第112話 漆黒の殺意
カランッ
血がべっとりと付いたナイフが床に転がる。和やかな時間は一瞬で消え去り、志乃と静歌は殺伐とした世界に放り込まれた。せっかく背後に迫る不安から逃げてきたのに…、あの男…渡良瀬亮司がまた邪魔をしにきた。
傷を負った青塚は、近くにあった包帯を右腕にグルグル巻いて応急処置をした。
「…渡良瀬亮司。てめぇ俺達の邪魔をするつもりか?」
青塚は立ち上がり、異端者を嘲笑うような目を向ける。
「……"邪魔"じゃねぇ。てめぇを殺しにきた」
「ふうぅ~~!怖いねぇーその目。かつての渡良瀬亮司を見てるみたいだ」
殺気立った目を一点に向けてくる亮司に、青塚はかつての姿を思い出し、興奮したようにゾクゾクさせる。
――瞬間、亮司がナイフを構えて、獲物を見つけた獣のように青塚に飛びかかった。
しかし、飛びかかかる直前で青塚の姿がパッと消えてしまう。―――もちろん亮司は予想していた。
亮司の目的は青塚にナイフを刺すことではない。亮司は青塚に取られる前に、床に転がっている小瓶を素早く拾い上げた。
パキパキッ…!
――瞬間、姿を消していた青塚が後方から殴りかかってきたのだが、青塚の拳が空中で凍り付き、くっ付いたように動かなくなってしまった。
「がぁぁああ!!これは…!?痛い…!!手が…!凍り付いてる…!!」
拳が急激に冷やされ、冷たい感覚を通り越した痛みが青塚に襲い掛かる。…対して、亮司は冷酷な目つきのまま青塚に目を向けた。
「部分的に気体の原子運動を固定した。…てめぇが触れた部分は絶対零度だ」
「絶対零度だと…!?くそっ…!!」
バキンッ…!!
凍った空気から何とか拳を離すことができたが、激痛は引こうとしない。そして―――
「ぐっ…!?」
今度は足が固定されてしまい、身動きが取れなくなってしまった。
反撃する隙も与えない。しかも手慣れた動きだ。――かつて、10歳という幼さで組織に入った時も、子供とは思えない冷静さがあった。仲間であればどれほど優れた部下になっていたことか…。惜しいとまで思えてくる。
亮司は小瓶を掲げ、淡々と話し出した。
「これを鬼怒さんに作らせたわけか。こいつはなんだよ?こいつで何をしようとした?」
「……夢だ」
「は?」
亮司は怪訝な表情を浮かべる。一体何を言い出すかと思えば……夢?
「ボスの夢さ。膨大な不安を背負うという悲しい性のせいで、魔女と共存できないボスが、唯一編み出した魔女と共存する夢を叶える手段だ」
そのまま聞き入れれば共感してしまいそうだが、亮司はそれをバッサリと切り捨てた。
「1つ……大きな前提がある。てめぇが嘘つきだってことだ。まず、おまえが組織を離脱したというのが嘘だと判明した。それで、ボスが魔女と共存したいだって?」
グサッ!!
「うぐぁ…!!」
瞬間、ナイフが青塚の足に突き刺さった。激痛に青塚は顔を歪める。
「ふざけんな。じゃあ勇真はなんだったんだよ?あいつは魔女と共存することを夢見ていた!」
亮司はここで初めて感情を表に出してきた。
「おっと…、しまったしまった…。もうちょっとうまい嘘をつけばよかったな…」
青塚はそう言って、刺さったナイフを引き抜いた。真っ赤な血が次々と流れ出る。…しかし、なぜか青塚はにやけていた。
「へへへ…。ここまでしてやられるとは予想外だったな…。真実を話そう。これは嘘じゃないぜ。その2つの瓶に入った粉…、1つは魔力を消失させる効果を持ち、もう1つは逆に魔力を供給する効果を持つ。俺達はその2つの粉を使って今から実験を行う。実験体は……如月姉妹を含め、ここに来ている魔女全員だ」
「なっ…!?」
亮司は驚愕し、平静が崩れてしまった。…しかし、粉は手元にある。これがここにある限り、実験はできないはず…。
「そして…渡良瀬亮司。残念だが俺達の勝ちだ。実験は予定通り始まるぜ。それは偽物だ」
亮司は冷や汗を垂らす。立場が逆転した。このままでは志乃達が…死んでしまう。
「如月…?おい、きさら…!」
亮司は目を見開いた。ソファーに目を向けると……志乃達の姿がないのだ。
亮司はハッとする。青塚が2人を認識させないようにしていたのだ。
「あいつらは既にここにはいないぜ。2人は大事な実験体だからな…。だが、渡良瀬亮司。おまえは…必要ない」
グサッ…!
「がはっ…」
瞬間、亮司の胸にナイフが刺さり、血を吐いて後ろに倒れ込んだ。
ナイフが刺さった箇所が真っ赤に滲んでいく。すると、青塚は床に転がっている2つの瓶を拾い上げた。
「最後に1つ嘘をついたな…。この中身は本物だ」
青塚は瓶をちらつかせながら、中の粉が本物だったことを告げ、動かない亮司に背を向ける。
「あばよ。渡良瀬亮司」
そう軽く言うと、青塚は部屋から出ていった。




