第119話 光の魔女
しぶとく生きている青塚によって、月音、美雨、瑞葉、暁美、鬼怒の5人は亮司たちと"分けられて"しまった。青塚は人の認識を自由自在に操作することで、1つの部屋だった実験室を実質的に2つに分けた。青塚が能力を解除しない限り、5人は亮司たちと合流できないし、逆に向こうも月音たちに合流することができない。
とは言うものの、青塚の体は既にボロボロだ。大量に出血したせいで、意識ももうろうとしている。下手に動けば気を失ってしまうだろう。
それでも、青塚は意地を見せつけるように5人の前に立ちはだかる。このしぶとさはまさに、ボスへの強い忠誠心の表れだ。
「ボスの邪魔は…させねぇぜ……。今から1人1人順番に殺していく…。博士、あんたもだ…」
青塚は鬼怒を見てにやけ、殺しへの期待感を膨らます。対して、殺意を向けられた鬼怒は気圧されずに睨み付けた。
シュルシュルシュル……
その時、青塚の体に糸が素早く絡みつき、動けないように縛り付けた。
ゴオォォォ!!
そして、さらに炎が放たれて青塚に直撃した。
「ぐわぁぁぁぁ!!」
動くことのできない青塚は、灼熱の炎に焼かれて呻き声を上げる。それでも炎は無慈悲に放たれ続ける。
ドサッ…
遂に、青塚は力無く床に倒れ込んでしまった。だが、まだ油断できない。保険の意味を込めて、美雨が蝶を放ち、青塚の上から鱗粉を撒いた。これで体の自由が利かなくなり、不意を突いて攻撃することもできなくなった。
「へへへ……。用心深い…やつらだ…」
「早く能力を解除しろ」
月音が青塚の前に立ち、掌をかざして威圧を放つ。もう明らかに青塚の負けだ。…なのに、能力を解除しようとする気配がない。
「解除は…しねぇ…。絶対にな…。俺はボスの忠実な…部下だからな…」
体中に火傷を負っても、体の自由を奪われても、青塚は最後まで能力を解除しないつもりだ。今までずっと卑怯者のような汚い手を使い続けてきた青塚が、これほどまでの意地を見せつけてくるとは思いもしなかった。
死ぬまで解除しないのではないのか―――と、月音は思い、掌をかざしたまま、炎を放つことができないでいた。
間一髪のところでボスの体に光弾が当たり、亮司は心を支配されずに済んだ。そして、亮司は光弾を放った人物…志乃に顔を向ける。彼女の目が明らかに変わっていた。
「おまえ……戻ったのか…?」
亮司は恐る恐る尋ねる。微かな希望を胸に…。
志乃は弱りきった静歌をゆっくりと床に座らせると、立ち上がって頷き、優しく包み込むような微笑みを向けた。その表情に亮司の目が吸い込まれていく。
「戻って来たよ。それで、もう1人の私と打ち解けあうこともできた。言ってたよ。"私の完敗だ"って」
亮司は目を閉じてフッと口角を上げる。心をむしばんでいた不安が消えていき、入れ替わるように安らぎで満たされていく。彼女の光が心地よく温かい。
志乃は屈んで掌を静歌の胸の前にかざす。…すると、志乃の手が白く淡い光に包み込まれた。志乃は目を瞑り、念じるようにじっと佇む。…その光景を、亮司はじっと見つめていた。
少しして、光が収まると、静歌が目を開いた。
「し……の…?」
静歌はゆっくりと顔を上げて志乃を見つめる。今までずっと心を支配していた膨大な不安がいつの間にか消えていた。
「お姉ちゃん。もう不安にならなくていいんだよ。私ね、お姉ちゃんのこと大好きだよ。でも、お姉ちゃんだけじゃない。美雨ちゃんも、月音ちゃんも、瑞葉ちゃんも、暁美ちゃんもみんな大好き。そして…渡良瀬も……」
優しい声色が静歌の心に温もりを与える。嬉しい気持ちが込み上がってきて、静歌は涙を浮かべた。
静歌の心にあった不安―――志乃と離れ離れになってからずっとあった、"志乃を手放したくない"という不安。妹への過剰な愛情は、その不安の裏返しによるものだった。
それがようやくなくなっていく…。もしかしたら、ずっと心の不安を取り除いてくれる人を探していたのかもしれない。そしてそれは、奇しくも妹自身だったのだ。
