第110話 暗闇の先 その5
換気口から実験室に出た美雨と瑞葉は、そこで鬼怒と対面を果たす。
「鬼怒さん!助けに来ました」
美雨は鬼怒が無事だったことに安堵する。もう1人、名前だけ知っていた瑞葉は、鬼怒をまじまじと見ていた。
「まさか…助けに来てくれるなんて…。君たちが無事で何よりだ…。君は…?」
鬼怒は瑞葉を見て尋ねる。瑞葉はハッとして、自分の名前を告げた。
「久地瑞葉です。私も美雨と同じ魔女」
「…そうか。君も魔女なのか」
どうしてか、鬼怒の表情が晴れない。その理由が瑞葉にはわからなかった。
「鬼怒さん、渡良瀬もここに来ています。ただ…、今ははぐれてしまって…」
「亮司もいるのか…」
美雨が亮司も一緒に来ていることを告げるが、それでも鬼怒の表情はどこか暗いままだ。それが瑞葉には気になって仕方がない。
「何か…悩み事があるんですか…?」
瑞葉が問いかけると、鬼怒は真剣な目つきになって2人を見た。
「…君たちは魔女だ。これは伝えなくてはならない。青塚は…いや、魔女狩りは今からある実験を行う。…それは身の毛のよだつような恐ろしい実験だ」
「…実験?」
瑞葉は怪訝な表情を浮かべる。魔女狩りが企む実験……一体どんな実験だろうか。魔女には…伝えなくてはいけない?
「奴らは、ある2つの物質を手に入れた。1つは…魔力を消失させる物質、もう1つは魔力を供給する物質だ。よく…聞いてくれ…。まず…、魔力を消失させる物質を使って、志乃ちゃんとお姉さんの魔力を奪い、瀕死の状態になるか確認する」
美雨と瑞葉は目を見開き、息を呑んだ。鬼怒は話を続ける。
「次に…魔力を供給する物質で2人の魔力が回復するか確認する。……期待通りの結果になったら、最後に2人を殺害する」
「だめ…!!そんなのだめ!!」
瑞葉が反射的に拒否するように叫んだ。鬼怒は首を縦に振る。
「だめだ。絶対に実験をさせてはだめだ…!だが……」
鬼怒は言いかけで体をよろよろと崩してしまう。それを美雨が慌てて支えて止める。
「その物質を作ったのは…この僕だ…。僕は…とんでもないことをした…!」
「鬼怒さん…!落ち着いてください…!誰もあなたを責めたりしません!今はとにかく…実験を阻止しないと…!」
鬼怒は汗をびっしょりと掻き、大きな罪悪感で自分自身を痛めつけた。だが、今は罪悪感を抱いている場合ではない。とにかく実験を阻止して、志乃と静歌の命を護らなければならない。
美雨はすぐに数匹の蝶を発現させ、実験室の外へ向かわせた。志乃と静歌の居場所を突き止めなくてはならないが、アジトの構造もろくにわかっていない。…切羽詰まった状況だ。
「…鬼怒さん。ここには青塚以外にも魔女狩りがいるんですか…?」
美雨は、先ほど鬼怒が青塚を魔女狩りと言い換えたことが気にかかっていた。自分の中にある情報は、青塚は魔女狩りから離脱しているということだ。
「…いる。青塚は嘘つきだ。君達を錯乱させるために魔女狩りから離脱したと嘘をついた」
「そうだったんですね」
「…気をつけるんだ。ここには……魔女狩りのボスが…いる」
瞬間、美雨と瑞葉は驚愕と同時に恐れを抱いてしまった。…遂に、ボスと対峙するのだ。今までずっと姿を眩ませていたボス。ここに来ているということは、実験に対して絶対的な自信があるのではないか。
通路は無残にも崩れた天井に埋もれていた。照らしていた炎は消え、通路は闇に包まれていた。
月音と暁美はがれきの下敷きになってピクリとも動かない。それを、赤渕が冷酷な目つきで蔑むように見下ろしていた。
「きさまらはボスにとって害悪だ。本来ならすぐに殺すべきだが…、きさまらには実験体になってもらう。死ぬのは少し後だ」
ピク…と、がれきの外に出ている月音の手が動いた。
「…なるほど。実験か…。静歌様は最初から…そのために…」
赤渕はフッと嘲笑った。
「そうだ。愚かな魔女どもが、魔女狩りに敵わないことを証明する実験だ」
―――次の瞬間
ヒュッ…!!
「なっ…!?」
突然、赤渕の視界が遮られた。何に遮られたのかわからない。赤渕は顔に何か付いたのだと思い、すぐに取り除こうと手を動かそうとするが…
ヒュルル!!
手にも何かが巻き付き、胴体に縛り付けられてしまった。
「これは…!糸か…!?」
そう。赤渕には糸が巻き付いていた。そして―――
バキバキバキッ!!
月音と暁美の上に載っていたがれきが粉々に砕けた。解放された2人はゆっくりと立ち上がる。
「ほんと、暁美がいてよかった…」
「ほ、ほめないで…!それに、弱点を見つけたのは月音だよ」
心からホッとする月音に対し、暁美は褒められて恥ずかしいようだ。
"弱点"という言葉に、目が見えない赤渕は苛立ちを覚えた。
「弱点だと…?このおれに弱点だと!?あるわけがない!!きさまら下等生物とは違うんだよ!!こんな貧弱なもの…すぐに砕いてやる!!」
赤渕は感情むき出しで激昂し、顔と手を縛り付けている糸にひびを入れようとした。
「その前に!おまえを焼き尽くす!!」
月音は手を突き出して、掌から炎を放った。炎は灼熱の猛火となって勢いよく赤渕に襲い掛かる。
ゴオォォォオオ!!!
「がぁぁあああ!!」
押し寄せる猛火に赤渕は絶叫する。炎は容赦なく体を焼いていく。
ピキピキピキ…!!
それでも赤渕は怯まず、巻き付いている糸にひびを入れていく。――そして、糸は砕け散り、目が見えるようになった。
…が、目の前は紅蓮に支配された世界。みるみるうちに体はダメージを負っていく。
「このやろぉぉぉぉぉ!!魔女にやられるわけねぇんだよぉぉぉぉ!!」
「ぐっ…!」
赤渕の凄まじい気迫に、優勢に立っているはずの月音が気圧される。炎を真正面から受けているというのに…、体中焼かれているはずなのに…、この男は何としてでも勝とうという恐るべき意気がある。
ピキピキピキ…!
「なっ…!炎にひびが…!」
暁美は緊迫した表情で冷や汗を垂らす。赤渕の圧倒的執念が猛火をも打ち負かそうとしている。
バリンッ!!
遂に炎が砕かれてしまった。勢いを失った炎がはかなく散っていく。
―――次の瞬間、赤渕が勢いよく腕を伸ばし、月音の首を掴んだ。
「うぐっ!」
「月音!!このっ…!」
暁美は恐怖を振り払い、赤渕に攻撃しようと掌をかざした―――瞬間
ピシッピシッ!
暁美の手にひびが入り、血が噴きだした。暁美はそれでも痛みを押し殺して糸を放つが…
ピキピキッ…
無情にも糸は赤渕に届く前に砕けてしまう。そして―――
ドカッ!!
「がはっ…!」
赤渕の猛烈な蹴りによって、暁美は血を吐いて吹っ飛んだ。




