第115話 こぼした涙
実験場に姿を見せたのは、亮司ではなく魔女狩りのボスだった。月音たち4人は、白髪の男がボスだと知らされていないが、男の持つ異様な雰囲気に、ただ者ではないと直感的にわかった。
ボスは部屋の中に入ると、扉を閉めて中にいる魔女たちに目を向けた。
「君たちの様子は監視カメラを通して見させてもらった。期待通りの結果を得られたようだ。…実験は成功だ」
ボスは嬉しそうに実験の成功を告げる。対して、月音たちは心穏やかではない。
「おまえは何者だ」
月音がざわつく心をなんとか落ち着かせつつ、ボスに尋ねる。
「魔女狩りのボスよ」
すると、思いもよらぬところから答えが返ってきた。月音たち4人は口を開いた静歌に目を向ける。そして、冷や汗を垂らしてボスに視線を戻した。
『この男が…!』
月音はボスを睨み付ける。この男こそすべての元凶なのだ。この男を倒せば、魔女に平和が訪れるはずだ。――しかし
「あなたたち、まさかボスを攻撃するつもり…?それだけはやめて。ボスを攻撃するのだけは絶対にしないで」
「そうだよ!私達すっごく不安なの!あんたたちがボスを攻撃するんじゃないかって!」
静歌と志乃が予想外なことを口にしたのだ。…ありえない。特に静歌はボスを狙っていた身だ。ボスに迎合するなんてありえない。
「2人とも…!洗脳されたのか…?」
月音は洗脳されたのではないかと疑いの目を向ける。しかし、2人はそれを否定した。
「洗脳?そんなことされてないけど。私達は心の底から思ってることを口に出してるだけ」
志乃は何を言ってるんだという軽蔑の目を向け、当然のように話す。
「そんなわけない!この男は魔女狩りのボスよ!?」
瑞葉がボスを指差して声を荒げる。心の底から思っているはずがない。絶対におかしい。ボスの能力かも知れない。自分を攻撃させなくする能力なのか?
――瑞葉がそう考えていると、ふと視線を感じて顔を前に向ける。――いつの間にか、ボスが目の前に立っていた。
強張る瑞葉に対し、ボスはじっと彼女を見つめ続ける。何か心を直接読まれるようで怖い。
「君は…如月志乃の仲間かい?」
ボスが単純な質問をしてきた。質問の真意がわからないが、不安な気持ちのせいか、ここで下らない質問をするボスに苛立ちを覚えた。
「何言ってんのよ?当たり前でしょ!」
瑞葉は噛みつくように答える。…と、ボスが不敵な笑みを浮かべた。
「…なら、君は仲間が不安に思うことをやろうというのかい?酷くないか?不安は心のエネルギーを削り取る。もし君が、仲間の忠告を無視して私を攻撃すれば、仲間の心はボロボロになって…死んでしまうだろう。君はそれでいいのかい?」
ボスが心に直接話しかけてくる。…怖い。この男の能力は一体何なのか?攻撃すれば、…もしかしたら本当に志乃と静歌は死んでしまうのではないか?…不安だ。不安。すごく不安。心の中から不安が溢れてくる。
その時、倒れていた鬼怒が頭を僅かに動かし、瑞葉に忠告した。
「だめだ瑞葉ちゃん…!そいつに耳を傾けては…!」
瑞葉は意識を取り戻したようにハッとして、鬼怒に目を向けた。
「そいつの能力は……」
「うあぁぁああ!!それ以上喋るな!!」
突如、ボスがヒステリックを起こしたように両手で頭を押さえつけてわめきだした。瑞葉たちはビクッとして戦慄が走る。しかし、鬼怒は大きな不安に駆られながらも話し続けた。
「相手が持つ不安を増長させ…、不安で心を支配する能力だ…!しかも…それに抗えば…本当に……!」
「うあぁぁぁ!!」
ドカッ!!
