第15話 魔女の意志 その1
さわやかな晴天日、志乃はいつもより少し早めに家を出た。別に何か行事があるわけでもなく、平常授業の日なのだが、志乃は珍しく待ち合わせをしていた。
「あっ!美雨ちゃーん!」
小川に架かる橋の手前で美雨の姿が見え、志乃は手を上げて声をかけた。声掛けに反応して美雨が顔を振り向かせる。その姿は上品そのもの。登校している周りの生徒は美雨の姿を見て釘付けになっていたし、美雨に駆け寄る志乃にも注目を寄せた。
「あの子って…確か噂の美女転校生だよね」
「そうそう! 黒薙美雨って名前らしいよ。名前からして上品だよねー」
周りからの視線が寄せられるが、美雨も志乃も構わずに会話をしていた。志乃は頻繁に笑顔を振りまける。美雨は感情豊かではないが、彼女の眩しい笑顔を見てしまうと、自然と心が温かくなった。
そんな二人の姿を、志乃の友人である由香と小蜜が目撃した。
「こ、小蜜…。見てよあれ」
由香は呆気に取られた様子で志乃たちを指差した。
「あっ!志乃ちゃんが黒薙さんと一緒にいる!」
意外過ぎる展開だった。それもそのはず、昨日転校してきたばかりの美雨と友人の志乃のペアは違和感バリバリだし、そもそも二人の接点があっただろうか…。
いや…あった。昨日の休み時間、志乃が美雨から唐突に声をかけられたことがあった。休み時間の間だけだったが、あの時間に何かあったのか。
「あの二人に一体何が…!?」
由香は緊迫した表情で二人の動向を窺う。昨日知り合ったとは思えない雰囲気だ。
「あっ!由香に小蜜!おはよー!」
……と、志乃が由香と小蜜に気付いて声をかけてきた。志乃の様子を窺っていた二人は不意を突かれたような顔をするのだった。
昼間時、亮司は街中の露店喫茶でくつろいでいた。小洒落た感じの店だが、客の数はまばらだった。亮司にとってはむしろ好都合で、味が好みでゆっくりできる穴場だった。
すると、一人の少女が店内からカップの載ったトレーを持って出てきた。少女の髪は真紅のような深みのある赤色をしており、長い髪をポニーテールにしていた。その少女は、周りの席が空いているにもかかわらず、亮司と同じテーブルの向かい合わせの椅子に腰かけたのだった。
亮司は少しの間、少女のことをじっと見ていたが、少女は気にせずにコーヒーを一口飲んだ。
「…もしもし。周りが空いてるのに、なんでまた相席を選ぶんだ?それに、一言俺に声かけるのが礼儀ってもんだろ」
亮司は少々不服そうに声をかける。彼としては、一人でゆっくりコーヒーを飲みたかったのに、向かいに人が来たのでは落ち着いて飲めやしないから嫌なのだ。
「ごめんなさい。ここに座ってもいい?」
少女は淡白な口調で今更断りを入れる。その態度が一層亮司を不機嫌にさせる。
「あんた変わり者だな。生憎俺は一人でゆっくりコーヒーを嗜みたいんだ。他の席へ行ってくれ」
「それはできない。なぜならおまえに用があるから」
少女はそう告げて、ジッと亮司を見てきた。亮司は怪訝な表情を浮かべ
「俺に用?コーヒー飲んでる時ぐらいゆっくりさせてほしいもんだがな」
「ゆっくりなんてできない。魔女狩りの渡良瀬亮司」
「…!」
亮司は少し驚いた表情を浮かべた。その反応を見て少女は口角を上げる。
「私は魔女。魔女同盟に所属している魔女。話は美雨から聞いてる。なんでもこの町に住む魔女たちを助けてるんだとか」
「黒薙の仲間か。俺に何の用だ?ちょっかい出しにきたのか?」
この少女は魔女―――。彼女が自らの口で魔女と言うまでは気付かなかった。…つまり、この少女も美雨と同様に魔力を隠すことができるのだ。そして、美雨と同じ魔女同盟のメンバーのようだ。魔女狩りである亮司に用があるらしいが、あまりいい話ではないだろうと亮司は予想していた。
「違う。私達魔女同盟は魔女狩り撲滅に向けて動き始めている。おまえは魔女狩りに所属しているけど、"私達"側の人間でしょ?だったら協力しなさい」
少女の態度と物言いは、依頼と言うにはひどく高圧的だった。年齢も亮司と同じくらいだ。何も偉そうにする権限などない。こんな態度で唐突に協力しろと言われたら、その気があったとしても断るだろう。
「嫌だね」
亮司は肘をついて手短に返事をしたが、気に食わない気持ちを顔と口調に極力表した。…だが、少女は事務的な態度でそれを切り捨てた。
「これは命令。おまえに断る権利は無い」
「おいおい。独裁者気取りか?百年ははえーよ」
亮司は皮肉を交えた笑みを浮かべる……が
次の瞬間、
ボウッ…!
