第102話 瑞葉の怒り その3
土槍の体は泥で覆われていた。そこに水が強い力で押しつけてきたことを利用して、その泥を勢いよく破裂させた。泥は辺りに飛散し、瑞葉も暁美ももろに喰らってしまった。
同時に、土槍を縛り付けていた水の勢いがなくなって、重力と共に地面に流れ落ち、広大な水たまりを形成した。
「兄貴が何も言ってなきゃ、おめぇらぶっ殺してたんだけどよぉ~~。命拾いしたなぁ~~」
一気に形勢が逆転し、土槍は鼻歌でも歌いたい気分に浸っていた。本音は魔女も始末したいのだが、そこは青塚にダメだと念を押されている。
瑞葉は倒れながらも、土槍の言葉に耳を傾けていた。そして、よろよろと顔を上げて土槍を睨む。
「兄貴って青塚の事ね…。魔女をわざわざ生かしておくなんて…怪しすぎるわ…」
瑞葉は亮司からいろいろ話を聴いて、青塚の事も知っている。青塚は今、魔女狩りに属していないものの、かと言って魔女に味方などしていないはずだ。魔女の知り合いは殺してもいいが、魔女は生かしておくこと―――何か企んでいるに違いない。
「うひょひょ~~!呑気に怪しんでろよぉ~~!そんで、この小僧が死ぬ姿をそこで見物してろよぉ~~!」
土槍は勝ち誇ったようににやけると、視線を瑞葉から気を失っている光磨に移した。…そして、彼に近付こうと足を一歩前に出そうと……したが、なぜか動かない。何かが引っかかっているような感じだ。
「ん?」
土槍は不思議に思って足元に目を向ける――と、足に細い糸が絡みついているのだ。土槍が糸を目で辿っていくと、暁美の手へと続いているのがわかった。
「げっ!いつの間に…!?」
土槍が驚くのも束の間、糸が勢いよく引っ張られて、その場で転んでしまった。転んだところは水たまり。すぐに起き上がろうとするが、強力粘着テープを貼り付けられたかのように、水が体に吸着して起き上がれないのだ。
「起き上がれねぇ…!それなら…!」
起き上がれないなら地中に潜るまで……と思って、潜ろうとすると、今度は周りの水が土槍の顔を覆い尽くした。
「うぼぼぼっ…!!」
息ができなくて、もがき苦しむ土槍。足をジタバタさせ、体全体で水を振り払おうとするが、水は周りの水たまりから次々と供給されてくる。払っても払っても水が途切れることはない。
土槍の顔がだんだんと青ざめていく中、起き上がった瑞葉と暁美が近付いて土槍を睨み付けた。
「どう?あんたがバカにした魔術の味は?とーーってもおいしそうね~~」
『瑞葉…こ、こわい…』
瑞葉は口角を上げるが、目は少しも笑っていなかった。そして体から放たれる凄まじい威圧…。隣の暁美は味方ながら怖気づいてしまった。
「た、たずげで…!ごぼぼ…!」
「助けて?なんであんたみたいなクズを助けなきゃいけないの?」
命乞いをする土槍に対し、瑞葉は冷酷な口調で吐き捨てるように言い放った。そして、さらに水の量を増やす。
「ば、ばびびばびば…!ぼぶ…ばぶびぼぼびばべぶ…!」
「え?なんて?よく聞こえないわ~~」
水に覆われているせいで、土槍はうまく話すことができない。瑞葉は手を耳に当てて、わざとらしく聞こえないそぶりを見せると、暁美に目を向けた。
「暁美、よく聴こえないから、水を取り除いてあげて。魔力で思いっきり」
「あはは~…」
瑞葉の怒気を含んだいじわるな笑みに、暁美は苦笑いすると、手から糸を伸ばして土槍の顔に巻き付けた。彼女は普通では不可能なところも自由自在に糸を通すことができる。水の中だろうと精密な動きができるのだ。
巻き付け終わると、暁美は糸にありったけの魔力を流し込んだ。
バシャアアア!!
「うがぎゃぎゃぎゃぎゃぁぁ!!」
土槍の顔を覆っていた水が勢いよく弾き飛んだ…が、代わりに大量の魔力で土槍は攻撃を喰らい、断末魔の悲鳴を上げ、あえなく気を失ってしまった。
「ん……んん…?」
なんだか後頭部に温もりを感じる…。光磨はゆっくりとまぶたを開いた。――すると、視界にパァ―と明るい顔をする瑞葉が映った。
「光磨!」
「み、瑞葉…!あいつは…!?……って、僕、膝枕されてる!?」
よく見ると、自分の頭が瑞葉の膝の上にあるのがわかり、光磨は沸騰したように顔を真っ赤にした。気を失って、気が付いたら瑞葉の膝の上なのだから驚くのは仕方がないし、何よりものすごく恥ずかしい。
後方では、暁美が顔を赤くして手で目を隠しつつ、指の隙間からそっと覗いていた。
「仕方ないでしょ…!地面に寝かせるわけにもいかないし!」
瑞葉自身もとてつもなく恥ずかしく、何とか気を紛らわすために頬を膨らませてプイと顔を逸らせる。…だが、それでも鼓動音はますます速くなっていく。
「瑞葉…あいつをやっつけたんだね…。ありがとう…。僕を助けてくれて…」
「やっと私も光磨を助けられた。これでお相子よ」
光磨は柔らかな笑みを浮かべる。瑞葉も視線を戻し、つられるように笑みを浮かべた。
一方、後方の暁美は1人ソワソワしていた。
『わ、私邪魔じゃないかな…?邪魔だよね…!』
階段の踊り場で静歌と再会を果たした志乃は、彼女に連れられて地下室へとやって来た。そこはソファーにテーブルやテレビもあり、生活するには不便無さそうだが、何か息苦しい雰囲気があった。
「お姉ちゃん…、ずっとこんなところにいるの…?」
「えぇ…。今は青塚に世話になってるから…」
志乃の問いかけに、静歌は表情を少し曇らせて視線を落とした。――すると、志乃が真剣なまなざしで顔を近づけてきた。
「青塚は魔女の敵だよ!今すぐここから出た方がいいよ!」
「志乃……」
静歌もじっと志乃を見つめる。志乃の瞳には強い意志があった。姉をこの息苦しい空間から解放したいという強い意志だ。
「それでまた館に戻ろうよ!今度はお姉ちゃんと私の2人きりだよ!他の邪魔な奴はみんな排除するから」
志乃は姉のことを何よりも大事に思っていた。そして、姉と自分の世界を邪魔するやつは、同じ魔女だろうと容赦しない冷酷さを持っていた。
――しかし、返ってきた返事は予期せぬことだった。
「……だめなの志乃。ここを出ようって思うとすごく不安になるのよ…。どうしてか…わからないのだけど…。ここを出たら死ぬんじゃないかって思ってしまうの…」
「えっ…?お姉ちゃん…?」
らしくないことを弱々しく話す静歌に、志乃は唖然とした。しかし、静歌の目は冗談を言った感じではない。本気で思っている感じだ。
「どうしたの?お姉ちゃん。そんなこと言うなんて…あはは」
志乃は無理矢理乾いた笑いを出すが、それでも静歌の様子は変わらない。…一体どうしてしまったのだろうか。
――すると、志乃の耳に男の声が聞こえてきた。
「そいつの言ったことは本当だぜ。如月志乃」
志乃がハッとして目を向けると、にやにやと不気味な笑みを浮かべる青塚の姿があった。




