第114話 友との再会
鬼怒は青塚に投げ出され、力無く床に倒れ込んだ。…立てない。腕を床についても、ブルブル震えてしまって力が入らない。
「博士。あんたはまだ生きてる必要がある。実験が失敗することも考えてな。実験が終わった後だって、有能なあんたを組織は歓迎するぜ?」
青塚はへらへらと笑みを浮かべている。…人間じゃない。この男にとって、他人の命など、道端をはうアリのようなものなのだ。
そして、青塚はショックを受けている鬼怒に追い打ちをかけるように、屈んで彼の耳元でささやく。
「魔女たちももう助からない。諦めろ博士。天国で息子に会えるんだからいいじゃないか」
グサッ…!
その時、鬼怒は携帯していたサバイバルナイフで青塚の脇腹を刺した。
「ぐぁっ…!?」
青塚が怯んだ隙に、鬼怒は両手で力一杯押しのけて、すぐに立ち上がった。
「死なせるものか…!」
鬼怒は苦痛に歪む青塚を鋭く睨み付けると、通路の先へ走っていった。
青塚はナイフを引き抜き、傷口を塞ぐように手を当てる。手はみるみる赤く染まっていき、塞いでも血が次々と床に流れていく。
「へへへ…。元気なおっさんだ」
クラクラする頭で、鬼怒の後ろ姿を眺めた。
亮司はいつの間にか白い世界にいた。周りを見渡してもすべて真っ白。空と地面の境界もわからない。自分が地面に立っているのか、はたまた宙に浮いているのか……それすらわからないような世界に、1人ポツンと佇んでいた。
「亮司」
その時、誰かが自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「この声は……まさか」
亮司はその声に聞き覚えがあった。そして、顔を横に向けると、すぐそばに、1人の少年がこちらを向いて立っていた。亮司よりも幼い顔をしたその少年は、じっと亮司の顔を見つめている。
途端、亮司は目を見開いた。
「勇真…!」
亮司は静かにその名を口にすると、目頭が熱くなった。目の前に、かつての親友、鬼怒勇真がいるのだ。3年前に死んだはずの勇真が、自分の目の前にいる。その顔は3年前と同じだ。理由なんかどうだっていい。再び顔が見れた嬉しさで心が満たされた。
「ははは!驚いたね!一度、亮司を驚かせたかったんだ」
勇真は亮司の驚く顔が見れて、満足そうに笑う。それに対し、亮司は目に涙を浮かべていた。
「ったくよぉ…!再会する時くらいまともに出てこいよ!」
「亮司ってば、普段ちっとも驚かないだろ?そのくせ、俺の誕生日の時にドッキリを仕掛けてきたからな。あれの仕返しだ」
驚かせたのは、過去に亮司に驚かされた仕返しのようだ。亮司は眉を八の字にさせて、困り笑いを浮かべる。
「記憶力良いじゃねぇか。あれは…もう4年前だろ?そんな前の事引きずるなんて、男じゃねぇなおまえは。俺なんか、過去の事はすぐに忘れてるぜ」
亮司は自慢するように胸を張るが、…途端、勇真の表情が真面目になった。
「いいや亮司。君だって過去を引きずってるじゃないか」
「…!」
釘を刺されたような一言に、亮司はハッとした。
実験場では霧の噴射は止まったものの、魔力を削り取られた志乃達は、皆ぐったりとした様子で床に倒れていた。
「お姉ちゃん……、私達、どうなっちゃうんだろ…?」
静歌に寄り添う志乃は、ボソボソとささやくように話しかけた。
「わからないわ…。でも、不思議と不安にならない…。このまま志乃と居られるなら、わたしはそれでもいいわ」
静歌は優しい声色でそう告げると、志乃の頭を撫でてあげた。志乃は主人に甘えるネコのように気持ちよく受け入れる。
「うくっ…!」
一方、月音は歯を食いしばり、腕をついてヨロヨロと立ち上がろうとする。…しかし、まるで力が入らない。倒れた体勢のまま、腕を伸ばして炎を出そうとするが、掌から僅かに煙が出ただけで、炎は発現しなかった。
「くそ…」
月音は力無く顔を落とす。もう…魔術を発動できるだけの魔力は残っていない。…それどころか、生命を維持するのもやっとなレベルだ。
魔女は魔力無しでは生きられない。それは、魔術が使えないからという話ではなく、その言葉の通り、命が尽きてしまうのだ。人間にとっての水と同じ、魔力は命の源なのだ。
「みんな…!」
月音は他の3人に声をかける…が、返事が返って来ない。月音は近くに倒れている瑞葉のそばに体を持っていく。
「瑞葉…!瑞葉…!」
月音は瑞葉の体を揺さぶり、必死に声をかける。…しかし、瑞葉はピクリとも動かない。
「お願い…!返事して…!」
月音は目に涙を浮かべ、揺さぶる手を止めなかった。
プシュー!!
その時、静止していたスプリンクラーから、再び霧が噴射された。今度の霧は先程とは違い、青色に着色されている。しかし、月音にそんなことを気にする余裕などなかった。
無慈悲に降ってくる霧を前に、月音は諦めたように動作を止め、静かに目を閉じた。
―――青い霧が部屋に充満すると、瀕死の状態になっていた6人の体が、逆にだんだんと回復していった。
「……あれ?」
月音は目を開けて、自分の胸に手を当てる。さっきよりも体の調子が良くなっている。一体何が起きたのか…。
続いて、瑞葉と美雨、暁美の3人も意識を取り戻した。
「みんな…!良かった!」
3人が無事だったとわかり、月音は嬉しそうに涙を浮かべる。
「月音、喜ぶのはまだ早いわ!まだ実験は続いている!奴らは別の薬で私達の魔力が回復するか実験しているのよ」
美雨から説明を受け、月音は喜びから緊迫へと逆戻りした。…魔女狩りは対極的な2つの薬の効果を確認しているのだ。期待通りの結果が得られれば……自分達は用済みだ。
「魔力が戻った今なら…!」
暁美は糸を放ち、格子状にドアに貼り付けると、魔力を流してドアを壊そうと試みる。
「うっ…」
しかし、暁美の意識が遠のきそうになり、魔力を放出することができなかった。
魔力が回復したとはいえ、魔術を発動するにはまだ不十分なのだ。
ガチャガチャ…!
その時、部屋の外から扉をいじる音が聞こえてきた。
「渡良瀬か…!」
月音は亮司がここに辿り着いたのだと思い、嬉しさで表情を明るくさせる。
「あのバカ男!来るのがおっそいのよ!」
瑞葉も文句を垂れつつも、ホッと安堵していた。
ガチャ…
扉が開くと―――同時に、鬼怒がバタンと倒れてきた。
「!?鬼怒さん!」
美雨が慌てて鬼怒の元へ駆け寄ろうと立ち上がるが、……鬼怒の後ろからもう1人部屋に入ってきた。美雨はその男を見た途端、金縛りに遭ったかのように動作が止まった。
「…危なかった。もう少しで逃げられるところだったな」
白髪の男…魔女狩りのボスは不敵な笑みを浮かべた。




