら敢えて作ったのだろう。月音の与えた試練である。瑞葉も残すわけにはいかないから、勇気を出して食べるしかない。…だが、なかなか箸が進まない。その時、静歌の声が耳に入った。
「ひじきは美容に効果があるのよ」
「ですよねー!静歌様!」
途端、瑞葉は満面の笑みで静歌の方を向いた―――が、そこに静歌の姿は無い。聞こえたのは幻聴なのだ。
「はぁー…」
瑞葉は一変して落胆した表情でため息をつく。瑞葉のやり取りを隣で見ていた暁美は心配そうな顔で声をかける。
「瑞葉大丈夫?」
「末期だと思う」
瑞葉が答えるより先に月音が口を挟んだ。その酷い言われように瑞葉はキッと睨みを利かせるが、月音は気にせず箸を進める。もっとも、禁断症状を起こしているようにとられても仕方がない。実際幻聴が聞こえてしまっているのだから。
「あーごはんおいしー」
瑞葉はとりあえず、今さっきの言動を無かったことにしてパクパクとご飯を食べだした。
食事を終えて自分の部屋に戻った瑞葉は、重力に従うままにベッドへと倒れ込んだ。ふかふかの枕に抱き着いて、訪れるのは物思いにふける時間。
静歌と話をしなくなって何日経っただろうか。"あの件"以来、静歌の表情からは笑顔が消え、他の仲間とも話さなくなった。5年もの間かわいがってくれていた自分さえも、静歌は顔を合わせない。
「あーー静歌様ーー」
抑揚の無い無気力な声で彼女の名を呼ぶ。しかし、返ってくるのは無情な静穏…。わかってはいたが、やはり寂しくなる。
翌朝、瑞葉は重いまぶたを半分開けた状態で公園へと足を運んでいた。朝もまだ早いためか、遊ぶ子供の姿も見られず、辺りはひっそりとしていた。試しに例のベンチのところに行ってみたが、亮司たちの姿は無かった。こんな時間なので当然と言えば当然だが、少し寂しい気持ちと逢わなくてホッとする気持ちが錯綜した。
聞こえてくるのは鳥のさえずりだけ。何も考えない。頭の中をからっぽにする無の時間が過ぎていく。そして、その状態のまま公園から出ようとした。
「そこの人!ちょっと待って!」
突如、瑞葉の耳に少年の呼び止める声が入ってきた。無の時間が途切れ、瑞葉は反射的に声のした方へ振り向いた。
ブーーン…
次の瞬間、真ん前をトラックが過ぎ去った。瑞葉は思わず冷や汗を垂らした。今止まらなかったら、トラックに気付かずに轢かれていたのではないか。
「良かったー…。間一髪だったね」
そこに現れたのは、声の主である…10代中盤くらいの少年だった。見た目だと、随分と大人しそうな外見をしている。
「あ、ありがとう」
瑞葉はどこかぎこちないお礼を言う。
「そこの道路、結構スピード出す車が多いんだ。気をつけてね」
対照的に、少年は随分と愛想が良かった。素直に嬉しい気持ちになれない瑞葉は、少年をジロジロと観察するように見る。
「あんた、どうして私が危ないってことがわかったの?」
公園と道路の間には街路樹が植わっており、公園から道路の様子を見ることはできない。そして何より、出口に向かう人を見ても、普通何とも思わないはずだ。しかし、この少年はあらかじめ分かっていたかのように声をかけてきた。
「えっ!?それは…」
瑞葉の疑り深い目つきに少年は戸惑いの表情を見せる。
「あんた能力者でしょ」
少年の表情の変化を見て、瑞葉の疑いが確信に近付いた。相手は能力者……つまりは魔女の敵だ。瑞葉は感謝の気持ちも忘れて、冷たい目つきを少年に向けるが
「そうだよ!能力者のこと知ってるんだね!」
あろうことか、少年は明るい笑顔を振り向けてきたのだ。その無邪気な笑顔はどこか志乃と被る部分があって、瑞葉を戸惑わせた。しかし、これも少年の罠かも知れない。魔女狩りは卑劣な奴が多いというし、この前戦った男もそうだった。親身な人間を装い、隙をついて攻撃するに違いない。瑞葉は目の前の少年に人間不信を貫いた。
「私を油断させようたって無駄よ!魔女狩り!」
ビシッと少年を指差してけん制をかける。しかし、指差された側は、何のことか理解できずに首を傾げた。
「魔女狩り…って何?」
「…はっ?」
少年の問いかけに思わず目が点になってしまった。――いや、これも罠かも知れない。騙しきるまで純真さを装うつもりなのだろう。
瑞葉は少年から遠ざかり、動きを注意深く観察する。
「あっ!避けて!」
突如、少年がまたしても叫んだ。瑞葉はビクッとして思わず横に避ける。すると――
ビチャ!
上から鳥の糞が落ちてきたのだ。もし避けなかったら……悲惨なことになっていただろう。
「あんた……何が目的よ」
瑞葉の中で動揺が走るが、まだ疑いの心を拭いきれず、探るような目つきで少年に問いかけた。
「ただ、僕の能力で危険を回避させようとしただけだよ。…もしかして、能力者のことが嫌い?」
「き、嫌いってわけじゃ……」
瑞葉は口籠ってしまった。少年の顔は嘘をついていないように見える。まさに純真無垢…そんな言葉が当てはまるような少年に思えた。
「私はあんたと対を成す存在…魔女よ」
最後の手段として"魔女"というワードを出して、少年の様子を窺うことにした。
「魔女!?君魔女なの!?すごい!」
その疑いも空しく、少年は目をキラキラと輝かせて瑞葉に迫った。まるで好奇心を前面に押し出した子供のようだ。この反応で瑞葉の疑いは見事に崩れてしまった。
「あんたのこと疑ってたわ。魔女狩りって言う能力者の集団に狙われてたから…」
変に疑っていた自分が急に悪く思えてきて、目線を逸らして気恥ずかしそうに話す。
「そうなんだ…。悪い能力者に狙われてたなんて……。ごめん」
「なんであんたが謝るのよ!」
少年は何も悪くない。むしろ自分が謝りたいくらいだ…と、瑞葉は自分への罪悪感が一層強くなる。とにかくここは、話を切り替えるしかないと思った。
「名前教えてよ」
瑞葉は少年の名前を訊いた。
「名前?矢櫃 光磨って言うんだ。君は?」
「久地 瑞葉よ。歳は?」
「14歳」
「なんだ。私と同じじゃない」
「同い年なんだ!僕よりちょっと背が高いし、大人っぽいね!」
光磨の褒め言葉に、瑞葉は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「あんたの背が低いだけよ!」
「がーーん」
その気持ちをごまかそうと、突き放すように言い放つが、背が低いと言われた光磨は、瑞葉の予想以上にショックを受けてしまう。
「ごめんごめん!そんなにショック受けないでよ!男の子なんだからまだまだ伸びるわよ!だから元気出して!」
瑞葉は慌てて詫びを入れるのであった。
―――こうして、瑞葉は思いもよらぬ形で、能力者と知り合いになったのである。




