第99話 瑞葉の焦眉
光磨は荒い息を吐いて走りながらスマホを取り出す。瑞葉に連絡するためだ。彼女が神社の盗難事件を知っているかはわからないが、魔女のしわざではないかと怪しまれていること、そして裏で魔女狩りが関わっているかもしれないことを伝えておくべきだ。
…だが、光磨は先程魔女狩りに狙われた。このまま瑞葉に会えば、彼女も巻き添えに遭ってしまうかもしれない。それは避けなくてはならない。
タイツの男の姿は見当たらないが、鳥居のところでは地面から突如顔を出し、潜るように消えていった。気配は感じなくても、もしかしたら追ってきているのかもしれない。
―――光磨が頭の中で考えていると、突如、ハッとして足をピタリと止めた。
その数秒後、数メートル先の地面から、タイツの男がいきなり顔を出してきた。
「おかしいなぁ~~~。なんでおめぇ~~そこで立ち止まった?普通ならよぉ~~何もない限り立ち止まることねぇよなぁ~?それとも息が切れたのか~~?そんな感じでもねぇよなぁ~~?」
タイツの男…土槍はいきなり光磨が立ち止まったことが納得いかないようだ。間延びした緊張感のない声を発するが、据わった目から発せられる威圧は相当なもので、光磨は思わず一歩後ずさり、息を呑んで土槍を見る。
「もしおめぇが立ち止まってなかったらよぉ~~、引きずり込めたってのによぉ~~。なんでなんだよぉ~~~?説明してもらおうじゃんかよぉ~~」
どうしても納得いかない土槍は、光磨をジロッと見つめて説明を要求する。
「説明してもらいたいのは僕の方だ!なんで僕を狙うんだ!?」
光磨も威圧に負けじと踏ん張りを利かす。狙われる覚えは何もない。だから説明してほしい。覚えもないのに狙われるのは気味が悪い。
「なぁに、ちょっとばかしおめぇに訊きたいことがあんだよぉ~~。おめぇ、魔女と繋がってんのか?」
「…! いや、魔女なんて知らない…」
光磨は一瞬ドキッとするが、瑞葉たちが狙われるのを防ぐためにも、ここは知らぬふりをするべきだ。
すると、土槍は地面から腕を出して、光磨が片手に持っているスマホを指差した。
「そんじゃ、そのスマホはなんだよぉ~~?なんで走りながらスマホ持ってんだよぉ~~?普通なら走りづらいから持たねぇよなぁ~~?誰かに連絡しようとしたんじゃねぇのかよぉ~~?」
「…!」
光磨は冷や汗を垂らす。この男…鋭いところを突いてくる。…今、画面には瑞葉の名前が出ている。この男が瑞葉を知っているかどうかわからないが、見られたらまずい…。
バシッ!!
「…!!」
瞬間、前方の地面から泥が飛び出して光磨のスマホに命中した。その勢いで光磨の手からスマホが弾き飛ばされてしまい、スマホは軌道を描いて地面に落下していった。
「あっ!僕のスマホが!!」
光磨は慌ててスマホを取ろうとするが、それより早く、地面から土槍の手が飛び出して、スマホをキャッチしてしまった。
「返せ!!」
光磨はすぐに奪い返そうと手を伸ばすが、地面から泥が銃撃のように発射されて、光磨の体を吹っ飛ばした。
「がはっ…!」
光磨の体に激痛が走り、そのまま地面に倒れ込んでしまう。その隙に、土槍は顔を出してスマホの画面を見た。…画面には"久地瑞葉"の文字が。―――瞬間、土槍は目を見開いた。
「ヒットォォ~~~!!久地瑞葉だってよぉ~~!俺、こいつの名前知ってるぜぇ~~!」
土槍は面白そうににやける。瑞葉の名前は青塚から聞いていた。…しかし、喜ぶあまり、スマホを懐にしまう際、気付かぬうちに画面のコールボタンをタップしていた。
亮司たちは館で情報の共有のために話し合っていた。状況としては、鬼怒が土槍に連れ去られたこと。運ばれた場所は、恐らく青塚や静歌がいるアジト。そして、志乃が中禅寺元康という能力者の能力によって、もう1つの人格になってしまったこと。彼はもう死んでしまったため、志乃は以前と同じように自力で戻さなくてはならない。志乃は今、静歌のもとへ向かっている…。最後に、アジトの場所は、元康に教えられてわかっている。
