第108話 暗闇の先 その3
壁に縫わされた一筋の炎によって明るく照らされた通路。そこを月音と暁美の2人が進んでいく。
電波が通じないため、他の3人と連絡を取ることができない。敵と遭遇していなければいいというのは希望的観測かもしれない。遅かれ早かれ青塚達と遭遇することになるのだから。
月音は暁美に目を向ける。彼女はまだ不安そうな面持ちをしていた。…無理もない。仲間の無事を祈るしかない状況で、平気でいれる方が難しい。仲間だけじゃない。自分たちの心配だってある。いつなんどき敵が攻撃してくるかわからないこの状況、月音だって緊張していた。
「暁美は怖いものとか苦手?」
「怖いもの?瑞葉に比べればマシだよ」
暁美は怖がりの代表格の瑞葉と比べることで、自分がそれほど怖がりではないことを強調するが、次の瞬間――
ピチャッ
「ひゃあぁ!?」
頭に水滴が落ちてきて、思わずびっくりしてしまった。前言撤回。瑞葉と同じくらい怖がりである。
「暁美も瑞葉と同じくらい怖がり…と」
月音はメモ用紙を取り出して、忘れないようにとメモを取り出した。
「メモしなくていいから!」
暁美は慌ててツッコミを入れる。今後何か悪巧みされるのではと不安になってしまう。
…そうこうしているうちに、灯りの先端が見えてきた。通路はそこで右に90度折れている。それにしても長い通路だ。どこに繋がっているのか見当もつかない。…他の3人と合流できればいいが。
――月音が不安を抱いていると、前方に人影が現れた。
「敵だ…!」
月音はすぐに暁美に知らせ、警戒態勢に入る。周りを見ても隠れる場所は無い。このまま迎撃するしかないようだ。
人影がだんだん大きくなっていく。2人は緊迫した表情でじっと注視していた。
―――ピタリと影の動きが止まった。
「あれぇ~~?なんでこんなとこで火が燃えてんだ~~?」
聞こえてきたのは拍子抜けするような呑気な声だった。…しかし、月音はこの声に聞き覚えがあった。拍子抜けするどころか、額に汗を滲ませる。
「まさか…!いや…なんで…」
2人の視界に映ったのは、不思議そうに炎を見つめる赤渕の姿だった。
「…どうしてあいつが」
月音は動揺を隠せなかった。このアジトにいるのは青塚一派。魔女狩りと関係を絶っているはずだ。赤渕は青塚一派に属していないはず…だと思っていた。
「お?」
すると、赤渕がようやく2人に気付いて体を向ける。
「この火~~、つけたのおまえら~?」
相変わらず呑気な声で尋ねてくる赤渕。これが本来の態度ではないことはわかっている。いつ豹変するかわからないから、月音も暁美も慎重に構えている。
「そうだ。私もおまえに質問したい。どうしてここにいる?」
「え~~おれぇ~~?なんでいんだっけかぁ~~」
とぼけた態度を取り、まともに答えようとしない。しかし、彼女らには脅しの手段がある。
ボオゥゥゥ!!
「おわっ!?」
突然、赤渕のそばの炎が激しく燃え上がった。突然だったので赤渕は驚いてのけ反ってしまう。
「真面目に答えろ」
月音はジッと睨み付け、容赦のない威圧を放つ。しかし、赤渕の呑気さはそうそう崩れない。
「いやぁ~~、なんでだっけぇ~~?思い出せないなぁ~~」
赤渕は首を傾げてうーんと考え込む仕草を見せる。本気で言っているようにも見えるし、嘘を言っているようにも見える。…掴みどころがない。フワフワと宙に浮いているような不思議な男だ。
「ん…?」
ふと、赤渕が炎に目を向けると、炎から糸がヒュルヒュルと伸びてきた。糸は独りでに赤渕を取り囲む円を描いて伸びていく。そして――
ボオォォォ!
糸に炎が燃え移り、瞬く間に炎が糸を伝って燃え広がった。
「あ、あ、あちあちあちっ!!」
赤渕は慌てふためくが、既に遅い。赤渕の周りを取り囲む炎のリングができていた。
「さぁ…答えろ。さもなくば、炎の勢いをもっと強くする」
月音は定型的な脅し文句を口にしながら赤渕に近付いていく。身の危険を感じれば、この呑気な態度に何か変化が生じるかも知れない。
「ほんとなんだってぇ~~!思い出せないんだってぇ~~!」
ボオォォォ!!
炎の勢いが容赦なく強まる。
「あちあちあちっ!!勘弁してくれぇ~~!」
ここまでしても、赤渕は泣き言を吐くだけで、ここにいる理由を答えようとしない。…これは、本当に知らないのかと思ってしまいそうだ。
だがそんなはずがない。操られでもしない限り、自分がここにいるのがわからないなんてあり得ない話だ。もっと、もっとこの男が恐怖を感じれば……
ピリリリリ…!
「!?」
突如、携帯の着信音が鳴り響いた。途端、赤渕は無表情になって懐から携帯を取り出した。月音は怪訝な表情を浮かべる。ここは圏外のはず。だから自分たちは連絡が取れないのだ。
「もしも~し」
【私だ】
「ボスゥゥゥゥ!!さっきお会いしたばかりなのに、また連絡をくださるなんてぇーー!!」
赤渕が一変して大声で声を張り上げる。月音と暁美はビクッとし、緊迫感が一気に上昇する。…ついにきた。例の電話だ。
「……畏まりました。死なない程度ですね」
会話を終えた赤渕は携帯をしまい、据わった目つきで2人に目を向けた。




