第2話 運命の決断
渡良瀬亮司はいつものようにターゲットを追っていた。彼は無表情のままに魔女を追い詰め、必死の抵抗をものともせずに"たま"を放つ。そして決まってこう忠告する。
「効果は2日だ。2日以内にこの町から出ていけ」
説明とは程遠い、必要最低限の情報を組み合わせただけの言葉……、当然魔女は困惑するが、魔力を感知されないようにしてくれたとわかると、困惑も吹き飛び、亮司に感謝の気持ちを伝えて去っていった。
いつも通り、すんなりと事が運び、亮司はホッと一息ついた。
「へぇー。まさか、一人一人逃がしていくつもり?」
突然聞こえた声に、亮司の心から安堵が消え去った。動作が止まった亮司の前に現れたのは、昨日忠告を受けたはずの魔女――如月志乃だった。
「おい、なんでまだいるんだ?忠告したはずだ」
亮司は獲物を見つけた鷹のような目で威圧を放つが、当の志乃は動じる様子も見せずに、可憐な瞳で窺うように亮司を見る。殺伐とした雰囲気を持つ亮司と、どことなくほんわかした雰囲気を持つ志乃――この二人はまさに相反していた。
「忠告は効果が切れるまでにこの町を出ること。――なら、今日までは大丈夫でしょ?」
何を言ってるんだこの魔女は。自分の身に危険が及ぼうとしているのに、屁理屈を言っている場合じゃないはずだ。
「死に急ぐ魔女は初めてだ。それともこの町に愛着があるのか?」
「愛着ねー。それ以上に気になることが一つ。あんたは魔女狩りなのにどうして魔女を助けているのか」
亮司は酷くめんどくさそうな顔をする。長々しい説明をしなくちゃならない状況というのは彼にとって毒なのだ。そもそも、2日という保険をかけてやっているのに、それを無駄にしてまで何故知りたいのか。"助けてもらった"――――それだけでいい筈だ。
「俺は説明することがそもそも嫌いだが、"面倒な"説明はまっぴらごめんだ」
こうまで言っても、志乃の方は納得した表情を見せない。それどころか、亮司にとって予想だにしていなかった返事が返ってきた。
「じゃあ、私はあんたの魔女助けを手伝ってあげる」
「はぁ!?なんでそうなるっ!?」
亮司は今まで押し殺してきた感情を前面に出して、声を荒げた。
「私はあくまで魔女として同胞を守りたいってだけ」
「なら、一人で勝手にやってろ!魔女がいたんじゃ足手まといになるだけだ!」
「あっ!足手まといって言ったわね!それは酷いんじゃない!?あんたは私の力をまだ知らないでしょ?こう見えて結構実力あるんだから~」
志乃は胸の前に手を当てて自分をアピールするように見せつける。彼女はただの人間ではない。魔術を操る魔女だ。仲間になってくれるのであれば頼りになる存在となるだろう。
だが、亮司はそれを良しとしなかった。
「おまえは魔女狩りを知らなすぎる。だが、知らないことはある意味幸福だ。このままただちに町を去れば、その幸福を維持できるぜ」
亮司としては、ここまで言ったんだから、どんなに分からず屋でも町を去るだろうと考えていた。
しかし、この魔女はとんでもなく分からず屋だった。
「ビビって逃げて得られる幸せなんてまっぴらごめんよ!あんたが嫌で嫌で仕方ないなら一人でやる!私としても、足手まといだって思われたくないし」
志乃はそう言って目線を下に下げる。だが、心の中では納得を求めていた。この男が魔女狩りでありながら何故魔女を助けるのか―――。そして、この男に助けられたことで、自分も誰かの役に立ちたいと思うようになったこと――その思いに正直になりたかった。
「一時の見栄が命取りになるぞ。それを覆す覚悟はあるのか?」
亮司の忠告は短く簡素だったが、志乃には重くのしかかった。今、この時の決断が後々大きく響いてくるのだ。果たして、自分には本当に覚悟があるのか…?魔女狩りがどんな集団なのかろくに解らない。他の魔女狩りに襲われる前に、たまたまこの男に見つかったから助かった。そんな奇跡に感銘を受けて死に急ぐのは愚かなのではないか……?
