第1話 相反する二人
街の中心部を闊歩する人達――社会人、買い物客、学生、休みを謳歌する者――毎日決まったように展開される至って普通の光景だ。何もおかしなことは無い。
"ただ一人の少年を除いて"
少年――渡良瀬亮司は、何かを観察するような目で人々に紛れていた。亮司の目は一人の少女のみを認識していた。制服を着た普通の女子高生…。そして、疑いは確信へと変わり、亮司は口角を上げる。
「見つけたぜ…。魔女」
「な、なんなんですか!?」
亮司はターゲットの少女を袋小路に追い込んでいた。身に覚えのない少女は焦った表情で亮司に問いただす。少女は何とかこの場を切り抜けようと必死なのだろう。亮司はそれを見通していた。
「魔女狩り…これだけ言えばわかるだろ?」
その言葉を聴いた途端、少女の表情は亮司の期待通りのものへと変わった。
震える両手で頭を押さえ、少女は恐怖に屈服する。
「そんな…!こんないきなり…!私、何にも悪いことしてません!!」
命乞いをする少女―――いや、魔女。この名が示す通り、この少女は"普通"ではないのだ。
「悪いがその言い訳は聞き飽きた。魔女狩りは魔女を"狩る"――犯罪者を捕まえるのが警察ってことぐらい自然なことだ」
亮司は容赦する気など毛頭ない。間髪入れずに武器である拳銃を取り出して少女に銃口を向ける。
少女は歯を食いしばり、亮司を睨み付ける。身の危険を感じた生き物はどうするか…。答えは簡単……害を与えようとするものへ抵抗しようと本能が働き出す。
少女は右手を亮司に向けてかざした。すると、突如亮司の腕に光り輝くロープのようなものが巻き付き、強い力で締め付けてきた。
「みすみす魔女狩りに殺されるなんていや!あんたら魔女狩りは私達を勝手に害悪だと決め込んで排除しようとしてる!意味がわからない!魔術を悪用なんかしていないのに!」
少女は思いを吐き捨てるように言い放つ。少女は何も悪いことをしていない。ただ、"魔女"というだけで排除されるのだ。
「言いたいことはそれだけか?……あばよ」
バァン!
言い終わるのと同時に銃声が響いた。
少女の額に風穴……ではなく、ピンク色の吸盤が引っ付いた。
「……へっ?」
一瞬、時が止まったかのように静寂が流れる。少女は一体何が起こったのか理解がワンテンポ遅れた。
「どうだ?驚いたか?」
「な、なんのつもりよ!!散々怖い思いさせた挙句に…!!」
緊張の糸が一気にほぐれ、少女は背中にのしかかった石を押しのけるように罵声を浴びせる。
「"忠告"だ」
「なっ…!?」
亮司の表情は崩れない。銃こそは既にしまったものの、重苦しい雰囲気は依然解放しようとはしなかった。
「効果は2日。それまでにこの町から出ていけ」
「効果…!?一体何のこと…!?町を出てけって…!そんないきなり!」
少女は忠告の意味がまったく分からない。だが、亮司の方は丁寧に説明しようとする気はなかった。
「いいから出てけって言ってんだ!効果が切れた後に見つかったりしたら取り返しがつかないことになる!鮭が遡上した川で熊に食われるくらい当たり前のことだ!」
亮司は少女に迫る勢いでそう言い放つ。
「当たり前って…!あんたの説明が足りな過ぎるのよ!全然理解できない!」
少女の方も負けじと亮司に食いつき、二人は互いに火花を散らす。
「ったくよぉ!わっかんねぇやつだな!こっちは時間が…!」
「おい、亮司」
言葉を遮るように、亮司は背後から声をかけられた。亮司は声の主を瞬時に理解した。当然知っている。
亮司は少女を隠すように前に出て、その動作の間に少女の額に付いている吸盤を取った。
「魔女はやったのか?…おい、後ろの女はなんだ」
男は亮司の後ろにいる少女の存在に気づき疑いの目を向ける。
「あぁ…、魔女がこの子を襲おうとしてたんで、助けに入ったんだよ。魔女は間一髪逃げちまった」
亮司の説明を受け、男は亮司を見た後、再び少女の方を見つめる。
「…なるほど。その子からは魔力を感知しない。お前はその被害者を介抱しろ。俺は逃げた魔女を追おう」
男はそう告げて、その場から去っていった。
亮司は男がいなくなったのを確認すると、再び魔女の方を見た。
「こういうことだ。わかったろ?」
「あんた……魔女狩りなんでしょ?さっきの男も仲間なんでしょ?なのになんで嘘を…?」
亮司は深いため息をつく。彼は説明するのが大層嫌いだった。てっとり早く理解してくれればそれが一番いい。
「ったくよー。説明をよく要求する女だなー…。お前とは気が合わないね」
「合う合わないなんか今はどうだっていいでしょ!嘘の事もそうだし、さっきの男…私から魔力を感じないって言ってた。どういうこと?あんたは私の魔力を感知して見つけたんでしょ?」
これでも亮司は細かい説明をする気は無い。
「だから効果は2日。明後日以降に俺以外の奴に見つかれば、一発アウトだ」
「…!!あんた…私を逃がそうと…」
少女はじっと亮司の顔を見る。この魔女狩りは自分を庇ってくれたのだ。
対して、亮司は頭をカリカリと掻き
「へんな思考はやめろ。邪念は捨てろ。逃げ延びることだけ考えるんだ。いいか。もう一度言うぞ。効果は2日だ」
亮司はそれだけ告げて立ち去ろうとしたが、少女がそれを止めた。
「待って。名前…教えてよ」
亮司はとりあえず足を止めるが、めんどくさそうに少女を見た。
「田中太郎」
「嘘言わないで本当の名前言いなさいよ」
「なんだよ…。本当にそうだったらどうすんだよ…。渡良瀬亮司」
すると、少女は頬を緩め
「やっぱり嘘だったじゃない。私は如月志乃。とりあえず覚えといて」
「俺は説明と他人の名前を憶えんのが嫌いなんだ。早く消えな。名前覚えちまう前に」
亮司はさっと体を志乃から反らし、そのまま立ち去った。志乃はその姿を見つめ、少し複雑な気分になった。