「!」
亮司の両腕にリング状の炎が巻き付いたのだ。これがこの少女の魔術なのか。
「その炎の手錠はおまえが抗えば抗うほど高温になっていく。死にたくなかったら私について来い」
この少女の目は嘘をついていなかった。抗えばマジに殺しにかかるだろう…と、亮司は腕にかけられた炎の手錠を見ながら思った。
志乃は学校を終えて、美雨、由香、小蜜の3人と下校していた。この一日で由香と小蜜もすっかり美雨と仲良しになっていた。
「美雨ちゃんが前にいた学校はお気の毒だね。こんな美女がいなくなっちゃうなんて大打撃…!男子たちはさぞかしショックを受けただろうに」
由香がジェスチャーを交えてそう言うと、美雨は苦笑いし
「そんなことないわよ…。あっちには彼氏もいないし、なんの未練もないわ」
「おっ!ってことは彼氏募集中ね!気になる男子がいるならあたしが手伝ってあげるから!」
由香が胸を張って自信たっぷりでそう言うが
「美雨ちゃんに手伝いはいらないでしょ。こんな綺麗な子、一発OKに決まってるよ」
横から志乃が眉を八の字にさせて口を入れる。すると、由香はにやけ
「あれれ~?もしかして志乃~美雨ちゃんの美しさに嫉妬してるなぁ?いじけるな~いじけるな~」
そう言って、志乃を宥めるように肩をポンポンと叩く。当然志乃は顔をしかめる。
「嫉妬なんかしてないから!」
「心配しないで志乃ちゃん。志乃ちゃんも男子に人気あるんだよ~」
「えっ!?えっ!?」
小蜜は素直に元気づけようとしたようだが、その発言を聴いた志乃は途端に顔を赤く染めてしまう。
「でも志乃にはもう相手がいるものねー」
美雨がここで悪乗り。即座に由香が目をギラつかせ、ロケットのような勢いで食いついてきた。
「えぇー!?誰!?誰!?」
「いないいない!!いないからぁーー!!」
志乃は両手を横にブンブン振って必死に誤解を解こうと訴える。
「名前教えて!!名前!!」
だが、意味無し。由香ロケットは推進力を増すばかりだ。
「あぁぁぁぁもぉぉぉ!!」
志乃はどうしようもなく、大声でわめくしかなかった。
何とかほとぼりを冷まし、電車で通学している由香と小蜜とは途中で別れ、そこから先は美雨と二人になった。
志乃はガクッと肩を落とし、力の抜けた腕をダラッと垂らす。
「はぁ……疲れた…」
「ごめんなさい。口走っちゃったわ」
美雨が苦笑いして落ち込む志乃に詫びる。志乃は涙目で美雨を見上げ
「もう…ひどいよ…」
「ごめんなさい。お詫びにこれあげるから」
美雨はそう言って、鞄から袋に入った小さいサイズのバームクーヘンを取り出して見せた。志乃はジト目で
「そんなお菓子で機嫌が良くなるほど単純じゃないぞ私は。…でもちょうだい」
「え…ほしいの?」
「…うん」
志乃は顔を合わせずにバームクーヘンを受け取り、袋を開けると、おいしそうに食べだした。そんな単純な彼女を見て、美雨は眉を八の字にさせて困った笑みを浮かべた。
―――だが
「見つけた」
大きくはないものの、威圧的なその声が聴こえた瞬間、美雨の顔から笑みが消え去った。彼女は勢いよく体を振り向かせる。…と、視界に真紅の髪を持つ少女が映った。…自分はこの少女を知っている。
「月音…!どうしてここに…!?」
美雨は目を見開いて訊いた。対して、月音と呼ばれた少女は相変わらず威圧的な目を向ける。
「連絡がないと思って探しに来たら……一体何を呑気におしゃべりしてる。その子は如月志乃でしょ?組織に入れたのか?」
月音の問いかけに美雨は口をつぐみ、目線を下に下げる。
「美雨ちゃん…あの子…仲間?」
苦しい表情を浮かべる美雨を志乃は心配そうに見つめる。すると、月音の方から近づいてきた。
「私は緋崎月音。黒薙美雨と同じ魔女同盟のメンバー。あなたに訊く。魔女同盟に入ったのか」
月音はじっと志乃を見つめてきた。志乃は彼女の威圧に気圧されずに面と向かって言った。
「魔女同盟には入ってないし、入るつもりもないです」
「…そう。つまり、美雨。あなたは任務を放棄したのか」
月音が的を美雨に戻し、彼女を睨み付ける。
「放棄なんかしてないわ!!ただ…この子の意志を尊重したくなっただけ!!」
美雨は勇気を出して自分の思いを投げかけた……が、月音はフッと嘲笑い
「下らない。今はそんな呑気なことを言っている場合ではないでしょ?……如月志乃」
月音は再度志乃の方に目を向けた。志乃はただならぬ雰囲気に冷や汗を垂らす。
「あなたは魔女同盟に入らなければならない。これは命令」
「なっ…!?命令!?意味わかんないよ!!なんで私が入らなきゃいけないの!?」
唐突に下された命令…。せめて理由だけでも教えてほしいと訴えると、思いもよらぬ返事が返ってきた。
「あなたをよく知る人からの命令だから。魔女狩りを殲滅するには、あなたの強大な力が必要だ」
「私をよく知る人…!?強大な力…!?」
志乃は話が呑み込めなかった。突然そんなことを言われて理解できるわけがない。
「さ、組織に入りなさい」
「嫌!!意味わかんない!!私はそんな力なんか無い!!それに、私は魔女たちを助けたいとは思ってるけど、魔女狩りの命を奪おうなんて思ってない!!渡良瀬と美雨ちゃんと3人で魔女助けをするから…ほっといて!!」
自分の思いを叫ぶ志乃を見て、月音は冷たい笑みを浮かべた。
「その渡良瀬亮司を今預かっている。組織に入らなければ…この男を殺す」
瞬間、志乃の心が凍り付いた。




