大抵の場合、それは何かから逃げてるヒロインに手を貸してやるところから始まるんだ
俺は、主人公の側に居る、気の良い、かつ噛ませ犬なあの役らしい。あっはっは!
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今思えば、俺は多分かなり重度の中二病であったと言わざるを得ない。
何時か、すげー可愛い人形みたいな女の子が俺に助けを求めてくるんだって思っていた。本気で。
それで必死に頑張って世界を救っちゃったりなんだりして、時にはすれ違ったりするけどその女の子と結ばれちゃったりなんだりして。もしかしたら異能なんかも目覚めるかもしれねーし、時には自分を犠牲にして敵と戦ったりするかも知れねーし。そんな、びっくりするくらい下らないことを、俺はずっと信じていた。
だから、いつか謎の組織に追われて俺に助けを求めてくる女の子の手を引いてちゃんと走れるようにスポーツだって頑張ったし、いつかとんでもない窮地に追い込まれたときにもそれなりに作戦とか考えられるように勉強だってちゃんとやった。
異世界なんてところに放り込まれたらきっと周囲との人間関係に困るだろうと思ったから、コミュニケーションも日頃から積極的に取るようにしてたし、ついでに、もしかすると現れるかもしれない眼鏡っこ委員長に注意してもらえるよう、ダサすぎない着崩したファッションも研究した。路地裏を駆け抜けられるように土地勘も鍛えた。
我ながら馬鹿だと思う。馬鹿なりに真剣だったんだ、笑ってくれるなよ。
そして高校二年生の春、俺はついに、彼女を目にした。
偽物みたいにきれいな長い銀髪、人形を思わせるくらい整った容姿、その綺麗な赤い瞳を歪ませて歓楽街の片隅を必死に走る女の子。
───…と、その女の子の手を引いて良くわからない黒スーツの集団から逃げる、俺の大親友、佐上海斗の姿を。
脳が理解を拒否するって、ああいう事なんだろうなって思う。目の前に見えてるのに、俺には何が起きてるのかわからなかった。ただ、日ごろあんまり顔に出さない親友が、あんまりに必死そうな顔をしていたもんだから、ああ、ヤバいんだろうなってのだけは理解出来た。
結局、とっさに俺ができたことといったら、手に持ってたカバンをその連中にぶち当てて、アイツが行ったこともないだろう路地裏を示してやって、
“何があったか知らねーけど、走れ! そこをひたすらまっすぐ、で、学校の裏手に出る! そーすりゃなんとかなんだろ!”
なんて如何にもな台詞を吐きながら、ほんの少しだけ時間稼ぎをしてやることだけだった。そのあとどうなったかって?速攻ボッコボコにされたわ。くそ。人生ではじめて気絶を体験した。あれ、暫く音は聞こえてんのな、体は動かねーけど。
ふっと浮上した意識をどうにか手繰り寄せて、俺は痛む体を無理矢理起こした。夕暮れだったはずの空はすっかり暗くて、ついでに、路地裏のごみ溜めに捨てられていたせいで全身が臭い。そして言わずもがな痛い。
「あー…こんな脇役、トドメ刺すまでもねえってことかな…」
視界が半分ほど塞がってしまっている辺り、目の回りとか酷いこと腫れてそうだ。いや、無事な箇所の方がすくねーかも。俺、喧嘩に関してはほとんど素人なんだよな、どうせなら、喧嘩の練習もしとくんだった。いや、何か特別な力に目覚めたらその辺なんとかなるとか思ってたんだよ。なんてぐるぐる考えてみても、全部ただの現実逃避だ。
「俺のカバンねーし…、…あー…あ」
あたりを見回してみても、持っていかれてしまったのか、カバンらしきものは見当たらない。ボロボロの自分と、脱げた靴とか、そんなのばっかり。現実ってのはこんなもんか。
林圭一郎、高校二年生。
とりあえず、生きてます。