第117話 絶望に射す光
亮司の死を聞いた志乃が涙を流している。…静歌は衝撃を受けていた。そして、心の中の不安が増大していく。まさか、ここにきて人格が変わってしまうのか。
だめだ。絶対に志乃の人格を変えてはだめだ。――そう強く思った静歌は、両手で志乃の肩を強く押さえつけた。
「だめよ志乃!渡良瀬亮司はあなたの敵なの!彼が死んだんならそれでいいじゃない。あなたが泣くことじゃないわ」
静歌は志乃の顔を見つめながら、泣くことではないと諭す。―――しかし、志乃の涙は止まらなかった。
「志乃……まさか、あなた……人格が…変わったの…?」
静歌は目を見開き、恐る恐る尋ねる。もし…志乃が首を縦に振ったら……。
しかし、志乃は首を横に振った。
「ううん。変わってないよ。…でも、なんでだろ…?悲しくて…悲しくて…仕方がないの。心の奥底で……あいつが死んだら嫌だ…って叫んでるの」
人格は変わっていなくても、"如月志乃"の心が、渡良瀬亮司の死を悲しんでいるのだ。それはもはや…人格の壁を越えていた。
静歌は落胆したように両手を垂らし、絶望に満ちたような目を向けてきた。――そして、彼女は大きく息を吸った。
「だめ!!だめだめだめだめだめ!!あなたはわたしだけを見て!!わたしがいればいいのよ!!他には誰もいらない!!あなたとわたしだけがこの世界にいればいいのよ!!」
部屋中に響き渡る大音量で、肺の中の空気を出しきる勢いで叫んだ。それを月音たちは呆然と見ていた。病的なまでの妹への愛…。それは、志乃の心さえも潰してしまいそうだった。
―――その時、あらぬところから声が出た。
「いいだろう。安心しろ如月静歌…。君の願いは直に叶う」
ボスが不気味なまでの優しい声色でそう告げた―――次の瞬間
プシューーー!!
スプリンクラーから霧が噴射されたのだ。今度は着色されていない霧だ。…つまり、魔力を消してしまう方の霧だ。
「まずい…!みんな逃げるんだ!」
鬼怒はすぐに逃げるよう叫ぶ。…しかし、彼の意に反して、美雨だけでなく瑞葉も傍に来た。
「美雨!手伝うわ!」
「助かるわ!」
2人は互いに協力して、鬼怒を抱え上げる。助けている場合ではないと、鬼怒は焦りの表情で2人を見た。
「だめだ…!早くしないと魔力が切れるぞ!」
「鬼怒さんを置いて逃げられません。渡良瀬のためにも…生きてください」
美雨が前を向いたままそう告げ、鬼怒は何か気付かされるようにハッとした。
一方、月音と暁美はボスと対峙していた。魔力がなくなる前にボスを倒すべく、月音は炎を、暁美は糸を放った。
――しかし、運命はボスに味方した。炎も糸もボスに届く前に消えてしまったのだ。一時的に回復したとはいえ、やはり魔術を使うには無理があったのだ。…そして実験が終わった今、今度の霧は正真正銘、魔女たちを殺しにかかる。
「それならこっちだって…!」
鬼怒を抱えていた2人も攻撃すべく、水と蝶を放った。――が、やはり同様に消えてしまった。攻撃する手段がない状況でも、霧は容赦なく部屋中に満たされていく。魔力はどんどん消えていき、体は着実に衰弱に向かっていく。…もう、どうしようもないのか。
魔女の絶体絶命な状況に、ボスは至福の笑みを浮かべて笑い出した。
「ウワハハハハハ!!!これだぁ!!私が求めていたのはぁ!!これなんだよぉぉ!!絶対的な安心は!!魔女の絶望によって得られるのだぁぁ!!私の中の不安がどんどん消えていくぞ!!ハァーーッハッハッハァーー!!この上ない快感っ!!素晴らしいぃぃーーー!!」
狂気の笑いが部屋中に響き渡る。魔女たちの絶望がボスにこの上ない喜びを与えるのだ。不安にねじ伏せられそうな人生から…これで、これでやっと解放されるのだ。これまでのすべての思いは、今この時、この魔女たちが残酷な運命を前に打ちひしがれる様を見るためだったのだ。
…そして、薬を得た今、世界中の魔女を手中に収めたも同然なのだ。
「志乃…、もうじき、わたしたちだけの世界に行けるわ…」
弱まっていく中で、静歌はただただ志乃の頭を優しく撫でていた。悲しみに暮れていた志乃も、今は運命を受け入れるように静かに佇んでいた。
プシューーーー!!
その時、噴射する霧の色が突然青色になった。この霧は魔力を供給する霧だ。衰弱へ向かっていた魔女たちの体が回復へと向かい始めた。
響いていたボスの笑い声がピタッと鳴り止む。そして、ボスの表情は喜びから焦りへと変わっていった。
「な…なぜだ…!?途中で変わるはずがない!!しかも、魔女はまだ死んでいない!!誰だ!?誰なんだ!?私の邪魔をするのは…!」
バンッ!!
瞬間、扉が勢いよく開き、1人の男がズカズカと入ってきた。そして部屋に入ったところで立ち止まると、じっと、1人の人物に視線を向けた。…それは志乃だった。
対して、志乃はその男を見た瞬間、驚愕して目を見開いた。
「あの世から戻って来たぜ俺は。おまえは戻って来れんのか?志乃」
その男…渡良瀬亮司は、志乃を試すようにそう言ったのだった。