志乃の頭を錯綜する様々な思い。だが、その中で一つの答えを導き出した。
「あんたの言う"覚悟"に見合うかはわからないけど、私は自分の思いに正直でありたい!」
志乃の目は真っ直ぐ亮司を見つめていた。亮司は彼女の返事にフッと口元を緩め
「いい答えじゃねぇか。筋金入りの分からず屋だと思っていたが、結構気持ちの良い奴だな。気に入った」
「えっ!?じゃあ付いてっていいの!?」
瞬間、志乃の表情はお天道様も顔負けなくらい晴れ晴れとなった。それはもう、亮司がまぶしいと思うくらいの。
こうして結成された摩訶不思議なコンビは、志乃が予想以上の活躍を見せた。彼女は魔女だけあって、亮司以上に魔力に敏感だった。だから、いち早く魔女の存在をキャッチして亮司に伝えた。亮司は認めたくなかったが、彼女が仲間になったことで、今まで以上に円滑にことを進められるようになった。
志乃としても、亮司に認められるようにと必死で頑張っていた。ただ、表面ではそんな必死さを見せず、ぶっきらぼうな亮司を日々おちょくっていた。
「渡良瀬は口下手なんだよ~。雰囲気は十分緊迫感があるんだけど、言葉が端的すぎてそれを崩しちゃってる感じ」
「あ~?なんだ?ちょっと俺より早く魔力を感知できるからってよ」
亮司はハァーとため息をつく。少しばかり優秀だからといって鼻を高くしてるんじゃないか…と思った。だが、志乃が頑張っていることは亮司も内心認めていた。
すると、亮司は打って変わって真剣な表情を見せる。
「ところで如月、おまえは既に、魔力打消しの効果が切れている」
「それなんだけど、またあの吸盤を付ければいいんじゃないの?」
効果が2日間というなら、それを立て続けに使えば問題ないのではないか。志乃は単純にそう思った。
「だめだ。こいつを一回使えば、体に耐性がついて二度は効かなくなる」
「そっか…。そんなうまい話はないか…」
少しは期待していたようだ。
「俺が言いたいことは、他人の心配をする前に、自分の身の心配を一分一秒怠ってはならねぇってことだ」
釘を刺す亮司。もう安心はできないのだ。いつなんどき、魔女狩りが志乃を狙ってやってくるかわからない。彼女がそれをわかっているのか改めて不安になった。
「わかってる。でも正直、魔女狩りと戦ったことなんてないから……」
亮司以外の魔女狩りは一体どんな奴らなのか…。亮司と出逢った時に現れた男はかなり鋭い目つきをしていた。
「戦うなんてこと考えるな。逃げろ」
「それじゃ、あんたはどうするの?」
「俺にとって邪魔となるなら、排除する」
亮司は酷く冷静にそう告げた。志乃は一瞬ビクッとなって
「は、排除…?あんたは魔女狩りでしょ?そんなことしたら…」
「組織から追われる身となる……。別にそうなっても構わない。むしろ、今までそうならなかったことの方が奇跡だ」
平然とそう言い切ってしまうものだから、志乃もあっけらかんとしてしまう。だが、それが本心であることは彼の目を見れば明らかだ。
志乃はまだ亮司のことをよく知らない。気にはなるが、慌てて訊くこともなかろう。そのうちにそのうちに……志乃はそう思っていた。
「そこにいるのは渡良瀬亮司だね」
突如聞こえた見知らぬ声。志乃はハッとして声の聴こえた方を向く。それよりも素早く亮司がその男を見ていた。
男は3階建ての雑居ビルの屋上にいた。年齢は20代前半くらいだろうか。落ち着いた雰囲気を持つ青年だった。
「札内夕弦か。久しぶりだな」
「相変わらず、歳不相応な落ち着きぶりだね。感心感心…」
札内はそう軽く亮司をほめると、バッと屋上から飛び降りたのだ。
「えっ…?」
志乃は目を疑った。ゆうに10メートル以上はあるというのに、札内は段差を越えるような軽い感じで飛び降りたのだ。
タッ…
だが、札内はまったく慌てる様子も見せず、足を曲げて華麗に着地して何事もなく体を起こした。
「…ところで、隣の子はなんだい?」
志乃は平然を装いつつも、心の中でドキッとする。ついに来たか…!そんな感じで身構えた。
「あぁ…ガールフレンドだ」
「が、ガールフレンドぉ!?何言ってんのよあんたは!!」
どんな優秀なツッコミよりも素早く、志乃は弾丸のごとく反論を放った。
亮司は話を合わせない志乃に苛立ちを感じたが、ここで下らない口論をしては余計に怪しまれてしまう。とにかくここは円滑に進めなくてはならない。
「どうやら俺の勘違いだったらしい…。ただの友人だ」
「ハハハ!片思いってやつか。なんか悪いね~。俺が訊いたせいで傷を付けちゃったみたいで」
「いやいや、札内は悪くない。俺の詰めが甘かっただけだ」
亮司の受け答えに札内は笑いを堪えられず、ハハハと両手で腹を押さえる。
「まったく面白いコントを見ているみたいだ。魔女に片思いだなんて…冗談だろ?」
瞬間、札内は志乃を見て殺気を放った。それはさすがの志乃も平静を崩さざる負えなかった。
「ちっ…とうとう見つかったか…」
亮司は舌打ちをして歯を噛みしめた。




