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魔女狩り少年と光の魔女  作者: 揚げパン
第1章 小さな芽吹き
13/202

第12話 羽の取れた蝶 その2


 2年前の夏の日―――この日は珍しく、連日の暑さを忘れてしまうくらいさわやかな日和だった。

 黒薙美雨は公園のベンチで一人読書をしていた。この爽やかな日、思わず外で読書がしたくなったのだ。白を基調とした夏用の制服を身に纏ったその姿は、周りの緑に華を添えているようだ。

 彼女は一人の時間が好きだった。周りに気を配らずにのびのびとできるし、自分だけの世界に浸ることができる。物静かな時間が流れていき、聞こえるのはページをめくる音だけ。


 ヒラヒラ……


 そこへ、一匹の蝶が舞いこんできた。その蝶は見入ってしまうような美しい黒に染まっていた。なにものにも染まらない、周りの緑にもそぐわない。…そして蝶は彼女の肩に止まり、羽を休める。

 すると、美雨は本を読むのを止め、顔を上げた。同時に、肩に止まっていた蝶がサラサラと砂のように消えていってしまった。


「そう……魔女狩りが…」


 彼女は遠い目でボソッとそう言った。


 カチャ…


 彼女は目を向けずともわかっていた。自分の背後に銃を突きつける男がいることを。そして、銃を向けているその男が、自分と同じくらいの年齢である少年であることを。


「おい魔女。こんな物騒なものを突き付けられているってのに、えらく落ち着いてるな」


 少年は鋭い眼光を見せつつも、感心したようにそう話しかける。しかし、美雨は返事をよこさない。その代わり、少年の視界に、一匹の蝶が映り込んだ。先程と同じ、美しい黒に染まった蝶だ。

 蝶は少年の頭上に向かって飛んできながら、きらきらと光る鱗粉を撒いていた。その鱗粉を、少年は知らず知らずに吸い込んだ。


「……!?」


 少年は体に何か違和感を感じた。―――と、少年は銃を握っていた手を広げ、銃を下に落としてしまったのだ。


「な、なんだ…!?体が勝手に…!?」


 少年が意図して落としたのではない。手が勝手に銃を放したのだ。少年はこれが目の前の魔女のしわざだと理解した。彼女は少年を操っているのだ。自分の手を動かし、少年に同じ動きをさせる……これが彼女の魔術だ。


「次は足が勝手に…!」


 美雨が左足を下げると、少年の左足も同じ様に後ろに下がった。足元に落ちている銃を蹴るつもりだ。後ろに下がった足は、今度は前に動きだし、銃を蹴ろうとした―――――が


 ピタッ…


 なんと、美雨の足がピタリと静止してしまったのだ。美雨は驚愕して、初めて後ろを振り返った。


 パァン!!


 その瞬間、突き刺すような銃声が美雨の耳を襲った。そして、美雨は反射的に目を瞑る。――――空白の時間。まだ意識がある…。美雨は恐る恐る目を開けた。

 ……額には銃弾ではなく、ピンク色の吸盤がくっ付いていた。拍子抜け…というのはこのことか。


「期限は二日後だ。それまでにこの町から出ていけ」


 少年が唐突に話し出した。一体何のことか…。まったく理解できない。


「町を出ていけ?いきなり何よ…!それにこの吸盤は何のマネ?」


 美雨は眉を寄せて少年に迫る。この少年…一体何がしたいのだろうか?額に付けられた吸盤はただのいたずらなのか。


「そいつは魔力が外部に漏れるのを防ぐ薬だ。これでわかっただろ?これ以上の説明はしたくないぜ」


 どうやら少年は説明することが嫌いらしい。だが、美雨は少年の言葉ですべてを理解した。少年は自分を助けてくれたのだ。魔女狩りがはびこるこの町から出ていけば、魔女である自分ものびのびと生きられる。その期限が二日後なのだ。


「あんた魔女狩りなんでしょ?どうして敵を助けるのよ…」


「敵だと思ってないからだ。コーラを振ったら噴き出すってぐらいわかりやすいことだろ」


 少年の表情は相変わらず無愛想だったが、この言葉が真意だと、美雨は心の中でなんとなく思うことができた。


「わたしは黒薙美雨。名前を教えてよ」


「渡良瀬亮司。言っておくが、俺は名前をすぐ忘れるタイプだからな」


 ここで美雨は初めて表情がほころんだ。


「あなたの忠告通り、この町を出ることにするわ。お礼を言わせて。助けてくれてありがとう」


 美雨はそう言って笑みを見せたのだった―――――




「ぐわああぁぁ…!!」


 美雨の耳に亮司の呻き声が響く。そして瞳には、赤い血しぶきを出しながら倒れていく亮司の姿が映った。


「渡良瀬ぇぇ!!」


 次に聴こえたのは志乃の悲痛な叫び。彼女はすぐさま座り込んで亮司の体を抱えた。

 そして、そこへ二人の魔女狩りが現れたのだ。……美雨はようやく理解した。この魔女狩り達が、亮司を攻撃したのだ。


「あんた達…!どうして渡良瀬を…!」


 美雨は拳に力を入れ、歯を噛みしめて葛と赤渕を睨む。


「おひょぉ~~…。あの魔女、すげぇー怒ってそうだぜぇ~…」


 怒りを見せる美雨を前に、赤渕は気圧されたのか、片手を唇の前に当てて、恐る恐る彼女の様子を窺う。それに対し、葛はまったく気圧されておらず、ドンと構えて逆に威圧を放っている。


「知ったこっちゃない。どうせ始末するんだからな。…だが、その前にあの裏切り者を始末せねばなるまい」


 葛の目は亮司に向いていた。彼は今、魔女狩りを始末するという使命感よりも、組織の規律を乱す愚か者を憎む心が優先していた。


「おれ、知らねぇんだよなぁ~…。渡良瀬……亮司だっけ…?」


 この殺気立った雰囲気の中で、赤渕の声は妙に拍子の抜けた感じがした。彼は相変わらず垂れた目で相方に尋ねる。


「奴の名なんて憶える必要はない。我々の記憶から消し去るのだからな。さぁ…次はどこを刻んでやろうか…」


 バサバサ…!!


 次の瞬間、美雨の周りに大量の黒い蝶が現れた。葛と赤渕は目を見張る。そして、黒い蝶が集まると、なにか見覚えのある形になっていくのがわかった。


「蝶が集まって……ありゃあ…剣か!?」


 赤渕が声を上げる。黒い蝶の集まりは剣の形になっていた。そして、それは黒く鈍い光を放つ剣そのものへと変わった。

 美雨は漆黒の剣を持ち、剣先を葛へ向けた。


「刻まれるのはあなた達の方よ。魔女狩り!」


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