状況報告が終わると、亮司は立ち上がって月音たち4人に目を向ける。
「俺は説得が苦手だから、如月の説得はおまえらで頼むぜ」
亮司がそう言うと、瑞葉が立ち上がり、困り顔でやれやれと肩をすくめる。
「しょうがないわねー。それじゃ、あんたの代わりに口達者なこの私が志乃の人格を戻してみせるわ」
「さすが狼女は喋る能力だけは優れてるようだな」
「誰が狼女よ!このバカ男!」
ここぞとばかりに自分を見せつける瑞葉に亮司が毒づくと、案の定瑞葉が噛みついてきた。そんなやり取りを他の3人は苦笑いで見ていた。
――その時、瑞葉のスマホに着信が入る。瑞葉はなんだろうと思い、取り出して画面を見る……と、なんと光磨からだった。
「えっ!?ちょ…!電話してくる…!」
瑞葉は慌てて部屋を飛び出していった。誰からの電話か、瑞葉の様子を見れば容易にわかる。
「ラブラブだな。あいつら」
亮司はやや皮肉っぽくボソッと口に出した。
部屋から出て、声が聞こえないように少し離れたところに来ると、瑞葉はやや緊張気味に電話に応答する。
「もしもし、光磨?」
瑞葉は彼の名を呼ぶが、返事がない……と言うか、何かガサガサと擦れるような音がする。服の中に入っている感じだ。気付かないうちに勝手にタップされて電話がかかってしまったのだろうか…。瑞葉はそう思って残念そうな表情を浮かべる。
―――その時、光磨とまったく違う声が聞こえてきた。
【俺ってば運が良いぜぇ~~!魔女の知り合いを見つけるなんてよぉ~~!】
『光磨じゃない…!?だれ…!?』
瑞葉は冷や汗を垂らす。声の大きさからして、今光磨のスマホを持っているのはこの男のようだ。…まさか、魔女狩りか。
【魔女は殺さねぇように言われてるけどよぉ~~、その知り合いだったら良いって言われてんだよぉ~~!俺に見つかったのが運の尽きだと思えよぉ~~!うひょひょ!】
『なっ…!?光磨が…危ない…!!』
間延びした声だが、ひどく不気味で恐怖心を煽ってくる。この男は光磨の命を今まさに狙っているのだ。自分が…自分が助けに行かなくては…!
亮司たちが部屋にいると、瑞葉が慌ただしく駆けこんできた。彼女の顔は切羽詰まっているかのように緊迫していた。そのただならぬ雰囲気に、月音は心配そうに彼女を見る。
「瑞葉、どうした?」
「光磨が…!光磨が魔女狩りに襲われてる…!私、光磨を助けに行く…!」
そうは言うものの、瑞葉はひどく動揺していた。
「瑞葉落ち着いて。場所はわかるの?」
「場所は……わかんない…」
助けに行くにも光磨がどこにいるのかわからない。瑞葉は表情を曇らせて視線を下げる。すると、亮司が尋ねてきた。
「まだ電話繋がってるか?」
「うん…!まだ繋げたまま!」
「貸してみろ」
亮司が手を差し出し、瑞葉は彼にスマホを渡した。亮司はスマホを操作していく。
「幸いにも相手の位置情報がオンになってる。場所は栄野神社の近くだ。詳しい場所をマップに示しとく」
「あ、ありがと…」
亮司の冷静で素早い対処に、瑞葉は意外そうに彼を見た。
亮司は操作を終えると、スマホを瑞葉に返す。瑞葉は受け取るや、すぐさま部屋を飛び出していこうとした――が、月音が呼び止めた。
「待って!1人じゃ危険だ」
瑞葉は1人で光磨を助けに行こうとしていた。おまけに彼女は助けなければという焦りの気持ちのせいで、冷静に判断できない可能性がある。それはかなり危険だ。
「私も行く!」
すると、暁美が名乗りを上げた。
「二手に分かれよう。瑞葉と暁美は光磨くんのところへ。渡良瀬と美雨と私は志乃のところに行く。もし、どちらかが先に事が済んだら連絡を取ろう」
月音の指示に、亮司を除く4人が頷く。亮司も感心したように月音を見ていた。
――そして、5人は二手に分かれ、それぞれ目的の場所へ急いだ。




