第109話 暗闇の先 その4
本性を現した赤渕は、月音と暁美を一点に睨み付け、際限なき殺意を撒き散らす。月音と暁美もけん制をかけるように赤渕から目を逸らさない。双方の睨み合い合戦がしばしの間続く。
――その時、暁美が先に動きを見せる。赤渕の周りを囲む炎の糸を縛り付けようとした。
ピキピキピキ…!
「暁美!離れて!」
不吉な音が耳に入り、月音は緊迫した表情で暁美に向かって叫ぶ。――次の瞬間、赤渕を囲んでいた炎と糸にひびが入り、ガラスのように砕けてしまった。
「…なんでもありか」
月音は後退して赤渕から一旦距離をとる。プラズマ現象である炎にひびを入れることは普通できない。しかし、この男は志乃の光にもひびを入れていた。対象がなんであろうと関係ないのだ。ひびは固体に入るものという常識は通用しない。
暁美も月音の指示通り後退していたが、初めて赤渕の能力を目の当たりにして冷や汗を垂らしていた。話でしか聞いていないが、静歌は体中ひびを入れられてやられたと聞いた。あの静歌が簡単にやられたんだから、自分なんか……あっという間だ。
ゴオォォォ!!
月音が赤渕との間に炎を壁状に発現させる。これで赤渕は月音たちを見ることができなくなった。
―――月音は1つの仮説を立てていた。赤渕の能力は、視認できるものに対してひびを入れることができるのではないか。つまり、目で見えないものにはひびを入れることができない。
炎の壁は賭けだ。もし、月音の仮説が外れているなら、赤渕は炎の壁を気にせず、直接月音たちの体にひびを入れてくるはずだ。
「暁美」
月音は暁美のそばにより、ひそひそと耳打ちする。月音の話を聴くと、暁美はコクリと頷いた。
『さぁ…どうする…』
月音は冷や汗を垂らしながら炎の壁を見つめる。なにせ相手の攻撃は致命傷レベルだ。しかもこちらの攻撃は簡単に破られてしまう。否が応にも緊迫感が増す。
ピキピキピキ…!
その時、炎の壁の一部分にひびが入った。そして、ひびはすぐに大きくなっていき、炎がボロボロと崩れ始めた。
ヒュッ…!
次の瞬間、暁美が手から糸を放った。糸は炎の壁を越えて、赤渕目掛けて襲い掛かった。
「ふん…」
赤渕はばかにしたように鼻で笑い、目の前に来た糸にひびを入れて砕いた。しかし、その間に月音は崩れた箇所に炎を補給していた。ひびが入っても炎を補給することで壁を維持することができる。
そしてこれでわかった。どうやら仮説は当たっているようだ。
「目で見えなければ奴は攻撃できない。これで勝機が見えてきた」
月音は口角を上げる。大きな収穫だ。逆に何かしらの制限があってホッとした。
――――その時
ピシピシピシ…
壁際にいた暁美は何か異変に気付き、ふと顔を上げて天井を見た。…すると
「なっ!?月音!!天井が崩れる!!」
天井にひびが入っていたのだ。暁美は慌てて月音に叫んで知らせるが
ガラガラガラッ!!
次の瞬間、轟音と共に天井が容赦なく崩れた。
ズズズズズ…
通路にいた青塚にも振動が伝わっていた。
「赤渕の奴…派手にやってるな。死なない程度って言ったのによ」
青塚は面白そうににやけながら独り言を言うと、ある部屋の扉を開けた。
中には顔に汗をびっしょりと掻いた鬼怒の姿があった。
「調子はどうだ?鬼怒博士」
顔の調子は見た感じすこぶる悪そうだが、青塚が聞く"調子"というのはその事じゃない。
「…完成だ」
鬼怒は震える手で、粉の入った2つの小瓶を差し出した。
「おぉ!さすがだ博士!!すげぇじゃねぇか!!ほんとに作っちまうなんて!!」
青塚は珍しく大きな声を出して感激し、鬼怒の手から2つの小瓶を受け取った。中の粉をじっくりと観察すると、顔を上げて鬼怒の心を見透かすように見つめた。
「これ…ちゃんと作った…よな!」
尋ね口調でいくのかと思わせといて、強く断定した。
「なんせあんたは俺達に言われたとおりにやらないと不安で不安でしょうがなくなっちまうんだもんなぁ!」
青塚はそう言うと、ハハハとおかしそうに笑う。対して、鬼怒は悔しそうに唇を強く噛みしめていた。血が出そうなほど強く。
「そんじゃ、こいつはありがたく貰っとくぜ」
青塚は小瓶を持って部屋を出ていった。―――1人残った鬼怒はその場にドサッと倒れ込んでしまう。
「はぁ…はぁ…!なんて…ことをしたんだ…僕は…!」
作る気なんか微塵も無かった。効果の無い偽物を作ろうと思った―――その時、あの男が現れた。その男は自分の前に忽然と姿を見せると、心に直接話しかけてきた。自分の中に潜んでいる恐怖や不安を掻き立てるように。
そしていつの間にか、自分は背後にある膨大な不安から逃げるように、歯向かう意志を捨てた。
――これで、作戦が実行されてしまう。そうすれば……志乃や静歌は……。
ヒラヒラヒラ…
「?」
視界に一匹の蝶が映り込んだ。黒に包まれたその蝶は、この世のものとは思えない美しさがあった。鬼怒がボーっと見惚れるように見つめていると
ガタンッ!
後方で何かが落ちる音が聞こえた。何だと思って、鬼怒は上半身を起こして顔を向けた。
「君たちは…!」
鬼怒はハッとする。換気口から美雨と瑞葉の2人が姿を見せたのだ。