話している途中で、限界に達したボスが、ボールをシュートするように思い切り鬼怒を蹴り飛ばした。
「鬼怒さん!!」
美雨がすぐに鬼怒のもとへ駆け寄る。鬼怒の体は既にボロボロで、立ち上がることもできなかった。
「早く……早く…!君達だけでも逃げてくれ…!頼む…!」
「そんなことできません!それに…まだ渡良瀬が…!」
自分を置いて逃げるよう懇願する鬼怒に、美雨はできないと拒否し、亮司がまだ来ていないことを告げる。―――と、鬼怒がボロボロと涙をこぼした。
「鬼怒さん…?」
「亮司は……もう……死んでしまった…!」
途端、美雨たち4人は時間が止まったかのように凍り付いた。
…もう1人、志乃も一瞬動きを止めた後、フンと鼻を鳴らした。
「はんっ!ばっかじゃないの!死んでやんの!偉そうな口叩いてたくせに呆気ないなぁ~」
「志乃…!」
美雨は志乃の言葉が癇に障り、振り向いて彼女を睨み付ける。―――すると、美雨は目を見開いた。志乃が…ボロボロと涙をこぼしているのだ。
「嘘でしょ…?ねぇ…なんで…?ばかぁ…!」
白い世界の中で亮司と勇真は座り込んでいた。亮司は地面に手をつき、遠い目で空を見上げる。どこまでも白い…。そして、見上げたまま口を開いた。
「俺が過去を引きずってるって…?なんでそう思うんだ?」
「亮司の顔がそう言ってる」
「顔がぁ?科学者らしくねぇぞ。そんな根拠のない話」
勇真の答えに、亮司は彼を見て納得いかない顔をする。科学者の見習いが言う答えではないと思った。そして皮肉屋らしく、少し皮肉っぽく言ってみた。
「根拠ならあるさ。だって亮司は俺を見たとき、涙を流しただろ?」
泣いたと言われて、亮司はなんだか恥ずかしさに襲われてしまう。
「あぁ?なんだよ?もう泣いたことなんか忘れたぜ。俺は過去を気にしないんだ」
亮司は強がり、無理矢理突っぱねようとする。
――すると、不意に勇真が立ち上がった。
「亮司…、君はさっき、俺を驚かせたのを4年前と言ったよな?…それは違う。1年前だ」
「は?何言ってんだ?あれは13歳の誕生日の時だろ?4年前だ」
亮司は小首を傾げる。今は17歳だから、13歳の誕生日は4年前になる。しかし、勇真はなぜか1年前と言った。
「亮司、勘違いしてるな。俺は今、14歳だ」
「…!?」
亮司は怪訝な表情を浮かべる。14歳?どうして年齢差ができているのか。勇真とは同い年だったはずだ。
「まさかおまえ、遠い宇宙にでも行ってたのか?」
亮司は相対性理論的な話で、2人の時間にずれが生じたのかと思ってしまう。
「遠い宇宙か…。そうだな…。俺は、遠い場所でずっと……独りでいた」
勇真は空を見上げると、しんみりとした声色でそう告げた。亮司の心も、それに同調するように沈んでいく。
「つらい思いをさせちまったな…。できることなら、あの時に戻って、おまえを引き止めてやりたい…」
亮司が物思いにふけるようにボソッと言うと、勇真はフッと口角を上げた。
「ほら。今言っただろ?あの時に戻りたいって。それはつまり、過去を引きずってるってことじゃないか?」
「あ……。一本取られたな…。俺の負けだ」
勇真に揺るぎない証拠を掴まれ、亮司は負けを認めるしかなくなった。隙を突かれたとはいえ、なんだか悔しい。
「…亮司、過去は引きずっちゃいけない。君にはもう、大切な親友ができたじゃないか」
「……そうだな。だけど、そいつは…俺の手の届かないところに行っちまった…。バカな奴だよ俺は。なんで…過去の過ちを繰り返したんだ…。あの時、俺が引き止めてれば…!」
亮司は顔に影を落とし、拳をギュッと握りしめる。
「もう…大切なやつを失うのは耐えられねぇ…」
ポツリと出た言葉が、白い世界に静かに響いた。