「ありがとう…志乃…。あなたのおかげで…わたしは救われたわ…」
静歌は一筋の涙を流し、ゆっくりと目を閉じた。
「うぐぁ…!痛い…!焼ける…!心が…焼ける…!」
ボスの苦しむ声が聞こえ、亮司と志乃は目を向ける。ボスは服を強く掴み、ハァハァと荒い息を吐いていた。
「おのれぇ……魔女め…!人格が変わったことで…不安の支配から逃れることができたのか…!それならば…今の人格に私の不安を押しつけてやる…」
ボスは憎しみの目を志乃に向ける。亮司は志乃を庇おうと、彼女の前に駆け寄った。
しかし、志乃はすぐに亮司の隣へと歩み出る。
「今度は私の番だよ。みんな私のために戦ってくれたから…、今度は私がみんなのために戦う」
志乃は前を向いたままそう告げると、掌をボスに向かってかざした。
向かい合うボスは、自分に降りかかる不安を志乃に送り込む。
―――瞬間、志乃の手が白く光り輝き、眩しい閃光が実験室ごと包み込んだ。それは青塚の能力をも打ち砕き、閃光は月音たちの方にも届いた。
「この光は…!?」
突如として辺りが光の世界に包み込まれ、月音たちは驚愕したものの、すぐにこれが志乃の魔術であるとわかった。光は決して攻撃的でなく、すべてを包み込むような温もりは、心の中の不安をかき消し、安らぎを与えていく。
「たまげたぜ…。こんなすげぇ魔術は初めてだ…。すみませんボス…。どうやらここまでのようです…」
敵わないと悟った青塚は呆然と光の世界を見つめ、静かな口調でボスに詫びを入れる。そして、青塚の体は光の中へと消えていった。
「ぐわああぁぁぁああ!!」
ボスの絶叫が響き渡る。苦しい。とてつもなく苦しい。光が熱い。光が体を焼いていく。光の世界はボスの求める絶対的安心とは違った。
「安心を…!安心をさせてくれぇぇぇぇぇ!!」
この言葉を最後に、ボスの体は完全に焼失した。
小鳥の爽やかなさえずりと柔らかな陽光は、絶好の居眠り舞台を創り上げる。亮司はいつものように公園のベンチの肘掛けに足を乗せ、仰向けになって昼寝をしていた。
「まーたこんなところで寝てるー」
そこに、志乃と静歌の2人がやってきて、亮司が寝ているベンチの前に立つと、志乃は呆れ顔で亮司を見る。だが、じっと亮司の寝顔を見ているうちに、いつの間にか頬を赤くしていた。
「…あ?」
すると、亮司の目が開き、無愛想な表情で志乃を見た。亮司と目が合った志乃はなぜか恥ずかしさに襲われて、慌てて目を逸らす。その様子を見て、隣の静歌はクスッと笑みを浮かべた。
「おい、どうした」
「なんでもない!それより、今日は鬼怒さんの家に行く予定でしょ。今から夜ご飯の食材買いに行くよ」
「そうだったそうだった…。って、姉貴も一緒なのかよ」
亮司は体を起こし、予定外にいる静歌を少し不満そうに見る。
「あら、わたしもこう見えて料理は結構得意なのよ?それとも、志乃と2人っきりの方が良かった?」
静歌はそう尋ね、いじわるそうな笑みを浮かべる。亮司と志乃は共に顔を紅潮させ、目を泳がせた。
「あーあーわかったわかった!是非ともうまい料理を頼むぜ」
亮司は乱暴に立ち上がり、投げやり気分で歩き出した。
「あ!待ってよ渡良瀬!」
志乃も慌てて小走りで亮司について行く。
「もーお姉ちゃん!変なこと言わないでよね!」
「ごめんなさい。次は邪魔しないから」
「お姉ちゃん!」
「はいはい」
面白そうにからかう静歌を志乃が注意する。が、効果は薄いようで、静歌はからかい心を捨てる気はなかった。
その後、3人は話に花を咲かせながら、街の中へと消えていった。
―魔女狩り編 Fin―
これで、第1章から第5章まで続いた一連の物語が終わりました。
ぎこちない部分もありましたが、個人的にうまくまとめられたかなと思います。
ご感想などいただけたら幸いです。
この小説自体はまだ完結させる気がないので、次話からは一新した話を書きたいと思います。




