第3話 最初の試練 その1
志乃は唾をゴクッと飲み込んだ。魔女狩りの男が自分に殺気を向けている。今までこんな経験がなかっただけに、自分の心に冷たく突き刺さるような感覚が殺気によるものだということを十二分に理解した。そして、自分が狙われている身であることを実感した。
「どういうことだ?説明を要求するよ…渡良瀬亮司」
札内は再び亮司を見て問いかける。その目つきは、同胞に向けるものではなかった。
「俺が説明嫌いってことは知ってんじゃなかったか?」
亮司はうろたえずに強気の態度に出る。こういう場面でこそ、気で押し負けてはならない。
亮司の反応を見て、札内はフッと口元を緩める。
「そうだったそうだった…。君を相手にしていると、察する能力が上達するんだよね…。おかげさまで。とりわけ…そこの魔女を助けたってとこだろ?」
ばれてる……志乃は冷や汗を垂らす。この魔女狩り、どうやら亮司のことをよく知っているようだ。ごまかしの望みは薄い。
一方、亮司は黙ったままだ。無言のまま札内を見ている。
「図星ってとこか…。どういう経緯で助けたのかはともかく、亮司、君は自分の立場がわかってるのか?魔女狩りだよな?魔女を狩るんだ。こんなに簡単な言葉は無いってくらいだ。魔女を助けたら…どうなるかってことくらい想像しているだろう?」
瞬間、亮司の体がひっくり返って宙を舞った。
「…!?」
志乃は突然の光景に目を見張る。札内が手を出す姿は見られなかった。亮司の体が勝手に、上下逆さまになって宙に投げ出されたのだ。
「うっ…!」
亮司は何とか受け身の体勢に持っていくが、地面に激突した衝撃をもろに受けた。
「渡良瀬!」
志乃はすぐさま亮司の傍へ駆け寄る。一体何が起こったのか、志乃には理解できなかった。この魔女狩り、ただの人間ではないのか…。
「こういうことになるんだ。裏切り者。…君に対してこの言葉を使いたくはなかったね」
札内はそう言うが、違和感を感じるくらいに冷静だった。さもそれが当然であるかのように…。
「俺も…最初の敵がおまえになるとは思わなかったな」
亮司の方も、攻撃を受けたというのに冷静な口調でそう答える。そんな態度に札内はフッとにやけ
「まぁ…君への信頼なんて無いに等しかったけどね。君への見せしめに、隣の魔女をいたぶってやろうか」
次なる標的は志乃…。だが、彼女は既に一手を打っていた。
「…!?」
突如、札内の体にロープの形をした光が巻き付き、彼の動きを封じ込めたのだ。
志乃は立ち上がって札内を睨み付ける。
「そうはさせない。あんたは私にやられる第一号になってもらうから!」
志乃はそう強く宣言すると、手を札内に向けてかざし、光弾を放った。
動きを封じているから、攻撃は必ず当たる……志乃はそう確信していた。
だが、ありえないことが起きた。
「なっ…!」
光弾は札内に当たらず後方の建物に当たった。爆発音だけがむなしく響く。なぜ、避けられたのか。
それは、札内が逆さまになって宙に浮いているからだ。さっき亮司がそうなっていたように。ただ、違うことは、亮司がすぐに重力に従って地面に落ちたのに対し、この男はずっとその場に留まっている。
「まさか…あんたも魔術を…!?」
どう考えても特別な力を持っている。それはつまり、自分と同じ魔術ではないのか。
「"魔術"などという野蛮なものと一緒にするな。これは能力。魔女を駆逐するための正統な力だよ」
志乃は魔術を馬鹿にされたことに憤りを感じるとともに、"能力"という言葉に眉をひそめた。
「能力…?あんた達魔女狩りは、魔術を危険視して排除しようとしてるんでしょ。なのに、排除する側がなんでそんな"特別な力"を持ってるわけ?」
排除する側が魔術と似たような力を持っているのは、魔術を排除することに矛盾が生じてくるのでは――志乃はそう思った。すると、札内の姿が再び正しい向きになって地についていた。
「それが何か問題でも?力を制するには力が必要。そんな単純なこともわからないのか魔女どもは」
いちいち魔女を馬鹿にするような態度と言動を取る。こうやって挑発して感情を昂らせ、隙をつく策なのか。それとも、素でそう思っているのか……そのどちらもに当てはまりそうだ。いずれにしろ、どうやってこの男を退けるか考える必要がある。
まずは…この男の能力を見極めなくては…志乃はそう思った。今のところ、自分や相手を逆さにできる…ということだけしかわからない。
志乃がジッと札内を睨んでいると、彼はフッとにやけ
「きみは今…俺の能力が、"相手や自分を逆さにして宙に浮かすことができる能力"だと思ってるだろ?」
「…!」
瞬間、札内の姿が視界から忽然と消えた。
「如月!後ろだ!」
渡良瀬の声に志乃はハッとした。やつは今、自分のすぐ後ろにいるのだ…!
「なっ…!?」
志乃が気付いて体を振り向かせたときはもう遅かった…。
ドカッ…!
札内は志乃の腹部を勢いよく蹴り飛ばした。志乃の体はいとも簡単に宙に飛び、地面に落ちて何度も転げまわってようやく止まった。
「いっ…!」
魔女とはいえ、体が丈夫なわけではない。志乃は強烈な一撃を喰らった腹部を押さえ、激痛に表情を歪ませる。
「どうだ渡良瀬?これが魔女のいたぶり方だ。よーく目に焼き付けておけ」
札内は愉快そうにそう言うと、懐から拳銃を取り出し、消音装置であるサプレッサーを取り付けた。
魔術で攻撃しても避けられる…。簡単に想像つく展開が、余計に志乃の恐怖心を仰いだ。




