第107話 暗闇の先 その2
暗い通路の中を美雨と瑞葉が水の追手から逃げていた。瑞葉の頭の出血は止まったが、場所が悪ければ浅い傷でも致命傷になり兼ねない。敵がどんな攻撃を仕掛けてくるのか、細心の注意を払う必要がある。
すると、地面をはうように追ってきていた水が突然、ピタリと動きを止めた。それに気づき、2人も足を止めて水たまりの方に目を向けた。水たまりから距離を置こうと走っていたのに、いざ相手の動きが止まると、それが気になってしまうのだ。
2人は水たまりを注視していたが、水たまりは少しの間動きを止めた後、地面に浸みこんで消えてしまった。
「消えた…!」
瑞葉は緊迫した表情で辺りを見回す。これではどこから攻撃を仕掛けてくるのかわからない。先程のように小さな水滴を落とすだけだったら、気付く前に攻撃される可能性がある。瑞葉としては、同じ系統の力だけに歯がゆい気持ちだ。
しかし、ここで瑞葉は土槍が言っていたことを思い出す。
「美雨、敵は私達を始末しようとはしないはずよ。青塚がそう指示してるって土槍が言ってた」
「…何のために?」
瑞葉の言葉に美雨は怪訝な表情を浮かべる。魔女を敵視している青塚がわざわざ魔女を生かすのは何か理由があるはずだ。
「そこまではわからない」
瑞葉は首を横に振って答える。土槍は知っているはずだが、口を割ろうとしなかった。
「でもそうなると、敵の目的は私達の始末ではなく、足止めなのかもしれないわ」
美雨はそう告げて、天井に目を向ける。漏水は今のところ見当たらない。
…考えてみればそうだ。青塚がアジトを隠していたのは、魔女を始末できない、もしくはしたくない理由があったからだ。始末できるのであれば、わざわざ隠さずに面と向かえばいい。
「ってことは、私達に見られたくない何かがあるってことかしら」
「その可能性は高いわね。そして、その"何か"は間違いなく魔女に関わること…。嫌な予感がするわ」
美雨の心がざわつく。青塚は掴みどころのない男だ。静歌の面倒を見ているのも、裏がある気がしてならない。
―――その時、突如前方に水たまりが出現した。2人はハッとして水たまりに目を向ける。一旦落ち着いていた緊張感が再び高まっていく。
すると、水たまりが地面の隅から隅までジグザグに移動しながら近づいてきた。まるで何かを探しているかのようだ。
2人はアイコンタクトを取ると、水たまりが目の前に来たとき、タイミングよく水たまりを飛び越えた。水たまりはそのまま同じ動きを継続して移動していく。
「反応しなかったわね…。どうやらあの水たまり…私達の場所を見失ったみたい」
離れていく水たまりを見て、美雨が告げる。そして、一匹の蝶を発現させ、試しに水たまりへ向かわせた。
「美雨?」
瑞葉は美雨が何をするのかわからず、不思議そうに彼女に目を向ける。
「ちょっとした実験よ」
美雨はそう告げると、蝶を水たまりに着水させた。―――瞬間
バシャァァ!!
水たまりから水が勢いよく噴き上がり、蝶を粉砕してしまった。
それを見た美雨は、敵の能力について確信を得た。
「やっぱり…。敵は水たまりを使って私達の位置を把握しているのね」
「どういうこと…?」
瑞葉は小首を傾げて美雨に尋ねる。
「あの水たまりは触覚のようになっていて、触れさせることで相手の位置を把握しているのよ。だから見えないところからでも攻撃できる」
「なるほど…。でも、敵がどこにいるのかわからないと、私達が攻撃できないわ」
美雨の説明を受けて、瑞葉は敵の能力について理解できたが、敵の居場所がわからなければこちらも何もできない。しかし、美雨の表情は緩まった。
「その必要はないわ。敵が私達を見つけられなければいいんだから。瑞葉、ちょっと手伝って」
「?」
瑞葉が疑問符を浮かべていると、美雨が大量の蝶を発現させ、2つの人間の形を作りだした。
「この中に水を生成して」
「あ…、なるほど!」
美雨が何を考えているのかピンときた瑞葉は、2つの蝶の群れの中に水を生み出した。
「人間の体重の65パーセントは水。おとりには十分だわ」
人間の形をした蝶の群れは、ゆっくりと水たまりに近付いていく。水たまりはやっとの思いでターゲットを捕捉できた。……もちろんそれはおとり。
「おっ!やっと見つけた!今度は見失わないもんね!」
別の通路にいたその能力者の男は知る由も無く、ターゲットの足止めを続けようとした。―――その時、目の前が急に眩しくなった。
「おい、こんなところで何してんだ?」
そこには、スマホのライトを照らす亮司が立っていた。
「げっ!!見つかった!!」
男は飛び上がるように驚き、慌てて逃げ出した――が、突然体がピタッと動かなくなってしまった。
「おいおい、逃げることないだろ。何やってたか訊いただけじゃねぇか。おい。どうせろくなことしてなかったんだろ?」
亮司は冷や汗をタラタラと流す男に近付いていく。…その直後、鈍い音が辺りに響いた。




